第45話 お師匠様はやっぱり凄いですわ!

 

「どうして二人が揃っているのよ」


 銀髪と金髪。この国で最も有名な家の少年達が私の横にいる。


「決まっているじゃないか」

「エリス姉が治るかどうかなんだ」


 そう。今日はエリスさんの症状をお師匠様が確認する日です。

 中々都合が悪くて先延ばしになっていたけど、やっとその時が訪れた。


「ごめんなさいねシルヴィアさん。二人とも言うことを聞いてくれなくて」

「いえいえ。エリスさんが謝ることないですわ。私だって立ち会う必要が無いのにここにいるんですから」


 お師匠様だから失敗するなんて思ってはいないけど、呪いとか闇魔法とか私の知らない分野の治療となれば純粋に魔法使いとして興味が唆られる。

 それに、エリスさんは初めての貴族の女性のお友達なのだ。年上で包容力もあってみんなのお姉ちゃんって感じ。

 姉パワーで比較すれば私は苦戦するだろう。しかし!クラブは私にゾッコンよ!例えエリスさんが相手でも真の姉は私のみ!!…………何言ってんだろ私。


「エースとジャックがいるなんて調子が狂うわね」

「何か心当たりでもあるのかシルヴィア?」

「俺に何か嫌なことでもされたい?シルヴィア」


 コイツら!分かってやってるでしょ!

 確信犯達は双子ならではのコンビネーションで名前を呼んでくる。

 この絡み方が嫌だからジャックの告白以降は近づかないようにしたり、距離をとっていたのに!どうしてこうなるのよ!


「あらあら。何かしたの二人とも?」

「まぁね」

「まぁな」


 二年生にまではまだ話が回っていないのか、会話についていけないエリスさん。

 授業する校舎は違うし、寮も離れているから伝わっていないみたい。でも、それも時間の問題ね。

 早くお父様とお母様に出した手紙の返事が欲しいわ。どっちに転がっても私が赤面する未来しか見えない。


「騒がしいと全員摘み出すが?」

「ごめんなさいお師匠様」


 両手いっぱいに荷物を抱えて、遅れて登場してきたのは今いる研究室の主であるお師匠様。

 これで今日集まった人間は全員だ。

 エリスさんの付き添いをしてきた背が高い男子は診察が済んでから迎えに来てもらうようにしてある。いつ頃終わるのかわからないのに待たせるのも悪いしね。


「随分と沢山用意しましたね」

「個人や掛けられた呪いの種類によって対処法が変わる。準備は万端でなくてはな」


 普段なら杖だけを使って問題を解決するお師匠様がここまで本腰を入れてとりかからないといけないのが堪らなく不安になる。

 見学するだけの私でこれなのだ。治療を受けるエリスさんはもっと心苦しいだろう。


「では、診察を始める前にエリス・カリスハートくん。報酬について確認したい」

「金を取るのか?」

「あまり無茶な要求はしないでくださいよ」


 お師匠様の質問にジャックとエースが反応する。

 私もお師匠様のことだから珍しい症例に興味があるだけだからタダかと思っていたから少し驚いた。

 エースは訝しむような表情でお師匠様を見ている。


「金品は要求しない。私が知りたいのはカリスハートに伝わる闇魔法についての知識だ。目が回復したあかつきには知っている情報を全て教えて欲しい」

「何のためですかマーリン先生。貴方では闇魔法は使えないはずですが?」

「エース・スペード。君には聞いていない」


 エリスさんはエースをエースはお師匠様をお師匠様はエリスさんを見ている。

 そっか、闇魔法を使っての捜査に関わるから慎重になっているのね。情報が漏れたら対策を取られてしまうから。

 まだお師匠様が安全だと判断していないんだわ。


「あのねエース。お師匠様は言い方が悪いだけできっと悪事に利用したりしないはずよ。私からも条件を飲むようにお願いするわ」

「エリス姉とカリスハート家の問題だろう。王家が口を挟む必要はないんじゃないのか?他の医者や城の魔法使いでは無理だったんだ。断る理由がない」


 事情を知らないジャックはこちら側。闇魔法については知っているけど、エリスさんが秘密捜査官だという情報は知らないからね。


「……俺が立ち会いの場合のみ。これで良いかエリス?」

わたくしはそれで問題ありません。マーリン先生、この条件で納得してはいただけませんか?」

「闇魔法について知れればそれでいい」


 ふぅ。お互いに妥協点が見つかってよかったわね。


 双方の合意があったところで、お師匠様の診察が始まる。

 黒い布を取ったエリスさんの瞳は瞬きこそしているが、光が無かったし、焦点も定まっていない。

 年頃の女の子から視力を奪うなんて許せないと私は思った。


「目の感触はある……自発的な瞬きも可能……エリス

 くんは目について、どのように感じているか教えてくれ」

「目蓋が開いているのは自覚しているのですが、とにかく真っ暗で何も見えないのです。冷たく黒い世界が広がっているようで不安で怖いです」


 声を震わせながら話すエリスさん。

 私は思わず彼女の空いた手を握った。見えない状態でも何か温かい物に触れて気が安らげばと考えての行動だ。


「ありがとうシルヴィアさん。……私はいつも誰かに手を引いてもらわないと歩行もできません。クラスメイトやお友達がサポートしてくれているとはいえ、いつまでも甘える訳には行きませんし、この状態のままだと気が滅入ってしまいます」

