第46話 悪役全開フルスロットル!
エリスさんの治療が始まって一ヶ月が過ぎた。
お師匠様特製の薬は苦くて不味いようで、エリスさんが真っ青な顔をして毎日飲んでいる。
効果の方は私にはよくわからないけど、彼女が言うには『少しだけ闇が薄まっている気がします』とのことだった。
あれ以来、理事長に合ったり理事長が居そうな場所には近づいていないし、校内を歩く時もなるべく誰かと一緒にいるようにしている。
掴みどころの無いのんびりしたお爺さんかと思っていたけど、ただの老人が何十年も貴族とバチバチ睨み合っている理事の役割を果たせるわけがない。食えない奴ってことね。
「では、次はアリアくん対ザコーヨくん」
「あらあら、平民の相手はわたくしの右腕のようですわね?」
振り分け試験と同じ先生に名前を呼ばれたアリアと縦ロールの取り巻きその一のヒョロガリが向かい合う。
今日は中間試験の日。理事長の件もエースとジャックへの返事も全部丸投げでこの日を迎えた。
二人には悪いけど、きな臭い状態でラブコメやってる余裕は無くなってきた。……それとは別で二人の顔を直視できないだけなんだけどね。
「やっておしまいなさいな!」
ニヤニヤと笑いながら野次を飛ばす縦ロール。
筆記試験は既に終了して、今は実技試験。お互いの成長を確認し合うという名目で模擬戦が行なわれている。
男女別でくじ引きでランダム。クラブ達の試合も見たかったなぁ。
「わたくしの話を聞いてますの⁉︎」
「えー?なんか言った?」
縦ロールは私を親の仇みたいに睨んでくるけど、どーっでもいい。知らんがな。
「その余裕も今のうちね。ザコーヨはわたくしに次ぐ実力者よ。教養の無い平民如きに負けませんわ」
平民如きねぇ……甘いわ。
先生の開始の声がかかる。
それと同時にヒョロガリは水の球を発射する。
その速度と勢いはまぁまぁ。
「ふーっ………はぁ!」
アリアは飛来する水球に合わせて光弾を発射する。
大きさは振り分け試験の時より遥かに小さいが、光と水の塊は互いに衝突し、消滅する。
「なっ⁉︎」
驚く縦ロールだが、まだ早い。
アリアの反撃に怯んだヒョロガリはムキになって水球を連発する。しかし、アリアはその全てに同数の光弾を当てることで対処した。
肩で息をするヒョロガリに対してアリアは浅く息を整える。
お師匠様曰く、アリアの魔力の量は桁外れで、私を越えてお師匠に迫る勢いらしい。
7年の努力が半年足らずで抜かれた私の悲しさわかる?まだ総合的な実力では負けていないけど悔しいわ。
「アリア〜!そろそろウォーミングアップは止めて本気だしなさい!」
「強がりもそこまでですわ。あれだけの魔法を行使すれば魔力も底をつくはずです。ザコーヨ!徹底的に痛めつけなさい!!」
試験官の先生がコチラを見て口に人差し指を当てる。
野次が大き過ぎて注意されちゃった。
でも、私の声はアリアに届いていたようで彼女は懐から杖を取り出す。
「杖を使うの⁉︎」
「あの子、平民よね?」
「でも、シルヴィアさんの友達だし」
周囲が騒つく。みんな、アリアの特訓を知らないから半信半疑みたい。
対峙するヒョロガリはまだそこまでの実力が無いようで、両手を前に構えてありったけの魔力を込める。
地面から大量の水が噴き出してアリアに襲い掛かった。
「当てるつもりはないので、そこを動かないでください」
警告とも呼べるアリアの言葉に混乱するも、ヒョロガリはどうみてもやり過ぎなレベルで押し潰そうとした。
先生が中断させようと動きかけた瞬間に閃光が弾けた。
ピシューン!!
