第54話 帰ってきた悪役令嬢ですわ!
「この度はご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでしたっ!!」
関係者一同が揃った場所で私は土下座した。
前後の記憶が曖昧だけど、私は何者かに操られて随分と派手に暴れたらしい。
「大丈夫ですわシルヴィアさん。大した怪我じゃありませんでしたので」
「いや、エリスさんの命を狙うなんて自分が信じられない……」
まだぼんやりとだけど視力が回復したエリスさん。
私は彼女を殺そうとしていた。こんな優しい人を襲うなんてどうしてたんだ私。
「どちらかといえば貴様の方が重傷だろ」
「包帯でぐるぐる巻きだしね」
そうなの。目が覚めたら身体中包帯で巻かれていてミイラになってた。
お師匠様特製の薬のおかげで治りは早いけど、この姿はホラーだ。
「クラブにも取り返しのつかないことを……」
「僕は姉さんが無事ならそれで。スカーフでも巻けば見えないよ」
謝罪すべき相手の中で、唯一傷痕が残ったのがクラブだった。
首には私のであろう手形がくっきりと残っている。高密度の魔力でゆっくり締められたせいで痣になってしまった。
学園の最先端医療技術を使えば元の状態に戻せるかもしれないのにクラブは記念として残したいと言ったの。
何の記念かはわからないけど、物欲しげに首筋をなぞる姿が色っぽくて危険。お姉ちゃんは何も知らないからね……。
「エリちゃん先生にも後からお礼を言わないとね」
「お姉様!わたしにご褒美を!一番美味しい所をゲットしたんですよわたしが!!」
事後処理のためにこの場にいないが、あのお婆ちゃんがいなかったらアリアの到着が遅くなって私とお師匠様は心中していたかもしれない。
今だって学園側への説明や手回しをしてくれている。他の理事を説得してくれれば退学処分にまでは発展しないだろうと聞いた。
公爵令嬢に王子二人の殺人未遂、学園施設の破壊。私の首が繋がっているのもエリちゃん先生のおかげね。
「アリアは普段がマイナスだからこれでチャラね」
「そんなのあんまりですぅ!」
「寝起き、侵入、タンスの中身、」
「お姉様が無事で良かったですね〜」
日頃の行いのせいよ。今朝だって同じ布団の中に潜り込んで来たのよ。
こっちは体力も落ちて感覚が鈍くなっているせいで全く気付けなかった。
でも、感謝はしているわ。流石は伝説の光の巫女。
闇魔法の見分けがつくし、浄化までできるなんて思わなかったわ。
「最後に、どうもありがとうございましたお師匠様」
「本当に君は世話が焼けるな」
涼しい顔して立っているお師匠様。私の次にダメージが多いはずなのに、いつも通りのローブを羽織って、顔には絆創膏一つ無い。
「一度ならず二度も暴走するとは。油断しているから隙を突かれて洗脳されるのだ。もっと常日頃から警戒心を持って行動をしないからこうなる」
「ストップ!この話長くなりそうだからストップして!」
腕を組んで淡々と話し出すお師匠様。
みんなの目の前で公開処刑は勘弁してください。
クラブやエースが笑ってるし、なんならエリスさんも笑顔だ。恥ずかしいんです。
「後でたっぷり指導をしようか」
「はーい…」
力なく頷く私。とほほ。
「それで、シルヴィアにかけられていた呪いは完全に消え去ったのか?」
「えぇ、そうよ。エリちゃん先生の屋敷にいた頃に感じていた不安や恐怖心はもう無いわ。あの頃は胸の奥にざわざわと黒いしこりのような感触があったの。今はそれもなくて思考もクリーンよ」
あの落ち着かない焦燥感も無く、お師匠様の手を握っておきたいという恐れも無い。
それと同時に
「覚えていないの。誰に何をされたか」
「
なんと、エリスさんの事故も私と似たような状況だったことが判明した。
最初は闇魔法による練習の失敗で、気が動転して記憶障害が発生したと思われていた。
だが、失明は呪いによるものだとわかると、不自然にエリスさんの記憶に空白があったのだ。
それは練習の直前に誰かと話してアドバイスを貰ったことらしい。その誰かが彼女は思い出せない。
「私もなんですよね。洗脳するくらいの呪いをかけるなら接触しているはずなのに心当たりのある人物がいないの」
「闇魔法には記憶や感情を操作する能力もある。ここまで来ると犯人に該当する人物は一人しかいないわけだが……」
お師匠様がエースを見る。
捜査を担当していたのは彼だからだ。
「理事長には完璧なアリバイがありました。学園の長ともなれば対談や訪問などが数多くあります。抜け出したりした形跡もありませんでした」
残念だと首を振るエース。
どこの誰と話し合いをしているかまで確認して、その相手にも理事長の途中退室があったかを調べたらしい。
