第64話 ローブの正体

 

 黒いローブの正体は女性だった。それも、学園の制服を着ている生徒だ。

 私はこの人を知っているが、名前が出て来ない。確実にどこかで出会っているのに思い出せない。

 記憶喪失とかじゃなくて印象が薄くて分からないパターンだ。


「どうだいシルヴィア?」


 気絶したジャックを背負い、落ちていた剣を回収したエースが近づいてきた。


「エース、この子知ってる?」

「知ってるも何も彼女はオーズ子爵家のご令嬢でクラスメイトじゃないか」


 知らん家名が出てきた。

 クラスメイト?はて、いたかこんな子?


「ほら、いつもベヨネッタ嬢の背後に居た」

「ヒョロガリか!」


 取り巻きの一人だ!エカテリーナの召喚でビビリ、中間試験でアリアに負けたあの子だ!


「ヒョロガリのザコ!」

「ザコーヨ・オーズだよ。まさか本気で覚えていなかったのかい?」


 いや〜、なんだかあの三人はセットで記憶しているから単品で来ると分からないのよ。

 ベヨネッタは縦ロールで、太いのとヒョロガリの。バラバラな三人だからこそインパクトあるけど、一人はダメね。完全なモブよ。


「まさか、この子が犯人だなんてね」


 恨まれる条件はある。だけど、主犯だとは思いもしなかったわ。

 意識が無いのを理由に体を弄る。


「い、いきなり何を⁉︎」

「こっち見ちゃダメよエース。際どいからね」


 上半身、下半身。ポケットからショーツの中まで。

 手探りで探していると、指先に小瓶が当たった。


「やっぱり持っていたわね」


 首から紐で吊るされていたソレを回収する。

 取り出して明かりの下に持っていくと、私の記憶と同じ形の容器だった。


「それは何だい?」

「変身薬よ。これを自分で飲んで、対象に魔法をかけるとあら不思議……ってね」


 姿形を変えるための魔法や薬は研究され続けているけど、これはその中の一つの完成形だ。

 ただ、気になるのは小瓶の中身がほぼ空っぽな事。

 何回変身したのかしら?ごく少量で効果あるはずなのに。


「とりあえず移動しようか。目的も果たしたし」

「そうね。エカテリーナ、この子をお願い」


 影から全身を出した相棒が簀巻きにされたザコーヨを咥える。

 目覚めたらさぞかし驚くわね。大蛇の口の中だもの。


「エース。エカテリーナの頭か背に結びつければジャックを背負う必要ないわよ?」

「心配いらないよ。ジャックは俺が背負う。……弟だからさ」


 普段はツンツンしている弟が大人しく背中で寝ている。

 その姿を愛おしいとエースは思っているみたい。私も、年相応にスヤスヤ眠るジャックがちょっとだけ可愛いと思うわ。


「階段、気をつけてね」

「シルヴィアこそ。杖を突くくらい消耗しているだろ?」

「まぁね」


 エースの腰に帯剣された今回の戦利品。

 ジャックの魔法とこの剣の合わせ技に対抗すべく放った私の魔法は威力もだが、消費した魔力量も桁違いだった。

 入学した頃は有り余っていた魔力だけど、この所は使い切る頻度が多い。バトルばかりよ私。

 魔法チートでゴリ押せなくなってきたし、そうなると残る手札はこの杖とエカテリーナ。


「蛇姫って呼び名、否定出来ないわね」

「俺よりマシだよ。金髪で召喚獣が獅子だから金獅子なんて呼ばれているんだよ」


 蛇姫のシルヴィア・クローバー!!

 金獅子のエース・スペード!!


 あと三人集めたらヒーロー戦隊みたいね。名乗りと決めポーズでも考えてみようかしら?


「地上に着いたわよ」


 行きと同じルートを一直線に通って来た。

 階段はやっぱり上りより下りが楽ね。足が痛くなってきたわ。


「問題はここからだ」


 遺跡の出口へと戻って来たが、この場から都市内へと戻るにはどうしたら良いのか。

 気絶した人間二人と魔力が心許無い魔法使い。危険ね。


「野営の準備なんてしてないわよ」


 日帰りで済むと思っていたのに!とはいえ、無茶して森の中で迷子になったり襲われたりしたら堪らない。

 解決策を考えないと……と思い悩んでいる時だった。


 パリーン!


