第63話 仲良く喧嘩しな!

 

「オレが相応しいからだ……この剣に」


 ジャックの手に握られているのは、私達が求めていた魔道具だった。

 王族しか入れない場所にある剣。それはもう手にするだけで強くなっちゃう業物だ。


「シルヴィア。ジャックの様子は⁉︎」

「バッチリ黒いモヤに包まれてるわよ!!」


 まるで何時ぞやの私と同じ状態だ。

 黒いモヤ……闇魔法による魔力で支配されている。

 顔はこちらを向いているが、焦点が定まっていない。


「邪魔をするのか?オレの」


 こういう事態を警戒して複数人で行動するようにってしていたのに、誰よジャックの担当は!ってクラブだったわね。帰ったらお仕置きよ。


「『…………』」

「そうだ。貴様の言う通りだ」


 ローブの人物が何かを囁く。

 あいつが犯人で間違いなさそうだ。どうにかして拘束しないと……。

 横目でエースを見ると、考えは同じだったみたいで、小さく頷いた。


「ん?よく見ればエースじゃないか」


 やっとこちらを正しく認識してくれたジャック。

 操られている時は感覚があやふやになるが、彼の場合はどうか?


「そうだ。ここで何をしているんだジャック」

「何って、見ての通りこの剣を手に入れるためにここに来た。素晴らしいぞこれは。力が溢れ出てくる……未だかつてない魔力の高まりを感じるっ!!」


 あ、駄目っぽい。

 洗脳だけじゃなくて、剣の効果をモロに受けているわ。


「オレは、この力を使って王となる!その為にはお前が邪魔だエース!!」


 案の定、ジャックは剣を振りかざして襲い掛かってきた。


「止めるんだジャック!」

「諦めてエース。ジャックは自分を見失っているわ!」


 失敗だった。

 まさかこんな事になるなんて……。誰かが洗脳された時の為にアリアを連れて来るんだった!


「はぁ!」


 跳躍なんて生優しくない、砲弾のような速度で距離を詰めてくるジャック。

 しかし、その剣が届く前にエースの放つ光弾が命中する。


「無駄だ!その程度の攻撃などオレ様には効かん」


 無傷のジャック。

 それもそのはず。彼が持つ剣は敵の魔法による威力を半減。自らの魔法を二倍にする能力がある。

 拘束目的のぬるい攻撃なんて擦り傷にすらならない。

 だったら、と私はローブの人物に狙いを定める。


「させるか!」


 数発の軽い魔法を放つが、それは全てジャックの持つ剣に阻まれた。


「厄介な武器だね」

「味方だったら頼もしいことこの上無いのよ」


 主人公陣営が持つ武器を敵に回すなんて悪役みたいな立ち回り。……悪役令嬢なんですけどね?

 はっきりとしたのは、黒ローブを仕留めようとしてもジャックの邪魔が入る。

 その際にローブの人物は身を強張らせたのを私は見逃さなかった。


「もう一人の方は弱いわ」

「今のでそれが判る君は凄いよ」


 戦闘経験豊富さは伊達じゃないのよ。マーリン式は模擬戦が多いんだから。

 ハッキリとしたのは、先に潰すべきはローブの方。あいつがジャックを洗脳している可能性が高いのでそこを倒せばジャックも落ち着くでしょう。


「持久戦よ。ジャックがへばるか、私達が力尽きるか」

「泥仕合は好きじゃないんだが、やるしかないか」


 作戦を意思疎通し、実行に移す。

 基本的にはジャックを狙って虚を突くようにローブを狙う。

 どちらもカバーしなければならないジャックには神経を擦り減らしてもらう。余計な消費をしてくれれば此方は有利になる。


「卑怯だぞ!」

「今の貴方相手に卑怯もらっきょうもないわよ!」


 両手を使って交互に魔法を放つ。

 消耗を気にしてたら剣で斬られるのでそこそこの威力ある魔法を発動させる。


「おのれおのれおのれおのれ!そうまでしてオレの邪魔をするのかエース!」

「あぁ。今のお前の間違いを正す為だ」

「オレは間違っていない!オレ様こそが正義だ!この国の王だ!貴様を殺してオレ様の方が強い事を証明してやる!!」


 ムキになって暴れるジャック。

 膨大な魔力を撒き散らしながら剣を振り回す姿は恐ろしいけど、なんだか聞き分けのない子供みたいにも見える。

 闇魔法について空いていた時間にエリスさんから少し話を聞いた事を思い出す。


『相手を洗脳って、とても強いように見えて実は難しいのです。自分と近いか、格上の魔法使いであれば抵抗もされるので、上手く心の隙を見つけてそれを刺激します。そうやって対象が元から持っている心の弱さを利用して操るんです』