だけど証拠は見つからなかった。
「これで振り出しに戻るわけですね」
「犯人が捕まらなければいつまでも安心できないではないか!」
苛立ちを隠せないジャック。
二度あることは三度ある。このまま新しい犠牲者が出るかも知れない。
次は誰が襲われて操られるかも予測できない状態になってしまう。
「対策というか、手がかりはある」
口を開いたのはやっぱりお師匠様だった。
みんなが注目して話を聞く。
「シルヴィアを操る際、犯人は私に強い執着を持っていた。そして警戒もしていた」
「恨み買いすぎですもんねお師匠様」
「……そこは否定しない。だが、戦闘ともなれば話は別だ。学園に来て以降、私が本気を出して戦ったことは無い。それなのに相手は最大限の注意を払っていた」
そういえば模擬戦をする時も軽く流す程度だったわね。
研究や薬の調合で忙しいから時間もなかったし、お師匠様が全力を出す機会が無かった。
「犯人は私の実力をよく知っている。ならば日の浅い生徒ではなく学生時代の私を知る職員や教員の中に潜んでいるだろう」
「洗うべきはマーリン先生が在学中の頃からいる人物ですか?」
「あぁ」
ピンポイントで犯人がわかった訳じゃないけど、これでかなり絞られるはずだ。
学園内への不法侵入は難しいから外部の犯行は無く、生徒に接触する機会もあって魔法が使えるとなるとかなり限定的になる。
やっぱ頼りになるわねお師匠様は。難航していた調査が一気に進む予感がする。
「そして今後についてだが、なるべく一人での行動は避けて二人以上で動くように。それが不可能な人物には私が召喚獣をつけておく」
不審な人物の接近をさせないし、複数人でいることで警戒にもなる。
「ジャック様は僕が」
「お姉様にはわたしですね!」
「俺は側近達と行動するよ」
「
とりあえずこれで一安心かな?
「異常事態や怪しい人物がいれば、すぐに私に連絡するように。エリザベス先生も味方だが、理事として抜けられない場合もあるだろう。くれぐれも自分達だけで戦おうとしないように」
「あのー、私を指をさす理由は?」
「不安材料その一だからだ」
この場にいる全員に対しての注意なのにわざわざ私の目の前で告げる。
周囲もうんうん、と頷いた。
そんなに信用ないのかしら私ってば?
今は怪我もしてるし魔力も回復していないからそんな危ない事はしないわよ。誰かと勝負なんてそれこそ完全回復して準備万端にしないと。
「ソフィアにも監視するよう伝えておきます」
「そうだな。よろしく頼むクラブ」
うぅ……。クラブまでそんなことを言うのね。
念入りに釘を刺された私は自分から首を突っ込まないことを約束させられた。
「マーリン先生。闇魔法に対して何か対抗手段は無いのですか?僕達以外の人が操られている時に見分けがつかないと危険だと思うんです」
「それについては対抗策がある。エリスくんが狙われた理由もそこにあるからな」
クラブがエリスさんを見る。
黒い布を外した今の彼女の視力は少しだけ回復しているし、今後の治療で完全に元に戻る。
「闇魔法の使い手はお互いの呪いや魔力が見えるんです。学園長をお見かけした時も薄っすらですが確認できました。私のお爺様も黒いオーラのようなものが見えます」
初耳だった。
この能力こそがカリスハート家に闇魔法使いがいても王族から重宝される理由だった。
敵対勢力からすれば天敵だものね。
「他にアリアくんも視認できる」
「つい最近になってからですけどね〜」
照れ臭そうに頭を掻くアリア。
闇には光ってね。エースは自分自身が不甲斐なさそうだけど、光魔法が使えるなら呪いをかけられる心配はない。抵抗力が高いから。
エリちゃん先生も同じだから大丈夫。
むしろ、アリアの方が異質ね。
「更に……シルヴィア」
溜め息を吐きながら私を呼ぶお師匠様。
そんな態度をとられても私だって自分自身で戸惑っているんですからね!
「アリアとエリスさんは見ててね。ホイっと!」
体内の微弱ながら回復した魔力を手の平に集中させる。
すると、私の手を覆い包むように
「これは⁉︎」
「あれ?お姉様から呪いは完全に消えたはずじゃないんですか⁉︎」
目を見開いて驚く二人。
残りのメンバーもその反応を聞いて何が起きているのか気になっている様子だった。
「あぁ。私もにわかに信じ難い出来事だったが、実物を見せられて頭が痛くなった」
「だから〜、私のせいじゃないんですってば!」
深い闇の底で悪夢を見せられ、絶望の淵に立たされた私。
その影響なのか、そもそも私に、シルヴィア・クローバーに眠っていた才能なのか。
闇魔法使えるようになっちゃいましたテヘペロ。
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