第49話 暇ね。そして不味いわ……
私には闇魔法による呪いがかけられた。
それがお師匠の診察結果だった。
ただ、エリスさんの時と違うのは今の私の健康状態は魔力切れによる気怠さくらいであり、それさえ治れば完全復活できる。
翌日。校舎内の医務室はあくまで急患に対処する用の部屋なので、立ち上がって歩けるくらいになった私は自宅療養。寮内の自室で休むことになるはずだった。
「アンタの身柄はウチで預かるよ。さっさとついて来な」
それなのに、エリちゃん先生が来て私は連れて行かれてしまった。
運搬にはお師匠様におんぶが採用されて、あれやこれやという前に学園内のエリちゃん先生が所有する屋敷に運び込まれたのでした。
「えっと、どうして私はここに運ばれたんですか?」
「君の身を案じてだ。寮内にはベヨネッタくんやその取り巻き、君の暴れる様子を見ていたクラスメイト達がいる。そんなところに居て心身共に休まると思うのか?」
「ストレスでしかないですね」
私にもみんなにも。
というわけで寮にも居れず、私が休む場所として空き部屋も多いこの場所が選ばれた。
使っていない客室にはベッドとソファーとテーブルくらいしかなくて正直暇だ。
いつも暇な時間があれば魔法の練習をしたりするけどその魔力すらない。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
「いえ、もう大丈夫ですわ。トムリドル先生」
エリちゃん先生とお師匠様が私の今後の対応や呪いをかけた犯人について別の部屋で話し合っている中、このおじさんと二人きりになってしまった。
気を利かせて紅茶を持ってきてくれたのだけど、正直不味い。
何故、こんなに致命的に美味しくないのか逆に凄いと思った。
「しかし災難でしたね。まさか呪いだなんて」
「えぇ。私もいつかけられたのか……トムリドル先生は闇魔法や呪いについてお詳しいんですか?」
「これでも昔はエリート教師として頑張っていましたからね。学園内で調べがついている分くらいは」
「闇魔法による呪いってどういう条件なんですか?」
魔法は便利だけど万能じゃない。
これは誰もが知る共通認識。
それなりの結果を生み出すなら対価が必要。魔力の消費、魔道具の併用、生贄の準備。
闇魔法が離れた場所から何の代償もなく相手に危害を与えることができるならそれはもう魔法を超えた何かだ。
「闇魔法とはいえ、呪いをかけるなら対象に近づく必要があります。目視できる状態かつ相手より強い魔力で。魔道具に呪いを込めて使わせたり、特定の場所や条件を当て嵌めて呪いに陥れたり………基本の四属性より扱いは難しいですね」
ほへー、私ですら聞いたこと無いような話が出てきた。
ただのしおしおのおじさんかと思っていたけれど、考えたら学園理事の付き人みたいな事をしているのだから普通の教師よりは立場も経歴も上なんだろうね。
「しかし、それらの条件さえ満たせば誰にも気取られることなく敵を殺したり体の一部を不自由にしたり精神を破壊することも可能な危険な魔法ですよ」
「トムリドル先生は闇魔法を使える人ってご存知ですか?」
私の質問に先生は少し天井を見て考え、話してくれた。
「凶悪な犯罪者や旅をしている魔法使いに心当たりはあります。しかし、君に呪いをかけようとする相手となると学園内部の人間でしょうね。……可能な人間は数人いますね」
私は驚いた。お師匠様は理事長ぐらいしかいないと言ったのに、まだ他にも容疑者がいたの⁉︎
「極秘ではありますが、……エリス・カリスハート公爵令嬢が闇属性なんですよ」
うん。知ってる。
……期待して損したかも。
「カリスハート家には闇魔法に関する情報や書物があります。それを利用したのかも知れませんよ」
「いやいや。残念ながら私とエリスさんはお友達なんですよ。彼女が犯人だっていうのは、」
「本当にそうなんでしょうか?貴方が一方的に信用しているだけであちら側は命を狙っているかも知れませんよ?」
続く私の言葉を遮って、話は続く。
「カリスハートの闇魔法使い。その役目は政敵なりえる相手を呪い殺すこと。普段は友好的なフリをして貴方に呪いをかけるために近づいたのかもしれない」