 そう言っていたエリスさんの顔は少し悲しげだった。

 あの人は貴族らしい考え方が出来る人だけど、心根はとても優しい人だ。そんな人が闇魔法の適性があり、国のために使用するとはいえ心苦しいのだろう。

 だけど、今まで私達を苦しめてきた犯人は躊躇なく、殺す事を視野に入れて行動してきた。

 私はそれを許さない。


「何故だ!どうしてオレと貴様の差は縮まらない!オレ達は双子だろう!」

「双子でも別人だよ。それに俺はジャックに勝っているという自信は無いよ」

「嘘だ!いつも余裕ぶって、オレを見下しているくせに!!」


 洗脳されているからこそ溢れ出た本音だったのかも知れない。

 エースに勝つ為に、玉座に就く為に必死に取り繕ってきた仮面が剥がれる。その下にあったのは劣等感の塊だった。

 自尊心を高く持ち、大胆不敵に笑って強者として振る舞う。私の知っていたゲームとは違うみんなが素晴らしいと尊敬する人物。

 だから半数もの貴族の嫡子が彼の陣営に付いた。


「自信は打ち砕かれた!オレがエースに負けたくないもの、奪われたくないものを手に入れるには殺すしかない!」

「どちらの勝ち負けでも相手を尊重すると約束したじゃないか!」

「オレにはその器の広さは無いんだ!ずっと、ずっと負ける場合を想定して行動してきたんだ!」


 漏れ出す声は震えていた。

 私の知らないジャックの本音がそこにはあった。

 どこにでも居る、普通の人間の感性を持った少年だった。ちょっと意地っ張りだけど頑張り屋だった。

 非凡な才能と周囲を気遣う心と、兄を認める愛があった。

 それを歪んで解釈したのが今の暴れているジャックだ。


「それでも貴様はオレに勝ったと勝利宣言をしなかった!!」


  心の中をぐちゃぐちゃにして吠える。

 ジャックは勝ちたいのだろうか?それとも心労をこれ以上持ち続けることが嫌で負けてしまいたいと思っていたのか?

 第三者の私はとりあえず魔法を撃ち続けるしか出来なかった。

 だから、強く前に出るのは彼の宿敵お兄ちゃんの役割だ。


「ふざけるな!!そんな事が出来るわけないだろう!俺は確かに王子として期待されて来た。それは仕方のない事だと納得していた。物覚えが良いからと遊ぶ間もなく公務に従事した。そんな俺にジャックは追いついたじゃないか!仲間だって、父上達に紹介された者達じゃない、自分自身で見つけたじゃないか!」


 思いを杖に乗せ、魔法としてぶつける。


「見下していた?あぁ、最初はそうだったかもしれない。だが、いつからかそんな感情は微塵も無かった!振り返ればすぐ後ろにお前が居たんだ!先を維持する為に自分に厳しくやってきた!自分が負けるかもしれないと思わされた相手に勝利宣言なんてする程の馬鹿じゃないぞ俺は!!」


 光り輝く剣と光魔法のぶつかり合い。

 この二つが一つになれば確かにそう、闇の神々の軍勢なんて紙ふぶきだ。


「そうやって自分が優れているのに卑下する所がオレは嫌いなんだよぉ!!」

「そっくりそのまま返してやる!!」


 命の奪い合い。均衡が崩れれば死ぬかも知れない戦いの中で兄弟は相手を罵倒していた。

 私の時もこんな感じだったのかしら?記憶が飛び飛びだから覚えていないけど。


「そんなエースにシルヴィアは渡さん!!」

「こっちこそだ!彼女に目をつけたのは俺が先だ!」

「いいや、オレ様だ!!」


 どうしてそこで私の名前が出るのよ。今までの所だけで良い話だったじゃない。


「はっ。エース如きにシルヴィアの何が分かる!あいつはオレ様が告白してプレゼントを渡した際に乙女のように顔を真っ赤にして逃げたぞ!」

「シルヴィアは俺が手を掴んで顔を近づければ普段と打って変わって恥じらいを持つし、寝ている際に頭を撫でれば寝ぼけながら腕を掴んで甘えて来たぞ!」

「「なんて羨ましいんだお前は!!!!」」


 ……殺してください。誰か私を殺せぇ!

 この場に四人しかいないけど、こんなの処刑と変わらないよぉ。お師匠様だったら肉体的にキツいだけだから我慢出来るが、これは耐えられない。私の知らない方面からの大打撃。

 なんで、お互いの知らない私を自慢し合って怒り出すのよ……。


「単細胞!見栄っ張り!寂しがり屋!」

「詐欺師!腹黒!秘密主義者!ムッツリスケベ!」

「「言ったなこの野郎!!」」


 羞恥に悶える私の前で、二人の言い争いはどんどん低レベルなものへと変わる。

 相変わらずやっている事は物騒なんだけど、それを除けば何処にでもあるただの兄弟喧嘩だ。口だけで我慢出来なくて泣きながら相手をポカスカ叩くだけの。


「シルヴィア、エースに何か言ってやれ!」


 そう言ってジャックは

 エースが説明を求めるように此方を見てくる。


「先に取られた魔道具の一つよ。指定した対象に別人の幻覚を見せるの。多少のボロや癖も補完してくれるから便利よね。相手を騙すには格好のアイテムだわ」


 本来であれば、これを手にした主人公が攻略対象のフリをして悪役令嬢シルヴィアから悪事の決定的証拠を引き出す!というのが使い所だ。

 自分で使うとザマァみろ!としかならないけど、使われた側からしたら洒落にならないくらい厄介な代物よ。

 使用制限や条件こそあれど、秘匿されるだけの価値ある品だ。


「今のジャックにはアイツが私に見えているのね」

「なるほど。ジャックが簡単に操られて襲い掛かってきた理由が分かったよ。君に化けて囁かれたら俺だって自信ないな」

「そこは自信持ちなさいよ」


 原因は私って言いたいの?