「マーリン先生、エリス姉は治るのか?」


 一通り触診し、症状や思いつくことを紙にメモするお師匠様。

 その姿にジャックはおろか、エースすら息を呑む。

 私だけは唇を吊り上げて笑みを浮かべる。


「可能だ」


 知ってるのよ。お師匠様は本気でダメな時はメモすらせずにこめかみを突くから。

 真剣に書き込んでいるという事は目星がついて解決策を模索しているからだ。


「本当ですの⁉︎」

「あぁ。エリスくんの症状は病的なものでも、魔法の不発による後遺症でもない」

「それじゃあ、何が原因だというのだ!」

「……闇魔法による呪いだ」


 絶句し、ショックを受けるジャック。

 エリスさんも信じられないという様子だった。

 エースは呪いの可能性を調べて予想していたし、私はお師匠様に相談して話を聞いていたから驚かなかった。


「どこの誰だ!エリス姉に呪いをかけたのは!」


 激昂するジャック。気が昂り過ぎて魔力が薄っすらと漏れ出す。

 これは確かに、ジャックに知らせない方が良かったわね。一人で突っ走って犯人を探し出しそうだし。


「落ち着きたまえ。私には治すことはできても呪いをかけた張本人を逆探知することはできない。捜査するのは君の役割だろうエース・スペード」

「おっしゃるとおりです。犯人は俺が責任を持って突き止めます」

「エース!オレ様も手伝わせろ。犯人を捕まえないと腹の虫が治らない」


 私も手伝おう。友達を酷い目に合わせたやつを懲らしめないとスッキリしないわ。

 エリスさんは治ると聞いてホッとしたのか、私の方へしなだれかかってきた。


「良かった……私の目、治るんですのね」

「あぁ。ただ注意してもらいたいのは治療には時間と副作用が伴う。私が調合した薬を飲み続けて体調を崩すこともあるだろう。しかし、完治する。これは約束しよう」

「もう二度治らないと思っていましたもの。その程度なら苦ではありません」

「良かったですわエリスさん!」


 思わず、ギュッと抱きしめて私は喜んでしまった。

 一番嬉しいのはエリスさんで、エースやジャックがその次に喜ぶべきなのに我が身の事のように声を上げてしまった。


「えぇ、本当に良かったです。これもマーリン先生を紹介してくれたシルヴィアさんのおかげです」

「そうだね。俺からも礼を言うよシルヴィア」

「こういう時は役に立つな貴様は」


 エースは私とお師匠様に頭を下げ、ジャックは何故か上から目線で言ってきた。でも、目尻に涙が浮かんでいるのは見逃さなかったわよ?


「今から治療に必要な薬を調合する。エリスくんは用意が出来るまでここで待っていてくれ。王子達も付き添いで待機だ。……シルヴィア、君は私の助手として付いて来い。手伝ってもらうことがある」

「了解ですわ」


 従姉弟同士で安堵を分かち合う三人を置いて、私はお師匠様の後ろを歩く。

 薬の調合に必要な素材を集めに行くのかしら?


「目的地はどこですかお師匠様?」

「エリザベス先生の管理している温室に解呪に必要な植物が生えている。他にもいくつか集めるから君は荷物持ちだ」


 エリちゃん先生の敷地なら私とお師匠様は顔パスだものね。

 それに、侵入者避けの改造植物と戦闘になったら並みの生徒じゃ苦戦するのよね。アリアの特訓にも使われている危険な植物。魔女って雰囲気のエリちゃん先生にはピッタリだわ。


「……それとだシルヴィア」

「はい。何です?」

「現在、私が確認した闇魔法の使い手は国内で十数人しかいない。登録されていない非合法な連中を含めてその数だ」

「非合法って学園に通った形跡が無い人ですよね。なーんだ、色々と調べてくれたんじゃないですか」


 ツンデレだったのかしらこの人は。

 堅物キャラのツンデレなんてベタ過ぎて面白いわね。


「話を聞きたまえ。その調べた連中の中で学園内にいたエリスくんに呪いをかけられそうな人物は一人しかいなかった」

「闇魔法の使い手……そんな人いましたっけ?」


 光属性の担当といえばエリちゃん先生だけど、そもそも教える生徒が少ない。座学だけなら他の先生や魔道具を使って代用可能だ。

 闇魔法は嫌われているし、恐れられているからそんなものを専攻にしている人なんて……


「多重属性で考えるんだ。一人該当する人物を君は知っている。私は忠告したからな」

「まさか、理事長⁉︎」


 完全属性。あらゆる属性を持つ魔法使いの極み。

 闇属性もそこに含まれるのだろう。


「その可能性が高い。私の方でも警戒はするが、君も最大限に注意するように」






 お師匠様の言葉を受け、私は首にぶら下げている指輪をギュッと握りしめたのだった。









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