第39話 シルヴィアと秘密の鍵

 

 エリスさんについてはお師匠様に任せるとして、私はどう行動するべきか。

 クラブはジャック側だし、クローバー家としてもそちら側にいるみたい。

 カリスハート家を取り込むことができればジャックは有利になり、王位継承レースでトップを獲れる。


 つまり、その裏でエースと敵対することになるのだ。

 処刑エンドにはならないだろうけど、あちらも王位を狙う以上は無関係ではいられない。

 エース派が勝った後でジャック側にいた貴族達を虐げたりされると私は困る。

 ジャックと同じようにエースにも借りがあるし、一番最初に私を助けてくれたのはエースだ。あのお茶会がなければ今のクローバー家の現状はなかった。

 兄弟で権力争いをすることが辛く、悲しくはないのかしら?


 悶々と考えながらコーヒーを飲む。

 アリアが先生に呼ばれて、それを待つ間に近くの喫茶店でお茶してる。

 店員も店長も学生がしていて、使われる材料も学園内で試験的に開発されている品種なのでお値段もお試し価格と財布に優しい。

 実家からの仕送りとAクラスへの奨学金でアルバイトをする必要は無いけど、節約していざという時のために備えておきたい。


 アリアがまだ来る気配が無いので、コーヒーのお代わりを注文すると、団体のお客さんがやってきた。

 今さっきまでは私くらいしか居なかった店内が騒がしくなる。


「まさかいつもの店が休みだったとは」

「このような質素な店しか見つからないとはな」

「わたくし、最上級品の茶葉で淹れた紅茶しか飲みたくありませんの」

「「ベヨネッタ様のおっしゃる通りですわ」」

「そうかい?俺は悪くないと思うな。俺好みのものがありそうだし」

「お優しいですのねエース様は」


 顔ぶれは貴族ばかり。しかも爵位の高い連中の中にはあの縦ロールと取り巻きズもいた。

 考え事していたら本人達が来ちゃったよ。


 私は奥のカウンター席に一人で座っていたので、本を開いて気づかれないように気配を消す。

 どうもあの連中は苦手なのだ。


「しかし、あの話は聞きましたか?ジャック派がカリスハート家を取り込もうとしていると」

「弱小貴族達がつけ上がっています。誰が頂点にいるのか教えてやらねば」


 言うねぇ。

 偉いのは貴方達の家柄であって当主にもなっていないのに大口叩いてさ。


「まぁ、あまり気を立てないことだ。俺が王になろうとジャックが王になろうと、貴族の役目は力を合わせて国を守ることだ。それに、公爵家の令嬢を味方にしようと必死になるくらいだ。こちらの方に分がある。だから焦る必要はない」


 あっちはジャックがぐいぐい引っ張って、それを周囲が盛り上げて支えようとしていた。

 こちらはエースが周りの連中を宥めたりコントロールしてバランスを取っているみたい。


 どちらもどちらね。

 王になるのに必要そうな気質はあるし、能力的にも合格ラインに達しているだろう。

 ゲームの時はジャックが落ちぶれて、エースもそんな彼を見限っていた。

 それが今や対等なライバルとして争っているし、ジャックも女性にふしだらではないことを私は知った。

 私と話す時もチラチラと視線はエリスさんを見ていたしね。


「ですがエース様。このままでは我々が徐々に追い詰められ行きます」

「何か策はお有りですか?」

「そうだね。たった一つだけジャック達に大打撃を与えられる逆転の切り札ジョーカーがある。時期を間違えると痛手だが、そろそろ使っていい頃だろうな」


 な、何ですって!

 必死に頑張っている私達を崩せるような手段をエースは隠していたの⁉︎

 ……ここは聞き耳を立てたまま情報収集をしなくちゃね。


「流石、エース様ですの。それでこそ未来の王に相応しいお方ですわ!」

「やっぱりこっちに移ってよかったですねベヨネッタ様」

「エース様が王になれば王妃になれる可能性高いですよベヨネッタ様」


 縦ロールと取り巻き達も笑っている。

 そういえばいつの間にかジャック側から消えていたわね。

 途中で寝返るとかありなんだ。まぁ、侯爵だったらどちらの陣営も歓迎するか。


「クローバー家のシルヴィア・クローバーをこちらに誘おうと思っている」

「「「本気ですか⁉︎」」」


 ぶっ⁉︎

 な、なんて言った今⁉︎

 飲みかけのコーヒーを思わず吹き出してしまった。

 制服を拭かなきゃ。


「何故、あの女を?」

「噂はご存知のはずですよ。シルヴィア・クローバーを陣営に引き込めばマイナスイメージが!」

「何人もの生徒や教師が奴のせいで体調を崩していると!」

「そうですわ。あんな爵位も低くて乱暴な女。エース様に相応しくありませんわよ!」


 側近や縦ロール達は猛反対。

 というか、私のせいでそんなに体崩してる人いたんだ……何かしたっけ私?


