第53話 天才の魔法使い(マーリン視点)

 

「あぁ!!」


 嵐が吹き荒れ、シルヴィアがこちらへと手を向けるだけで突風が襲う。

 四つの属性を使いこなす彼女だが、その血は代々風を得意とする一族だ。

 自然と多用することがある。まぁ、相手の行動を制限したり距離を取るという点では最適解だろう。


「しかし、その程度で私は止まらない」


 荒れ狂う風の流れを読み、自分自身に風魔法をかける。

 風同士がぶつかり合い後方へと流れていく。

 近づかれないようにと火魔法に切り替え、こちらを狙ってくる。

 手加減なんて知らないと巨大な火球が飛来した。

 肌をチリチリと焼く熱量。直撃すれば火ダルマは避けられない。

 かわすだけなら容易いが、この場には保護対象が複数いるのでこちらも力づくで対抗する。


「水の精よ我にチカラを」


 一言発するだけで近くにあった噴水から水が溢れ出して鎮火させる。

 水蒸気が発生し、その影を利用する形でシルヴィアが突撃してくる。

 魔力によって肉体を強化している状態であれば人間一人を蹴り殺すことも可能だ。


「悪手だな」


 同じように強化した腕で受け止める。

 普段の彼女であればここから寝技へと持ち込んで確実に息の根を止めにくるのだが、防がれたのが驚愕だったのか後へと下がった。

 寝巻き姿で髪も整えておらず、先程の火炎のせいで頬が煤けている。

 糸を引いている犯人はシルヴィアの体を大事にするつもりは無く、使い潰すつもりだろう。そうなる前にコチラは動きを封じなければならない。


「エース、ジャック。まだ残存魔力はあるか?」

「正直、厳しい」

「消耗が激しく、あと一発しか……」


 決して少なくない魔力量を誇る二人が肩で息をしている。

 公爵令嬢のエリスも似たような状態で援護を求めるのは難しいか。

 今から発動しようと思っていた魔法には隙があるので時間稼ぎを頼みたかったが仕方ない。


「使えんな。倒れているクラブとエリスくんを連れて逃げなさい」

「くそ!」

「従おうジャック」


 自分が戦える状態ではないと理解したジャックが悔しそうにエリスに肩を貸す。

 エースは私とシルヴィアの撃ち合う魔法を掻い潜りながら意識のないクラブを回収した。


「さて、本気といこうか」


 気をつかう必要がなくなったところで、私は天才と言われることになった魔法を発動させる。


「風の精よ、我が勝利に追い風を」


 呟きに応じて風が発生する。それとは別に杖の先から火炎放射が飛び出す。

 火と風の合成魔法。


「うぅっ!!」


 それぞれを単体で使うより何倍にも膨れ上がった威力がシルヴィアを飲み込む。

 当然、身を守るために水魔法のベールで自分自身を包むが消費される魔力の量は桁違いだろう。

 魔法使いが使える魔法は生まれながらの属性に左右されるが、発動できるのは一つのみ。

 別の属性に切り替えるなら前の魔法を中断するか放つしかない。

 強い魔法使いとはその選択と切り替えが瞬時にできることが原則であり、多重属性であろうと一つを極めた相手に負ける事がある。


 ならば同時に使えばいい。

 私にはそれを可能とするチカラが血に流れている。

 杖で一つ、言霊で一つ。

 授業中にシルヴィアはチートだの俺ツエーだのと言っていたが、使えるものを利用しない手はない。


「マァァアアアリィイイイイインンンンン!!」

「まだまだあるぞ。全て防いでみせろ」


 到着した時の被害の規模、エース達の消耗度合い。

 そして今現在の魔法合戦。

 シルヴィアの持つ魔力の残量は少ないはずだ。完全に回復していない状態で抜け出しているから私の予想よりも早く底を尽くだろう。

 警戒するべきは自暴自棄になって自爆することか。


「……はぁはぁ」

「諦めてシルヴィアを解放しろ。その後で貴様を捕まえてやる」


 こちらはまだ余力を残しているがそろそろ限界か。

 普段の彼女であればこんな無様な戦い方はしないし、勝てない相手がいれば逃げるように指導してある。

 呪いをかけ洗脳している相手に苛立ちしか感じない。

 シルヴィアという最上級の素体を操りながらこの程度の力しか引き出せない。

 私が鍛え上げた完成品を汚された気分だ。決して許さない。

 ……なにより許せないのはシルヴィアの手でクラブを傷つけたことだ。

 お互いを愛し合い、負担をかけまいとしてすれ違っていた姉弟。私には無かった美しく尊い家族愛を土足で踏みにじった行為は万死に値する。


「『そう上手く行くと思うな?例えこの女を大人しくしたとしても精神に刻まれた闇の呪いは消えない。また何度でも同じことを繰り返してやる!お前には弟子を救う事も殺す事も出来やしないんだよぉ!!』」


