66話 犯人独白と和やかな朝。

 

 失敗した!


 そう気づいた時の行動は早かった。

 いつでも持ち出せるようにしていた荷物をまとめ、連絡用の青い鳥を飛ばした。

 最終結果をこの目で見たかったが、その前に処刑されては意味が無い。

 やはり、強くもなく知恵もないザコーヨに任せるのは失策だった。これならまだデーブの方が浅ましくも生き意地汚い可能性があったのに!


 何より惜しいのはあの魔道具だ。あれは研究し、量産や改良が出来れば莫大な金と名声が手に入っただろう。

 例え相手が理事長であろうと誤魔化せると実証済みの魔道具だった。

 それを!それなのに!


 全てはあの女のせいだ!


 シルヴィア・クローバー。あの女が学園にやってきて人生の歯車は狂った。

 よりにもよって最高級の魔樹を使った的を破壊された。何度も学園に予算申請を出したが、あの女に匹敵する人間はそうそう現れないと判断された。

 調べたら10年前に似たような事案があった。その時はホーエンハイム理事が自腹だったそうだ。

 理事と一般教師の収入には大きな差があることを何故誰も理解しない!

 そこからは受難の連続だった。事ある毎に問題を起こし、胃を破壊された。


 思い出すだけで胃痛がしたので、薬の入った小瓶を取り出し、飲む。

 効果抜群のこの薬の残量が気になるが、これを調合したのは天才マーリン。敵側の施しを受けないとならない事実が更に胃にダメージを与える。


「許さんぞ……」


 教師一年目にしてその評価は最高位にいる。

 しきたりとして最下層の研究室にいるが、来年には理事クラスの設備が与えられると噂だ。ホーエンハイム理事のお気に入りで、理事長も注目している。

 学園は一つの国だ。教師になれることは誉れであり、理事にもなれば並の貴族と同等の権力を持つ。

 家督を奪われたり、妾の子として存在を無かったことにされた魔法使い達は学園に集まる。その権力を求めてだ。


「おのれおのれおのれおのれおのれ!」


 空になった小瓶を握り潰す。ガラス片で指を切り、出血してしまう。だが、血液が沸騰しそうな状態で血抜きすれば少し気が落ち着きそうだった。

 冷静にならなくてはならない。いつだってそうやって影に隠れてひっそりと成果を上げてきた。

 全ては我々、同志の為に。シルヴィアを使って王子を殺し、その罪でマーリンを断罪できれば良かった。

 既にシザース家に連絡はつけた。王族に対抗する逆賊として祭り上げるには格好の相手だ。

 後は時が来れば……その時まで隠れ過ごせば我々の悲願は達成される。


 魔法使いによる魔法使いのための新世界。そこであれば不出来な子として家督を継げなかった自分にも光が差す。


「ふふふ……」


 長かった。苦節13年。昇格もなく、落ちこぼれの生徒達の指導を押し付けられた。夜間の見廻りや試験の採点係。やっとAクラスでの授業が出来ると思えばよりによって今年だった。

 同志たちがいなければ心折れていた。大それた作戦を実行にすら移せなかった。

 それを自分はやり遂げたのだ。結果は伴わなくともやったことに意味がある。


「同志によれば雇われた賊と合流せよ……か」


 非魔法使いと一緒になるのは苦痛でしかないが、命が惜しい。金払いさえ良ければ裏切りもないだろう。

 目的地までの我慢だ。

 その考えが過ちだった。


「あっ」

「くっ⁉︎」


 これからの予定表を思い描くのに夢中で、逃げる姿を見られてしまった。

 唯一の失態だ。

 口封じのために殺すか?いや、ここで目立つのは不味い。殺しともなれば騒ぎが大きくなってしまう。

 見過ごす?誰かに告げ口されては困る。からくりや目的地がバレては同志たちが不利になる。

 ならば、ここでない何処かで処分し殺そう。

 賊共に渡して処理させるのもいいだろう。


 杖を取り出して魔法で拘束させる。騒がないように意識も奪う。

 余計な荷物が一つ増えたが、大きな支障にはならないだろう。

 待たせていた荷馬車へ貨物として乗り込む。後は同志と賊の待つ目的地に着くまで息を殺すだけ。それだけで自分は…………。


























「ねぇアリア。ソフィアを見なかった?」

「見てませんよ?」


 デーブに尋問した翌朝。目が覚めるといつもの起床時間を大幅に過ぎていたのだ。

 旅の途中はきっちりしていたけど、学園だとソフィアに任せっきりだったから朝にルーズになってしまった。

 アリアは油断ならないけど、それより先に動くのがソフィアだった。


「変ね。寝坊かしら?」

「ソフィアさんに限って考えにくいですよ。お姉様のお世話に命かけてますからねあの人」


 自分で髪を整える。

 これもソフィアが当たり前にしてくれていたのに。


「それにしても寒いですねお姉様」

「そうねぇ」


 季節は冬。寒空に凍えながらお師匠さんの研究室を目指す。

 期末試験の日程も決まり、ダンスパーティーの準備も始まりつつある。

 その前には決着をつけたいわよね。


「黒幕の先生はどうやって捕まえるんですか?」

「その件についても今から報告するのよ。まぁ、デーブから情報を得た翌日だし、まだ学園内にいるでしょ」


 秘密裏に動いて証拠を抑えないとね。

 現行犯ならいいんだけど、ベヨネッタはいないし、ザコーヨは目覚めない。情報源はデーブのみ。

 闇魔法が使えるという情報が無い先生だけど私とアリアが確認すれば一発で分かる。

 その時点でしょっ引くのは可能になる。


「早く終わらせて年末を楽しみましょ」

「村に帰るの嫌だなぁ」

「お母さんに会いたく無いの?」

「会いたいですけど、村の人達が何を言ってくるのか怖いんですよ」


 アリアの住んでいた場所は田舎。閉鎖的で余所者や自分達と異なる存在を排除したがる傾向がある。

 そこに生まれ育ったアリアという才能の塊。どのような態度が取られていたか推し量れるわね。


「それならお母さんと一緒にクローバー家にいらっしゃいよ。ひと冬越えるだけなら部屋は余っているし、私が頼み込めば空いてる家に住む事も出来るわよ」

「そ、それはちょっと遠慮しますよ〜。そこまでお世話になるわけには」

「何言ってるのよ。アリアと私の仲でしょ?お父様だって優秀な魔法使いは欲しいだろうし、アリアなら大歓迎よ」


 何せ光の巫女なのだ。そんじょそこらの連中とは格が違う。

 私、お師匠様、クラブ、アリア。この全員が集まればクローバー領も安泰ね。


「一度帰って、それでお母さんに相談してからお返事しますね」

「いいわよ。いつでも歓迎するわ」


 すっかり打ち解け、どこの誰が見ても本来は命の奪い合いをする主人公と敵対する悪役令嬢には見えないでしょうね。


「クローバー領にはオススメのチーズケーキのお店があってね。それから私の妹もいてね、」


 紹介したい場所、見てもらいたい人や食べ物。それらについて二人で盛り上がりながら歩く。

 ありふれた女子高生の日常。

 もうすぐ何にも怯える事のない平和が訪れる。

 そのための反撃の狼煙を上げよう。


「約束よアリア。みんなでクリスマスパーティーするわよ」

「楽しみですお姉様!」








 ソフィアが行方不明になり、ピーター・クィレルが学園都市から逃げ出したと聞いたのは、そんな和やかな朝から始まった日の放課後だった。




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