第52話 悪役令嬢はご乱心ですわ!

 

 時は少し前へ遡る。


 どうして私が苦しまなくちゃいけないの?

 どうして私の願いを叶えてくれないの?

 私はただ、家族と一緒に平穏に暮らしたいのに……と自問自答を繰り返していた。


 寝ていないといけないのに寝巻きを着たまま立ち尽くしている。

 だって体が軽いの。それにふわふわとしている。

 脳は霞がかっているようにぼんやりとしか思考できないけど、どこかへ行かなくちゃならないという衝動に駆られる。

 でもどこへ?


 テーブルの上にあったのは赤紙だった。

 差出人は不明だけど、いつもの庭園で待つとだけ書いてあった。

 庭園や公園、空き地なんていくつもあるはずなのに私は上級生のいる校舎へと向かった。

 きっとあの女が呼んでいる。トムリドル先生も言っていたじゃないか。

 闇魔法を使える生徒は彼女しかいない。彼女が私を呪った犯人なのだ。


 付き添いを呼ぶと言われていたけどそんなもの必要ない。

 誰にも何も言わずに私はホーエンハイムの屋敷を抜け出したのだ。

 生徒を案内する青い鳥が焦る様子で私に戻るようにと訴えかける。だが、私はそれを振り払った。

 所詮は魔法による幻影なので簡単に消滅してしまう。


「急がなきゃ」


 友達だと思っていた人物から裏切られた。

 貴族とは個人より家柄や国を大事にすると散々口を酸っぱく言われてきたじゃない。

 カリスハート家もそれは例外じゃなかった。

 きっとトムリドル先生が言う通りに私の手を汚させて学園から追放しようとしたのよ。

 話し合い?そんなものでは満足できない。

 このシルヴィア・クローバーをコケにしてくれたのなら相応しい処刑をしてあげる。


 頭が痛くなってきた。

 前にどこかで似たような症状があった気がするけど思い出せない。

 でも、それも全てあの女を排除すれば解決するはずだ。全部彼女が悪いのよ。


 庭園にたどり着き、白い円状の建物を目指す。

 途中で前にも見たことある男子生徒がいたが、エカテリーナに拘束させておく。

 メラメラと胸の中で憎悪の火が燃え盛る。

 きっと今の私は悪い子だろう。でも理由を説明したらみんは分かってくれる。褒めてくれる。笑ってくれる。


「シルヴィア……さん?」


 ゆったりとイスに座っていた水色の髪の少女。

 目には見慣れた黒い布は巻いてなく、目蓋も薄っすらと開いており、アッシュグレーの瞳が私を見ていた。

 お師匠様の薬は効果的面ね。あれでもっと愛想があれば人気者になれるのに。

 魔法使いなのに薬品を調合したり、魔道具を作る方が多いから教師というよりポーション屋さんを開いた方がいいんじゃないかしら?そしたら私もお手伝いするわ。


「その魔力……あなたも闇魔法の呪いを!」


 無骨な店主と気品と愛嬌のある美人看板娘。これはお金儲けが捗りそうね。

 追放ルートになっても明るい未来が待っていそう。

 在学中に試験的に学園内で露店を開いてみようかな?でも、勝手に計画していたらまたお師匠様が怒りそうだ。


「シルヴィアさん。しっかりして!」


 未来予想図を描きながら私は手をかざす。風の刃が彼女の首を跳ねようとするが、避けられてしまった。

 まだ視力が回復しきっていないのによく動く。

 派手な音がしたから危険を察知できたのかしら?目が悪い人って聴力が研ぎ澄まされるって聞いたことあるわね。

 だったら次はもっと容赦なく。


「ごめんなさい!」


 火魔法による爆破を狙ったのに不完全な状態で発動してしまった。

 かざした腕が一瞬だけ痙攣した気がした。グーパーと手を閉じて開いてするが違和感は残っていない。

 相手の身体に横入れをして動きを鈍らせたり封じたりする闇魔法の一種ね。


 でも、建物は吹き飛んだし、標的は地面に転がっている。あとはトドメを。


「何してるんだ姉さん!」


 大きな声が飛んできた。

 乱入者は三人組。見慣れた顔の連中だった。

 クラブにエースにジャック。三人揃って何の用かしら?

 すっかり逞しく成長した三人がこちらをびっくりした顔で見ている。

 そういえば寝巻きのままだったわね。着替えるのを忘れていたのは失敗失敗。


「エース」

「とりあえずシルヴィアを止めるぞ」


 エースとジャックは頷き合うと私とターゲットとの間に立つ。

 二人がかりで私の相手をするってことみたい。


 ーーー二人と戦いたくない。


 邪魔者は排除しなきゃ。


「くっ。容赦無しか⁉︎」


 火魔法による火球を水魔法で打ち消すジャック。

 魔法の展開も、威力も申し分なし。

 脅威判定。全力を以て対処する。


「そこだ!」


 杖を構えたエース。連続して素早く放たれた光弾は地面を変化させて作り出した土壁に命中した。


「エースの光魔法でもダメか」

「スピードには自信があったんだけどな」


 そうね。光魔法なんて珍しいからただ見たことあるだけなら防げない。

 しかし、私はアリアと手合わせする機会が多かったから光魔法の使い手が次にどう動くか予想はできた。


 次々と魔法が撃ち込まれるが、どれも中途半端な威力で私を殺そうという気が見えない。

 手加減して捕らえようというのか。捕まったら王子を狙った罪で投獄されちゃうのかしら?それは避けたいわね。


 ーーーもう止めてよ!