 二重音声で犯人の叫びが聞こえた。

 ただの闇魔法ではない、もっと根幹に関わる部分で呪いがかかっている。


 医務室で診察した時にもっと注意深く観察しておけば。


 彼女がベッドから出られないくらいに拘束をしておけば。


 反省点はいくつもあるが、そんなものは後から考えればいい。

 私だって成長したのだ。学生時代のように周囲に嫌気がさして人目を避けているのは止めた。

 使えるチカラは全て使ってやりたいようにやる。全部終わった時点で誰かに後始末を手伝ってもらおう。

 それがバカ弟子の流儀だったから。


「そうだな。ならば他人任せと行こうか」


 隠し持っていた魔道具に魔力を流す。

 消費魔力は多いが、一定時間の間は障壁が展開されて属性に関係なく魔法を防ぐ。

 いつぞやの誘拐事件で持たせていた物を改良したものだ。


 私らしくもない愚直な突撃。

 しかし、それに対応できる魔法は残っておらず、散発的で威力も低い。

 それでも限界を超えて無理を重ねれば彼女の体に大きな負荷がかかってしまう。

 ここで失ってしまってはならない。

 無事に送り届けるのだ、あの家へ。


「『離せ!触るな!!』」

「そうはいかん。このまま封じさせてもらうぞ」


 抱きしめた腕の中で暴れる弟子。

 涙を流しながら駄々をこねる子供のような動きだ。

 悪夢を見ていた時と同じ。違うのはそこに第三者の明確な意思が介入していること。

 自傷行為をさせないように両手を拘束。私の魔力による圧力でシルヴィアから魔力を放出できないように押さえ込む。

 ただし、このまま長時間に及ぶと衰弱した彼女が耐えきれない。本人が望まない行動や攻撃を続ければ体が生き残っても精神崩壊を引き起こす可能性もある。


「お待たせしました!」

「準備完了さねマーリン!」


 私が取り押さえたのを見計らったように先生がアリアくんを連れてきた。


「加減はいらない。最大出力でやってくれ!!」

「『何をする気だ⁉︎』」


 私の意図を理解したのか、アリアくんは杖を構えた。

 先生も懐から年季の入った金属の杖を出す。

 エリスくんの呪いを診察した時から、ずっと考えて資料を読み漁り探していた。

 闇魔法を使う軍勢が何故滅びさったのか。闇の神が封印された理由はなんだったのか。

 理事長でも、エリザベス先生でも、エースでもない。

 彼等だけでは抵抗はできても完全に勝利することはできない。

 何のために私は旅に出たのか。


「『ぎいやぁああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎』」

「くっ⁉︎」


 持てる限りの全ての力を込めた光魔法が私達を包み込む。

 目を開いているのも困難な程の光量の中、今まで以上にもがき苦しむ少女を離すまいと力を込める。

 神なんぞに頼る気はないが、この時ばかりは手を差し伸べろ。

 私に光の巫女を探せと啓示をしたのだ。その力を証明するのにうってつけの機会だろう。


「お姉様から出ていけぇ!」


 アリアくんの放つ魔力が黄金色に変化した瞬間に、私の視界の中で黒いモヤの塊がシルヴィアから追い出されて消滅するのが確認できた。


 ーーーありがとうございますお師匠様。


 声が直接脳内に聞こえた。そんな気がした。

 光が収束すると、腕の中で力なく寄りかかる弟子の姿があった。


「はっ。随分とボロボロじゃないのさ」

「お姉様はご無事ですか⁉︎」


 側に来て状況を確認する二人。

 先生は周囲の状況と珍しい私の負傷した姿を。

 アリアくんは意識のないシルヴィアを。


「心配いらない。気絶しているだけで命に別状はない」

「エリちゃん先生に呼ばれた時に本当に不安になって……ひっく」

「おいおい、泣くんじゃないよ。まずは医務室に運ぶことだろう?後始末はあたしが全部するからアリアはついて行きな。闇魔法に対抗できるのは巫女の力さね」


 ポロポロと泣きながら頷くアリアくん。この子がいなければこの騒ぎを収める事が出来なかった。

 そしてさっきの光魔法。あれは浄化作用が働いたのだろう。きっと真犯人にも何かしらの影響があったはずだ。闇魔法は呪詛返しに弱いのだ。

 一刻も早く探さないと……。


「マーリン、あんたもだよ。二度と弟子をこんな目に遭わせないために四六時中見てな。教師の仕事もしばらく休みさね。文句がある奴は黙らせるし、溜まる仕事も適当な奴に割り振るさね」


 両手で抱え上げた弟子。

 先日のように目を覚ました時に寂しがるだろうか?

 そうでなくても今回は安全なはずの場所から逃走して事件が起きた。呪いを再度かけようとしてくるかもしれん。


「あとはお願いします」

「任せな」






 決して手放さないように、傷つけないように大切に持ち上げた状態で、私はアリアくんと一緒にその場を後にするのだった。








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