「は?」
アリアの杖の先から放たれたのは光線。ロボットアニメみたいなビームだった。
強過ぎる光というのはかなりの熱量を持ち、津波は蒸発して消し飛んだ。
残されたのは一直線に地面が抉れた跡とクレーターのみ。
「アリアの勝ちね」
戦意を失ったヒョロガリは地面に座り込み、先生が勝利宣言をした。
「勝者!アリアくん」
「お相手ありがとうございました」
一礼をしてこっちに駆け寄ってくるアリアにハイタッチする。
「勝ちましたよお姉様!」
「良くやったわアリア」
ザコーヨはもう一人の取り巻きと縦ロールに何かを言われて泣き始めた。
カンカンに怒った縦ロールは真っ赤な顔でコチラを見てきたので舌を出してベーってする。
「お姉様、大人げないですよ」
「先に喧嘩を売ったのはあっちよ。アリアを馬鹿にしてたんだからザマァみなさい」
中指も立ててやろうとしたけど、アリアに止められた。
もう少し悔しがる顔を見てやりたかったのに。
「アリア、強くなったわね」
「エリちゃんやマーリン先生にはまだまだ勝てませんよ〜」
いや、勝ったらおかしいからね?
この子は身の回りに化け物クラスしかいないから感覚狂ってきてるわね。Fクラスに相手をさせようかしら?
「勿論、お姉様にもですよ」
「当たり前じゃない。私はお師匠様の一番弟子よ?姉弟子が負けるなんてあり得ないわ」
「そう言い切れるのが流石お姉様です!」
万が一にもアリアに負けるようなことがあれば、それはゲームと同じ展開よ。
私の目が黒い内は同学年の誰にも負けるつもりはない。最強は譲りたくないのよ。それぐらいしか取り柄がないから。
霊長類最強令嬢。……需要あるのかしら?
「次はお姉様対ベヨネッタさんですけど準備はいいですか?」
「準備なんて必要ないわよ?」
「マーリン先生に言われたじゃないですか。
あー、なんかそんなことを言われた気がする。
実戦形式の修行ってお師匠様相手か盗賊ぐらいにしかやってないんだった私。
クローバー家にいた頃はクラブともやっていたけど、学園に入学してからは手合わせしていない。
そもそも、全力を出す機会がないのよ。土木工事の手伝いだと大雑把に魔法撃つだけだし。
「まぁ大丈夫でしょ!」
「注意はしましたからね?」
アリアがソフィアみたいな事を言い始めた。
二人が仲良くなって嬉しいけど、お目付役が増えたような気がする……。
この優秀である私がそんな失敗すると思われてるなんて心外だわ。
「次、シルヴィアくん対ベヨネッタくん」
名前が呼ばれて初期の立ち位置に立つ。
眼前には怒りで真っ赤な縦ロール。パンパンに膨れ上がったフグみたいで面白いね。
「お互い、正々堂々と勝負しましょうね?ベヨネッタちゃん」
「あなたはわたくしがこの手で潰して差し上げるわ!!」
煽れば煽るだけムキになる縦ロール。
ゾクゾクしてくるわね。調子に乗って鼻先を叩き折られる気分はどう?