「ど、どうして私が」
「噂は広まっていますよ。貴方が二人の王子から求婚されていること。伯爵令嬢が他の上位貴族を差し置いて王族になろうとしている。理事長や他の理事と繋がりを持ち、マーリンすらも引き入れてこの国を支配しようとしていると」
「支配だなんてそんなこと!」
「結果的には同じでしょう。そんな危険な人物をカリスハート家が見過ごすでしょうか?そうは思えませんね……残念でしょうが」
胸の奥、何か黒い感情が騒つく。
視界が少し狭くなるような……。
「私はどうすればいいのかしら?」
「直接、エリスさんに会って話をするのはどうでしょうか?勿論、お一人で行くのは危険ですから私が信用出来る人物をおつけします」
そうね。ジャックやエースを巻き込むわけにはいかない。
相手は公爵家令嬢。闇魔法も使えるならベヨネッタより強いはず。
私も全力を出し切って対処するしかない。話し合いで解決すればいいけど、そうじゃ無い時は……。
手を汚すのはたった一人でいい。
「それと可能性の一つですが、師匠であるマーリンのことも疑う心を持った方がいいかと」
「お師匠様を?」
「えぇ。マーリンは学園長が怪しいと君に教えているかもしれませんが、あのお方は魔法使い全ての未来をお考えになっている人です。シルヴィアさんのような将来ある若者を呪うでしょうか?それに比べてマーリンは貴方を都合の良い実験台だと思っている節を感じますね」
旅をしていた頃を思い出す。
お師匠様は事あるごとに私に新魔法を試してきた。その対処法や注意事項を教えてきたが、あれは自分の利益の為ではなかったか?
野営の時も眠っている私を置いて、一人でどこかへ行ったり、学園に入ってからも私に何か秘密であちこちへ出かけている。
私が理由を尋ねても『君が心配することはない』と言って教えてくれなかった。
お師匠様は、彼だけは私の絶対的味方だと思っていたのにそれすら間違いだったのだろうか?
「きっと学園長の悪い噂を流して自らが理事会に入り、理事長の座を狙おうとしているのやも。かく言う私もマーリンには酷い目に遭わされましたからね」
「トムリドル先生はお師匠様に決闘で負けたんですよね?」
最初にエリちゃん先生に会った時に少し話があったことを思い出した。
「えぇ。マーリンは自分より劣っている人間が上に立つことが気に入らないのでしょう。私が生徒への指導を行う時に掴み止められましてね、彼がその場へ呼びつけていたホーエンハイム様の立ち合いのもと決闘をさせられたのです」
苦々しい顔でトムリドル先生は語る。
「隠し持っていた魔道具で卑怯にも私を攻撃し、徹底的に公衆の面前で痛めつけたのです。そのせいで私には後遺症もでき、かつては貴族であったのに勘当され、こうして使用人のような生活を強いられているのです」
なんて可哀想な。
お師匠様が抜かりなく相手を罰したり、入念な準備をする人だというのは身をもって体験しているのでこの話が心に響く。
「本来であれば私は学園の理事になれるはずだったのにマーリンのせいで……弟子である貴方の前でする話では無かったですね」
「いえ。お話ありがとうございました。まだお師匠様が悪い人だとは信じられませんけど、少し、ほんの少しだけ注意しておきます」
「何かあれば私を頼ってください。ホーエンハイム様はマーリンと繋がっていますので、私に直接」
「えぇ。分かりました」
トムリドル先生は心配そうな顔で会釈すると紅茶セットを持って退室した。
一人取り残された部屋の中で、私は苦しく、切なくなった身を自分で抱きしめる。
誰かに助けて欲しい。
どうして私がこんな目に遭わなくてはいけないのか?その原因を排除して不安を取り除きたい。
そのためだったら私は、私の持てる全ての力を持って戦おう。シルヴィアになって多重属性持ちになったのはきっとこのためだから。
最近の癖で首から下げていたお守りの指輪を握りしめようとして、私はその手を止めたのだった。
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