 何かが砕け散る音がして、周囲の霧が消えていく。

 何事⁉︎と思い、身構える。エースも険しい目で辺りを警戒する。


「やっと見つけた。エース、シルヴィア」

「お師匠様〜、驚かさないでくださいよ」


 晴れた森から出て来たのは迷子になって姿が見えなくなった魔法使いだった。


「二人が消えてすぐ、結界の可能性に気づいたが解除するのに時間がかかってしまった」


 解除じゃなくて破壊だと思うけど、野暮なことは無しだ。追加でトレーニングなんてことになれば私は死ねる。


「それで何があった?」


 お師匠様に事情を説明する。遺跡の中で戦ったこと、黒いローブの正体がザコーヨだったこと。


「ふむ。ならば最短ルートで街へ戻ろうか。ザコーヨについてはエカテリーナに任せるが、シルヴィアはこちらへ来なさい」


 手招きされたので近づくと、お師匠様に抱き抱えらたれた。米俵みたいに小脇に。


「お姫様抱っこしませんか普通?」

「戦闘になれば邪魔だ。これが嫌なら背負うくらいだが?」

「ならおんぶで」


 モゾモゾと移動し、楽な体勢になる。

 お師匠様は紐を取り出して私に巻き付けた。おんぶ紐で背負われる女子学生とは?


「それで良いのかシルヴィア……」

「足疲れた、魔力無くてダルい、眠たい寝る」


 羞恥心など、この広い背中の上では無価値。

 ただ好意に甘えるとしよう。


「……遅いんですよお師匠様は」


 そんな寝言を言いながら、私は疲れ果てて眠りに就いた。


























 目覚めると学園の中だった。


「お師匠様!なんで起こしてくれなかったんですか!!」


 医務室にはジャックとザコーヨが寝ている。

 ついさっき起きた私はお師匠様の背中にいた。

 あろうことかおんぶ紐をつけたまま。


「君が気持ち良さそうにしていたから、起こさないようにと気をつけたまでだ」

「おんぶした状態で街中を歩くとか嫌がらせじゃないですか!」


 起きた原因は通り過ぎた人達の笑い声だった。

 彼らは一様に師の背中で寝息を立てていた私を見て笑っていたのだ。

 じたばた暴れて床に降ろしてもらう。


「むっ……ここは……」

「気分はどうだいジャック?」


 私の声が大きかったせいか、ジャックが目を開いた。


「最悪だ。シルヴィアの言っていたように記憶が薄っすらとしかない。だが覚えている。……負けたんだなオレは」


 罪悪感に包まれて、落ち込んだ様子で話すジャック。


「負けてない。この剣を持ったジャックは俺より強かった」

「エースが使えばオレより強いだろう」

「いいや、最初に手にしたのはジャックだ」

「最終的に手に入れたのはエースだ」

「お前の方が、」

「貴様の方が、」


 お互いを持ち上げて自分を卑下する二人。

 そんな漫才みたいなやりとりいらないから!


「コホン。ジャック、操られる前の事を覚えている?」

「ぼんやりとだ。シルヴィアに手紙で呼び出されてな」


 そんな事を私はしていないが、ジャックは窓から投げ入れられた手紙の指示通りに一人で会いに行き、私に化けたザコーヨに心の隙を突かれ、洗脳されてしまった。


「オレ様としたことが……」

「差出人不明でよく私だと思ったわね」

「そんな事をしそうな奴は他にいないと思ったのだ」


 おい、喧嘩を売っているのか君は?

 私だったら直接乗り込むわよ。


「ザコーヨ・オーズが黒幕だったとは……」

「うむ。その件についてだが、エース、ジャック、シルヴィア。君たちはまんまとハメられているな」


 そう言ってお師匠様が懐から紙を取り出した。

 なになに?振り分け試験の結果かな?


「この書類を見る限り、ザコーヨ・オーズは水魔法しか使えない」

「そんなのいくらでも擬装出来るんじゃ……」

「なら聞くが、

「っ⁉︎」


 そうだ!私はまだザコーヨから黒いオーラが出ているのを見ていない!