「噂だろ?俺は色々と調べたし、観察してきた。彼女を味方にすれば必然的にクローバー家はこちらに着く。家族が何よりも大切な人達だ。クラブがこちらにつけばジャック達は崩れる。参謀だからね彼は。それにマーリンを始めとする教師達との繋がり、理事長も彼女に目をかけている。そしてアリアくんもシルヴィアを慕っているからね。それら全てが手に入れば敵なしだろう」


 ニコリと笑うエース。

 悪い顔しているよ。いつもの爽やかスマイルじゃない。

 成長してこんな顔も……いや、7年前の時点でその素質はあったね。


「あと、君達はシルヴィアを侮ったり貶めているらしいが、それだと痛い目を見るよ」

「侮ってなどいません。最大限警戒をしているのです」

「貶められる隙があるのは自業自得ではなくって?」

「それが駄目なんだよ。シルヴィアは…………彼女は………何も考えていないよ」

「「「はぁ?」」」


 はぁ?


「あるがまま。その時の気分と流れに乗って好きなように動く。雲のような存在さ。恵の雨を降らすし、嵐も呼ぶ」


 いや、人をそんな大自然みたいな言い方しないでよ。

 私は至って普通の人間だよ?


「……エース様がそうおっしゃるなら」

「エース様が言うからそうなんだ……そうなの?」


 ほら、側近の子達もポカーンてしてるじゃん。

 話について行けていないよ。


「貴族も平民も関係ない。羨ましいよ。彼女の純粋さがね。俺は王族として皆の先頭にいなければと行動して、幼い頃から貴族の権力争いを身近で見てきてた。だからそういう在り方が眩しく見える。シルヴィアは貴重な橋渡しの役が任せられる人材だ」


 エースが私のことをそんな風に思っていたなんて。

 ジャックは私を問題児扱いだし、お師匠様は悩みの種なんて言っていたのにエースってば優しいのね。

 ちょっとだけ、うるってきたわ。


「……エース様はあの女を婚約者にするおつもりなのですか?」

「「ベヨネッタ様…」」

「うーん。それはちょっと遠慮したいというか、怖い物見たさはあるけど獅子の尾は踏みたくないね。俺も後ろから刺されたくない」


 感動を返せ。

 そこは花嫁にしたいくらい人望と人格に優れた女神のような美しい美少女だって言っても良い所じゃん!

 王妃になるのは面倒くさくてお断りだけど私だってモテたいんだ〜!

 アリアは内緒にしているけど私は下位クラスの子からラブレター受け取っているのを知っているし、ソフィアなんて仕事仲間からナンパされたりしてる。

 どうして私には男の気配が微塵も無いのだろう?


「それにベヨネッタ。前にも言ったが、今の状態で婚約者を決めると纏まりかけている結束に亀裂が入る。もう少し先を見据えて相応しい時を考えないとならない」

「……年末のダンスパーティーですの?」

「そういう大勢が集まる場所が良いだろう」


 やっぱりそこか。

 二年生じゃなくて一年生の末。残り半年でエースは決着をつけるつもりなのかしら?

 ここでもシナリオが変わって先読みができなくなっているのが歯痒い。

 もう、ゲーム通りなのって学園に隠されてるお役立ちアイテムやお店くらいしか残ってないんじゃ?私の楽な人生はどこへ行ったのよ。


「ジャックも俺もいずれは婚約者を決めなくてはならないが、その前にやれることは全てやっておく。負担をかけるだろうが、力を貸してくれ」

「「「はっ。勿論です」」」


 どうやら仲間内での結束がまた強まったようね。

 クラブ、敵は手強そうだからしっかりジャックの手綱を握らないと不味いわよ。


 コーヒーは空になったし、いつまでもここにいるとアリアを逆に待たせそうなことになるからそろそろ退散しよう。

 背を向けて、気づかれないように荷物を纏めてレジに向かう。


「ご馳走様。とても美味しい味だったわ」

「そう言っていただけると光栄ですシルヴィア様」


 レジにいたのはFクラスにいた生徒だった。

 前に見た時より黒光りして筋肉ムキムキになっている。店の制服が今にも弾け飛びそう。


「いくらかしら?」

「お代は結構です」

「そういうわけにはいかないわよ」

「いえ。既に支払ってあるんですよ」


 私は払ってないわよ?


「エース様が入店された時にシルヴィア様の分を払われて『騒がしくてすまない』と伝えるように言われました」


 バレてーら。

 最初から私が店内にいるって気付いてたのね。

 その上で私の話題を出すとか何の罰ゲームよ!ドキドキはらはらして思わずエースを意識しちゃったじゃない!!


「ならここは甘えておきましょうか。それじゃあね」

「あ、待ってくださいシルヴィア様。もう一つエース様から渡すように預けられたものが!」


 まだ何かあるの?


 店員の彼はポケットの中から小さな何かを取り出して私に渡した。

 それは銀色の細長い鍵だった。Aクラスが住んでいる寮の、それも一人部屋の生徒用の。


「あの、今夜はお楽しみですね?」

「貴方。顔を覚えたわよ。明日から覚悟しておきなさい」


 鍵を受け取って店を後にする。

 アリアをまずは見つけて寮に帰ろう。速やかに誰にも鍵を見られずに帰ろう。






 こ、これってつまりそういうことなの⁉︎






 私は柄にもなく顔を赤くした。



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