 頭が痛む。

 でも、何かが私を内側から突き動かす。

 敵を排除。闇魔法の使い手と目障りな王族を消せと。

 そう耳元で囁かれているみたいに。


「こんなに差があるのか」

「俺達も決して弱くないはずなんだけどな」


 ジャックとエースは強い。

 双子だからなのか息もピッタリで、お互いをカバーしながら動けている。

 杖も使いこなせているし、学園内でもトップクラスに入る実力を持っている。

 最近戦ったベヨネッタとは比べ物にならない。


「エース、ジャック!シルヴィアさんは闇魔法で操られています。意識を奪うことだけを考えて!」

「手加減しても勝てる相手じゃないか……」

「下手したらこちらが負けそうだ」


 体勢を立て直したエリスも含めて私を狙ってくる。

 いいわ。それぐらい威勢がないと面白くないもの。

 残存魔力のことなんて考えずに魔法を放つ。

 完全に回復してはいなかったが、前のようにダダ漏れではない。

 厄介なのは闇魔法による妨害だけど、それすらも力づくで防ぐ。


「タフというかパワフルというか……」

「デタラメな強さだぞこの女!」

「もう魔力が……」


 三対一ではあるがこちらが有利。

 体からは全能感が溢れる。多少の痛みも気にならないわ。

 ズキズキとする頭痛と胸の痛みだけは強くなっていく。このままだと弾け飛びそうなくらい。


 ーーーーーー。


 幻聴も聞こえなくなった。

 もっと。もっと力を引き出して戦わないと。

 そうすればの崇高な意思の礎に………あのお方って誰?

 まぁ、いいわ。


 あと一歩で標的である三人を殺せると踏み込んだ直後、誰かが横から突撃してきた。

 ラグビーのタックルみたいな突進だけど、それくらいで倒れるような体幹はしていない。


「もう、止めてくれ姉さん!こんな姿を僕は見たくない!」


 抹殺対象ではない。優先度低。

 放置してもよかったが、このままだと障害になる。


「僕が大好きな姉さんはこんな呪いにも負けない強い人だ!いつも誰かのことを思って、失敗もするけど最終的に笑って済ませる明るい人だ。そんな姉さんが……シルヴィアが僕は好きなんだ!!」


 私より体格も立派な少年が子供みたいに喚きながら進行を邪魔する。

 振り解くのは簡単なのに身動きがとれない。

 闇魔法による妨害を疑ったけど、エリスは肩で息をしてとても魔法を使えるような状態ではない。

 では、何故?


「動きが止まったぞ」

「クラブの声が届いているんだ」


 折角追い詰めた獲物が立ち上がろうとしている。

 ここで処理しなければ後の計画に差し支える。

 多少の無茶をしてもいい。この身体が失われるのは痛手だが、きっとあのお方も許してくださるだろう。


「シルヴィア姉さん!」


 頬を熱い涙が流れる。

 しかし、やらなくちゃならない。そうしなければならないと命令が下る。

 クラブを引き剥がし、首を両手で掴む。

 魔法による肉体の強化で握力を増幅させた私の指が少しづつ食い込む。

 窒息させるもよし、首の骨をへし折るもよし。


「ぐっ……ね、姉さん……」


 息をしようともがき苦しむ敵。

 コレを消して、ターゲットを皆殺しにして、それでやっと私の不安や苦しみは取り除かれる。

 そしたらみんなで仲良く平和な暮らしが戻ってくるわ!

 美味しいものを食べて、楽しくお喋りをして、素敵な恋をして、家族一緒でずっと……ずっと幸せに暮らすの!


「よせシルヴィア!!」

「シルヴィアさん!」

「そのままではクラブが死んでしまうぞ!」


 あは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ‼︎‼︎


「泣かないで姉さん………(ガクッ)」


 一言を言い残してダラリと力を失ったクラブ。

 首を骨は折れていないけど窒息死したのかしらね。


 ーーーあ、あぁ……嫌っ!!


 後は、残りの三人さえ殺せば、












「騒ぎを聞きつけて飛んでくれば。……何をしている馬鹿弟子」











 上空から舞い降りたのは杖を構えた魔法使い。

 いつになく不機嫌な顔で私を見ている。

 こうなる前に決着をつけたかったが、仕方ない。


「オマエもコロスわ」

「一度も私に勝ったことがない分際でよく吠える。シルヴィアの次は貴様を見つけ出してやる。覚悟しておけ真犯人よ」


 忌々しい魔法使いは宣言するのだった。




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