 闇魔法使い同士はお互いの属性を視認できる。

 エリスさんは勿論、理事長が闇魔法を使う所まで私は見てきた。

 だけど、遺跡ではジャックからしか黒いモヤを見ていない。


「完全に隠蔽することは不可能なのですか?」

「エース、その質問はYESだ。闇魔法使いはどうしても互いが見える。魔法を使わず、魔力を活性化させなくてもだ。何故なら、使


 お師匠様は続ける。

 元々は四つの基本属性しかなく、闇の神の降臨と、それを阻止すべく光の神の信託があり、光の巫女が誕生した。

 闇と光の神々は互いを抹消するために手駒に加護を授けた。それが闇魔法と光魔法の始まり。


「闇魔法が使える人間は当時の闇の軍勢の子孫だと私は認識している」

「そんな情報、オレは知らないぞ」

「俺もです」

「だろうな。この情報を私に与えてくれた人物は当時の生き残りだ」


 心底嫌そうな顔で情報源について話すお師匠様。

 あぁ、そうかあの人なのか……。

 心当たりがある私はお師匠様の表情の訳を理解した。


「そんな人間、いるわけないだろ」

「人間ではない。妖精だ」

「マーリン先生。妖精に出会ったことがあるのですか?」

「そうだ。君も一緒だったなシルヴィア?」

「えぇ。お師匠様の言っていることは正しいわよジャック、エース」


 旅の途中に立ち寄ったのだ。お師匠様の故郷に。

 確かにそこに妖精はいた。今では御伽話や空想上の生き物ではないか?と言われている稀少な種族。

 でも、お師匠様はそんな妖精と人のハーフだ。


「なるほど。妖精は悠久の時を生きる……当時の生き証人というのも納得がいく」

「その話が正しいとしてだ。理事長やエリス、シルヴィアは闇の軍勢なのか?」

「それはNOだ。理事長やカリスハート家は遠い先祖のどこかに闇の軍勢の人間がいて、それが先祖返りとして発現したものだろう。カリスハートの初代当主は闇の軍勢の裏切り者だったという資料もある」


 闇の神を裏切り、初代国王と光の巫女に力を貸した人物。

 その行動が称賛され、闇魔法使いに対抗する手段として同じ闇魔法使いであるカリスハートを腹心にして王家の血を分けた。その末裔がエリスさん。


「魔法の適性とは血の歴史だ。貴族はその歴史を守るために血統主義が多い。それは王族である君らも理解しているだろう」

「そうだな。……待て。今サラッとシルヴィアについて流さなかったか?属性が遺伝ならシルヴィアが途中で闇属性に覚醒した理由はなんだ?」


 ジャック、お目が高いわね。


「知らん」

「「はぁ?」」

「シルヴィアの場合は魔法使いになった経緯もイレギュラーであるし、途中から属性が増えるなんてもっとイレギュラーだ。私にも分からないし、知らない」


 そう。私が洗脳から解き放たれて闇魔法が使えるようになった時、お師匠様に全く同じことを言われた。

 原因不明ですって。


「規格外だなシルヴィアは」

「俺達の想像の斜め上を行くね……」

「ちょっと、文句があるなら正直に言いなさいよ。私だって心当たりがなくて困っているんだからね?」


 そもそも原作シルヴィアにこんな属性の適性は無かったんだよ!私になってから異常事態ばかりだよ!まぁ、転生自体が一番の異常だけど。


「馬鹿弟子は置いておいてだ。以上のことからザコーヨ・オーズは闇魔法使いではないと判断した。彼女がしたのは魔道具を使用して姿を偽った程度だ」


 断言するお師匠様。

 なら、疑問が残る。

 私達を狙い、今回はジャックを洗脳した謎の闇魔法使い。その正体は誰なのか?


「振り出しに戻ったわけですね……はぁ」

「諦めるのは早いぞシルヴィア。君達がザコーヨ・オーズを捕まえたおかげで手がかりが一つ見つかった」

「それは何ですお師匠様?」


 てっきり、まだゼロからやり直しかと思っていたのに、うちの師匠は何か気づいたようだ。


「時計台や図書館、森の遺跡について子爵家の令嬢が詳しく知っていたとは考え難い。となると、この小瓶を彼女に渡した人物がいるはずだ。その人物こそが一連の事件の犯人だ」

「まずは彼女の近辺から調査すべきですね」


 ザコーヨの近辺。私がこいつの名前が思い出せなかったのは何故か?

 それはいつもモブとして騒がしいとしか思っていなかったから。三人一組でカウントしていたらね。

 となると、私達が調べる相手は、縦ロールのベヨネッタともう一人の取り巻きだ!






「さて、そろそろ反撃といこうか。舐められたままだというのは私の主義に反する」

「お師匠様、その台詞は悪者サイドの言い方ですわよ」




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