 だけど、腹が立つわね。私の姿を偽って好き勝手にしてくれた犯人もだけど、偽者の私に言いくるめられて闇魔法に抵抗出来ずに操られているジャックにはもっと怒りが湧いてくる。

 そんなんだからエリスさんにも『エースは問題無いですけど、ジャックはとても心配で手がかかる子なんです。お姉ちゃん的立場としては可愛いんですけどね……?』と言われるんだ。


「そうだな。敵さえいなくなれば貴様はオレのものだ。愛しているぞシルヴィア」

「だってよ」

「こっち見ながら言われたらトキメいたんだけどね?」


 本物なんて眼中に無いと甘ったるい台詞を吐くジャック。

 愛しているなんて私、言われた覚え無いですけど。

 あとベタベタ触るな!ローブの犯人だってイヤンイヤンって照れてるじゃないの!

 不幸な被害女性が減ったとはいえ、やっぱりジャックというキャラクターは女にふしだらね。


「そろそろ決着をつけてやる!」


 偽者から元気を貰ったのか、今日一番の魔力が剣に集まって行く。

 ビリビリと肌で感じるくらいにアレは不味い。


「エース、まだ行けそうかしら?」

「すまないが、もう魔力が殆ど空だ。正面からアレを受け切る自信は無い」


 さっき、ムキになって撃ち合ったからね。

 相手もそれは同じで、いくら倍近い強さになっても消耗は激しいはず。決着をつけるとなれば持てる魔力の全てを使い果たすだろう。

 となると、アレと張り合うのは私の役目か。


「分かったわ。エースは隙を突いてローブの方を狙って。ジャックは私が引き受ける」

「それは構わないが、シルヴィアだってかなり魔力を消費しただろう。勝てるのか?」

「……ふっ。任せたよ」


 引き下がってくれたエースは、次弾を杖に準備してその時を待つ。

 私はジャックが魔力を高めている間に、影をノックする。


「エカテリーナ。杖を出しなさい」

「シャ〜」


 顔だけ覗かせた相棒。

 部屋の狭さやジャックの生け捕り、崩落を考えて召喚しなかったが、今は別の理由がある。

 エカテリーナの口から一振りの杖が吐き出される。

 ヘビの中でもコブラを模した悪趣味な杖で、サイズは私の胸の高さまでと、かなり大きい。

 お師匠様と旅をしていた頃に手に入れ、使う機会が殆ど無かった上に、人前での使用は禁止されていた。

 理由としては、この杖がが使用していた不吉なアイテムだからだ。


「エース。この杖については秘密よ」

「見るからに禍々しいね」


 ただし、その分性能はお師匠様のお墨付き。

 洒落にならないので私自身も使いたがらない困り物だ。

 前回、私が操られた時は使わなかった。……というよりはエカテリーナが使わせなかったのよね。

 杖の管理はエカテリーナの体内でしているので、この子が拒むと使えない。

 今は簡単に渡してくれたので、使い時ってことね。


「くらえ!そして消えろぉおおおおおおおおっ!!」

「歯を食いしばって耐えなさいよ馬鹿ジャック」


 光の奔流が私を押し潰さんとしてくる。

 なるほど。これは正面から受ければ跡形もなく消し飛ぶだろう。

 だけど、そのくらいの方がこっちの攻撃を軽減してくれるわよね。






砲撃フォイア




 ゴウッ!!




 コブラの杖から放たれた極光は、押し合う事も、拮抗することもなくジャックの一撃を粉砕した。

 こういう時ってゲームだとAボタン連打したり、一度跳ね返されかけたりするけど、そんな展開を私は認めない。

 そして、そのままジャックを巻き込んで壁をぶち抜いた所で魔力放出は終了した。


「勝ったわよ。そっちは?」

「抜かりなく。シルヴィアの技に目を引かれて無防備だったからね。上手く一撃で倒せたよ」


 サムズアップをして笑うエース。

 確かに、黒いローブの人物は床に崩れ落ちている。

 その辺で剣を手放して意識を失って倒れているジャックの回収と保護はお兄ちゃんに任せておき、私は慎重に犯人へと近づく。

 リュックから取り出した非常用ロープを魔法で操り、気絶している相手を拘束。

 いざとなれば刺突武器にも使えそうな杖を構えたまま、ゆっくりとその顔を拝見させてもう。

 私は深く被られていたローブを脱がせた。

 そして、そこにいたのは………。






「いや、誰よコレ?」







 なんとなく見覚えあるけど名前が出て来ない女が目を回していた。



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