第51話 急転直下(クラブ視点)

 

「シルヴィアがいないと張り合いがないな」

「そこはエース様と張り合ってくださいジャック様」


 隣にいる王子が変なことを言い出した。

 姉さんがいなくなって二日。マーリン先生からはまだ回復したと連絡がない。

 姉さんがどこにいるかは僕は知らされていない。エース様とジャック様への説明も丸投げされて、僕は心労で胃が痛くなってきた……。

 姉さんによって胃を破壊された人間の中にいよいよ僕も含まれるのか。


 ソフィアに頼んで薬品の素材を頼んでおこうか。

 マーリン先生の薬品は人気で品薄になりつつあるし、今は姉さんの看病をしているから自作ので我慢しよう。


「それで、今日はどちらへ?」

「あぁ。エリス姉の所へな」


 エリス・カリスハート様。

 何度か僕も会ったことがある。

 普通の貴族なら知らない人はいないけど、姉さんは学園に入学して出会った。

 おしとやかで、淑女という言葉がよく似合う美しい人だ。爪の垢を煎じて何度姉さんに飲ませようと思ったか。

 魔法の失敗による後遺症がとても惜しまれている。あの呼び出しの一件以来は姉さんとも仲良くなったようで、どこに惹かれて付き合うようになったのか……。


 ジャック様の話ではマーリン先生のおかげで視力が戻りつつある。

 そうなれば王子達の婚約者に一歩抜きん出て選ばれることだろう。

 ただ困ったことに二人共姉さんに告白しているので先は読めない。


「ジャック様はエリス様のことをどう思われているんです?」

「ただの従姉弟だが?関係性的にはクラブとシルヴィアと同じじゃないのか?」


 あっさりとした反応だった。親戚としては仲が良いけど、僕と同じとは……。

 今更何を言えるのだろうか。


「似たようなものですね」


 将来仕える主人に対して嘘をつく。

 ソフィアがいた場合にはまた小言を言われてしまうだろう。

 でも、僕はクローバー家の長男でシルヴィアの弟。その関係性は変わらない。変えてはいけない。


「そうだな。エースがエリス姉と婚約してくれるのが一番だと思うが、こればかりは仕方ないだろうな」

「それはないでしょうね」


 どちらの王子も筋金入りの初恋だ。

 無自覚な姉さんが悪いとは思う。敵対する者や恐る者もいる中、一度身内に入れば何がなんでも守ろうとしてくれる。甘いと言われても諦めない。

 人たらしなのは自重してもらいたいな。

 慕ってくれる人も多いけど、そうなると僕の心に痛みを感じる。

 口に出してはいけない。考えてすらいけないこの感情を嫉妬と呼ぶには軽いだろう。


「おや?ジャックとクラブもこっちに用事かな?」


 上級生の校舎に近づくと違う道からエース様が現れた。手にはお見舞い用の花束が握られている。


「考えることは同じか」

「ここまで来て違う人物に用がある……ってことないだろうね」


 金と銀の煌びやかな髪をした王子達。

 同性であってもその魅力の前に抗うことは難しい。

 最初にエース様から声をかけられていたら僕もそちらに付いていたかもしれない。

 すれ違う人々が振り返る。その一歩後ろを歩いていく。

 この二人のどちらかが義兄になるのか。どちらになっても伯爵家の全員が気をつかう展開になるのは目に見えている。


「そっちはどうだ?」

「多分、クラブが詳しいことを知っているだろう?」


 コソコソと言い合う二人の声は僕の耳に聞こえている。それぐらい、風魔法を使えば盗み聞くことは可能だ。

 申し訳ないが、姉さんについての情報を僕が漏らすことはないので諦めてほしい。


「もうすぐ庭園だ」


 ジャック様が指差すのはクローバー家の庭より立派で手入れの行き届いた美しい庭園だった。

 規模や庭師の数では城には及びはしないが、それ以外だとどこに行っても誇れる景観だ。


「ここは土魔法を専攻している教師が間を見つけては作業している。配置や植物の種類は城を見習っているようだよ。エリスも俺達も少し懐かしいと感じているんだ」

「最も、シルヴィアのおかげでその教師は庭いじりをしないと胃痛で倒れそうだがな」


 思い出した。

 姉さんとマーリン先生の考えた土壌開発のせいで学園内の評判を根こそぎ奪われた教師か。

 技術や知識を独占して利益を出していたそうだけど、あの師弟コンビはさも当たり前のように新しい魔法や技術をお手頃な価格で出してくる。

 これほどの腕なら庭師として活躍している方が名声も集まっただろうに。


「エリス姉ならクラブのことも知っているし、かしこまる必要もないだろ」

「闇魔法や呪いについて知っていることがあれば知りたいしね」


 エース様だけが僕の顔を見て笑った。

 長年相手をしていると理解できる。この顔は姉さんが何の理由で休んでいるか情報を掴んでいるな。

 でも、残念。場所は知りません。

 ジャック様に話せば今すぐにでも犯人の元へ殴り込みに行きかねないから。


 そうやってエース様の笑顔を見なかったことにしようとした瞬間だった。



 ボウッ!!



 目的地である庭園から火柱が立ち上がった。


「っ⁉︎エース!」

「急ぐぞジャック、クラブ!」

「はい!」


 穏やかな庭園での魔法の使用。

 規模からしても私生活で使うものではないし、この先に視力が完全回復していないエリス様がいることが問題だ。

 全力疾走で庭園に入り、植え込みや花壇を飛び越えたり申し訳ないが踏んだりして一直線に事件の大元に近づく。

 焦げ臭く、煤けた場所にはベンチや噴水の欠けた破片が飛び散っていた。

 その身を地面に投げ出し、立ち上がろとしているのは今日の面会相手だったエリス・カリスハート様。

 一方で、襲撃者と思われる人物は長い髪を振り乱し、冷たい光のない目で倒れている彼女を見下ろしていた。


 それを見て僕らは言葉を失った。

 だけど、その場の誰よりも一番最初に言葉が飛び出したのは経験や考え事が多かったからだろう。












「何してるんだ姉さん!!」











 安全な場所で療養中の想い人がそこにいた。


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