……決して、私がお師匠様に勝てないストレスをぶつけようとしているわけではないこともない。
八つ当たりである。
「それでは、始め!」
合図と共に私達は動き出す。
ベヨネッタは杖を取り出し、火球を連続して撃ち出す。
彼女は侯爵家の娘ということもあり弱くはない。半年で成長もしている。
「焼け焦げなさい!」
「お断りよ」
迫り来る火球に対して私は水魔法を発動させる。
間欠泉のように地面から次々に噴き出す水の柱が火を無力化させる。
「ならこれで!」
お次は風の刃。不可視のギロチンだ。
当然ながら殺傷能力もある危険な魔法なんだけど、私には効かない。
「風魔法使い相手にその攻撃は無駄よ」
手をかざす。
極小竜巻を発生させ、風の刃を受け止める。
竜巻は次第に大きくなってベヨネッタに近づいていくが、彼女は特大の風魔法でなんとか打ち消した。
「ぜぇ、ぜぇ。わたくしはシザース家の一人娘よ?それがどうしてこんな伯爵令嬢如きに」
魔力を一気に消費したせいで息が荒くなる縦ロール。
魔力量は平均クラスか。ジャックは勿論、クラブ以下の実力しかないわね。
「気に入らないわ。権力も家柄も無いくせに才能を持って、平民なんかと仲良くして、加えて王子からプロポーズ?……許さない」
「逆恨みもここまで来ると清々しいわよ。貴方じゃ私には絶対に勝てない」
まるで私が何もせずに楽しているかのような口ぶり。
私が魔法使いになったのは死にかけたからだし、強くなったのはお師匠様と修行の旅をしたからだ。プロポーズについては惚れられる要素が何処にあるか知らないけど。
それと気に入らないのは平民なんかって所。平民からの税があって、支持があるからこその貴族でしょうに。爵位が低ければそれだけ領民と協力して田畑を耕さなければならない。無能な領主はいらないのだ。
アリアは貴族ではないけど私の大事な友達。それを馬鹿にしている態度を私は許さない。
どう懲らしめてやろうか考えていると、縦ロールは自分の杖を地面に叩きつけて吠えた。
「あなたなんてあの幼い頃に暗殺されてしまえば良かったのよ!」
プチッ!!
それだけで私の激情を引き出した才能は凄いと思った。
私なんて悪役令嬢としてはまだまだね。意地悪くらいは思いつくけど殺そうなんて考えたこともないよ。
でさぁ、私が狙われて暗殺されそうになったって誰が言った?
エースも、ジャックも、クラブも、他の貴族から嫌がらせや圧力を受けていることは知っていたよ。だけど、命を狙って暗殺者が忍び込んでいたことまでは気づいていないのよ。
それを知っているのは両親とお師匠。他にいるとしたらソイツは、
「
感情の昂りで魔力の制御が乱れる。
だけど問題はない。
私の持てる全ての力を使って目の前にいる女を殺してやる。
こいつがいなければ家族と離れ離れになる必要はなかった。
いつまでも温かい陽だまりにいられた。
両親の心を痛め、クラブやソフィアが寂しい思いをすることも、ジャックやエースが自分達を責めることもなかったんだ!!
良くない何かが内側から溢れ出す感覚があった。
自分でもよくわからない力だ。
それでもいい。今はあの女を目の前から消すことが最優先だ。
「ひいっ……⁉︎」
膨大な魔力の差に本能的に勝ち目が無いことを悟ったのかベヨネッタは膝から崩れ落ちた。
叩きつけられ彼女の杖は砕けて使い物にならない状態だし、魔力ももう残っていないだろう。
だが、関係ない。一歩、また一歩と近づく度に重力のように魔力による圧力が増して女を苦しめた。
息が詰まる感覚だろう。呼吸が乱れて心臓は早鐘を鳴らすだろう。
それくらい、私や家族が受けた傷に比べれば些事だ。
「
無慈悲な宣告。
教師すら近づくのを躊躇った魔力の渦の中、私は強化した手刀で胸を貫こうと腕を振り下ろした。
「お姉様ぁ!!」
絶叫にも近い声がして、誰かが体当たりしてきた。
「アリア……?」
「お姉様。今、自分が何をしようとしたかわかってますか⁉︎」
「わ、私は……」
取り巻きにしがみついて泣き喚くベヨネッタ。髪も制服もボロボロで気品のカケラも無い。
周囲の生徒達は互いに身を寄せ合って怯えていた。
試験官の先生も真っ青な表情だった。
私は何をしようとした?
そう考えた直後、魔力を暴走させたことによる反動で私は意識を手放した。
ドス黒い闇が心の中で燻っているのを感じたまま。
「……さっき見えたのは一体何だったのかな?」
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