第48話 ナイトメア
夢を見ていた。
なんでそんなのがわかるかっていうと、私の見た目がすっかり慣れ親しんだシルヴィア・クローバーではなくて日本にいた頃の女子高生になっていたからだ。
当たり前だったはずの住宅地、そして高校があった。
懐かしいなぁ。こっちに来た頃は日本の夢を見ていたのに最近はすっかりご無沙汰だった。
他のクラスメイト達が教室で楽しく騒ぐ中、私は窓側の席で一人で本を読む。
一番仲がいい友達とはクラスが別で、お昼休みくらいしか話せない。部活をしてる彼女と自分の共通点は同じ漫画やゲームが好きだということ。休みの日にはお互いの家に遊びに行ってよく語り合った。
顔も思い出せない彼女が私にオススメしてきたのが【どきメモ】だった。
王道であり、有名イラストレーターや名作を作り上げてきた会社の一部スタッフが制作に関わっていた。
出てくる攻略対象のキャラクター達はみんなイケメンでそれぞれ違うツボを突いてきた。
美しい絵とBGMは私をまるで異世界へと誘う。
次の日にはまた友達とそのゲームについてお互いに語り明かす。
華のない生活だったけど満足だった。
そう私が思い出していると、突如世界はひび割れて崩壊していく。
ーーー何事⁉︎
急に足元が崩れ、浮遊感に包まれる。
恐怖に塗り潰されそうになった時、何かに衝突する。
バチっ!と勢いよく叩きつけられた私はすっぽりと穴にハマった。
ヤンキー漫画で壁に地面に埋まる展開じゃ無いんだからさ……。
痛む体を摩りながら立ち上がると、私の髪の毛がさっきまでと違って長くなっている。色も違う。
背丈も肉付きも変化してシルヴィアになっていた。
「夢の中とはいえ、意味不明ね」
クローバー家の屋敷があって、お師匠様と旅した景色があって、学園がある。
顔が思い出せない日本と違って、お父様とお母様。妹と弟のクラブ。ジャックにエースにエリスさん。お師匠様やエリちゃん先生、そしてアリアがここにいる。
私の好きな世界が私を受け入れて、生活している。
「こうして見るとオタクの夢みたいな世界ね」
憧れたゲームの中の登場人物としてキャラクター達と関係を築く。
配役はちょっと不満だけど、そこは目を瞑ってあげますわ。
みんなが笑顔で私も笑っている。
先程と同じように、建物に、空に、みんなにヒビが入っていく。
「待って、ここは私の居場所なの!壊さないで!!」
他の誰かが応じてくれることなく、ヒビは拡大する。
それを必死になって止めようと一番近くにいたお師匠様に触れた。
触った瞬間、私の手から黒いモヤが溢れ出してお師匠様は砕け散った。
「い、いや……嘘よ……」
クラブに、ジャックに、エースに、
みんなに消えて欲しくないのに私が近づいて触れるだけで消滅してしまう。
いつしか、私を中心に黒いモヤはどんどん広がっていき、空すらも破壊して世界全てを闇で包み込もうとする。
「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁァァァァッ!!!!」
絶望による絶叫だけが響いて、そして。
「シルヴィア!!」
「嫌ぁあああ……あ?」
なんかお師匠様に抱きつかれてた。
見覚えの無い部屋の天井ですね。
「えっと、お師匠様。苦しいです」
成人した男性の力の限りの抱擁。
体格差もあってキツい。
「後、弟子とはいえレディーに、生徒を抱きしめている絵面は犯罪ではないです?」
「その減らず口を聞く限りは普段通りの君だな」
お師匠様が私から離れ、そのまま押し倒した。
誤解はない。ただし、布団を被せられた。
「意識は戻ったが疲れているだろう。まだ横になっていなさい」
「そうですね。こんなにへとへとになったの猿山合戦以来じゃないですか?」
「いいや。私の魔法を真似しようとして制御に失敗した百鬼夜行以来だと記憶している」
お師匠がそう言うんだから間違いないか。
しっかし、体が重いし熱い。頭もガンガンする。
「アイツは……ベヨネッタは?」
「精神的なショックこそあれど、外傷は特にない。既に寮に戻って休んでいる。心配しなくとも君は誰も殺めていない」
とりあえずホッとした。
人殺しなんてしたら悪役令嬢どころか殺人鬼だからね。
悪名高いとはいえ、クラスアップする気はないわ。
「さっきまでクラブやアリア君もいたのだが、試験の続きや授業もあるから教室に戻した」
私が倒れたのが昼前で、ベッド脇の窓から見える空が茜色に染まりつつあるから半日程度か。
凄く苦しく、嫌な夢でもそんなに時間が経っていないのは幸か不幸か。
「私、どうしちゃったんでしょうね?」
「アリア君の話では君から黒いモヤが出ていると言っていた。おそらくは闇魔法による呪いをかけられたのだろう」
「それも理事長が?」
「そこは今から私が調査する」
あー、エリスさんの目が治ると思ったら今度は私か。
狙われるような事したっけ?あの狸爺からはそこそこ良い評価をされていると思っていたのに。
「君は体を休めることだけ考えるんだ。後は大人の仕事だ」
「わかりました。でも、一つだけお願いしてもいいですか?」
「何かね?」
私は布団の中から右手をお師匠様に差し出した。
「悪夢を見たばかりなので手を握ってください。さもないとお師匠様が私に不埒な真似をしていたと言いふらします」
「暴論だな。そんなことしなくとも、ほら」
いつもならここで『くだらない』だの『何故そんなことをせねばならない』って一蹴するのに。
不気味なくらいに優しいぞ?
交渉のしがいがないじゃないか。調子が狂ってしまうなぁ。
「……夢?」
「現実だ。君は早く元気になって皆を安心させなくてはならないだろう」
「……はい」
あったかいお師匠の手を握って私はまた眠りにつく。
今度は悪夢を見ずに済みそうだ。
こんなに弱った弟子の姿を見るのはいつ振りだろう。
ここ最近はすっかり落ち着いていたが、まるで旅に出たばかりの頃と同じだ。
一人で部屋に置いて寝かせようとすると、私に片手を差し出せと言ってきた。
よく笑うのが似合う。周囲を巻き込み仲間を増やして笑い合う。
私には持てなかった、持たなかった光のような輝きがあった。
なのに、その輝いていた少女はうなされて怯えていた。
大きく成長したと思っていたが、抱きしめるとまだまだか弱い少女のままだ。意識は無いが何かを恐れている。
弟子の爪が私の体に食い込む。背中は引っ掻き傷だらけになっているだろう。
「シルヴィア!安心しなさい。ここに私はいる。誰も失ってはいない」
ジタバタと暴れる体を押さえつける。
呪いのせいで余程酷い悪夢を見せられているのか、頬から涙が溢れている。
「嫌……嫌だ……」と悲鳴もあがる。
あぁ、なんと世話の焼ける弟子だろか。
「目を覚ましてくれ……シルヴィア!!」
私の声が届いたのか、ゆっくりと開かれる目。
そこからはいつも通りの彼女だった。
もう、大丈夫だろうかと医務室から立ち去ろうとすると手が差し出された。
「君は早く元気になって皆を安心させなくてはならないだろう」
私の手なんかで良ければいつまで握っているといい。だから早く安心をさせてくれ。
君がいないと世界は退屈なのだから。
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