第40話 悪役令嬢は逢引しますわ!

 

 寮に戻った私の手には銀色の鍵が握られている。

 これの色違いを私は持っているし、合鍵をソフィアに預けている。


 エースだって自分の部屋に入れないと困るから、これは合鍵なんだろう。合鍵の複製は寮の管理人から許可を貰わないといけないし、管理を厳しくしないと犯罪に利用されちゃうから最初に渡されるのは二本だけ。その一本が私の手にある。

 つまり、私はエースの部屋に好きな時に入室できるわけだ。


「いや……でも、だって」


 自室の中をウロウロしながら考える。

 何故私にこれを渡したのか。男子寮に女子が入るのはよろしくない。だからクラブとジャックは共用スペースにある小部屋を利用する。

 自分の部屋と小部屋の違いは生活に必要なものがあるかないか。特にベッドとか。


『今夜はお楽しみですね?』


 喫茶店でニヤニヤしていた店員の言葉が頭に浮かぶ。

 そ、そういうのじゃない……のかわからない。


 お互いに成長したし、私だって子供を産める体になった。貴族の結婚は20歳前後が平均的だけど、もうすぐ15歳になるからそういう事があってもお咎めはない。世間体は気になるけど、私が今まで読んだ本や漫画なんてザラにある展開だ。


「落ち着きなさいシルヴィア。この流れは私が気にしているだけで相手にはそのつもりが無いパターンよ。きっとそうに違いないわ」


 だが、それだけで鍵を渡す?

 場所は別でいいじゃん。部屋に来いって言ってるのと同じだよ。

 お師匠様じゃあるまいし、エースがそこに気づかないわけがない。なら、つまりは⁉︎


「じっれいたいわ。悩むなんて私の柄じゃない。直接エースに聞きに行きましょう」


 食事の時間にエースとその側近達が帰宅しているのは見かけた。

 ただ、私はジャック側だと思われているので近づいて話しかければ両陣営から警戒される。

 クラブにまで迷惑がかかるのは心苦しいから、そうなれば私が取る手段は一つ。


 スニーキングミッション発生!

 誰にも気づかれないようにエースに会いに行け。


 これしかないわ。

 服を学園の制服から今までの旅で着ていた物へとチェンジする。お風呂に入ったから下着は綺麗な物を身につけているし、軽く香水はつける。

 何があっても問題なし。

 期待はしてないわよ?私はそんな軽い女じゃないからね?身だしなみはマナーよ。


 ポーチを肩にかけ、中身を確認。

 ソフィアかアリアが来ても大丈夫なように布団の中にダミーを設置して、部屋のドアに『眠っているので起こさないでください』と紙を貼る。

 これで準備完了。


 窓を開けて地面に誰もいないことを確認する。

 私がいるのは4階だから地上まで12メートルくらい。

 そのまま飛び降りれば大怪我間違いなし。

 でも、私には魔法がある。


「えいっ!」


 飛び降りる瞬間に風魔法を発動。

 着地予想地点に風の結界を作って衝撃を和らげると同時に土魔法で地面を軟化。砂状にして衝撃と音を吸収させた。

 着地成功ね。

 男子棟と女子棟の間に中央棟があるけど、中央棟の裏には庭がある。木や雑草が生えていて利用する生徒は少ないし、手入れも最低限。

 窓から緑が見えればそれでいいよね?ってレベルで管理してある。寮の玄関や正面は綺麗にしてあるけど裏側はそんなに気にしないからね。


「エースの部屋は確か、」


 男子棟の最上階。私と同じ4階の、一番奥にある。

 寮の建物内を移動すれば一番距離があるのが私達。

 それを知らないエースじゃないんだけどね?


 灯りのついた部屋から庭を見ても気づかれないように着ている服は緑系だし、お師匠特製のローブ型の魔道具で隠密性アップ。

 旅の途中で野盗や野獣から身を守るための隠密行動を叩き込まれているのでこれくらいなら楽勝ね。

 息を潜め、周囲を警戒しながら進む。

 ほんの数分でエースの部屋のある真下まで来た。


「降りるのは楽だけど登るのは大変そうね」


 空でも飛べたらいいけど、風魔法での飛行は魔力を大量消費するし、人を浮かべるだけの風を起こせば音でバレる。

 そんなリスキーなことはしない。

 男子棟に最も近い位置に生えた木に登る。木登りスキルは前世から引き継いでいるから得意よ。

 太い枝に跨る。それでもエースの部屋までは5メートルある。


「エカテリーナ。出番よ」


 木登り前に影から出しておいたエカテリーナが私の近くにやってくる。

 夜だろうとローブの中で火魔法を使えば影を生成するなんてお茶の子さいさいよ。


「シャ〜」


 私はエカテリーナの頭部をしっかり握ってエース部屋の窓枠に投げつける。

 上手いこと窓の出っ張りにエカテリーナが噛み付いて木から部屋までの登り道が完成。

 体内に魔力を循環させてエカテリーナの体を一気に駆け上がる。

 ロープ代わりにもなるし、噛み付けるスペースがあればどこでも使える。途中で千切れる心配もない。

 やっぱ蛇って万能よね?


「……エース」


 窓ガラスを叩くとカーテンが捲られ、窓が開かれた。


「やっぱり来てくれたね」


 部屋の中に入れてもらい、エカテリーナを消す。

 また魔法陣から召喚すればいいし、召喚獣を上手く使えば完全犯罪も可能よね。


「で、鍵なんて渡してなんのつもりですの?私の今の立場はご存知ですわよね?」


 室内にはエースしかいない。部屋の広さは私と同じだけど家具は寮から支給されたものじゃなくて自前のものを用意したみたい。

 ソファーに座るとふかふかだもの。


「勿論さ。シルヴィアがクラブの為にジャック側にいるのもエリスを治療するために色々調べてくれていることもね」


 そこまで知っているなら何故?


「エリスの目は俺にはどうすることも出来なかった。光属性には癒しの力もあるらしいが、それを実行できなかった。マーリン先生なら……とも考えたが、あの人に頼み事ができるのは君くらいだからね」

「そうでもないわ。あぁ見えてお人好しだから事情を説明すれば力になってくれるわよ」

「そう言えるのは君くらいだ」


 うーん。みんなお師匠様を誤解してるよね。

 無愛想で面倒くさがりだけど、悪い人じゃないの。不器用なせいで距離があるように感じるだけで。


「じゃあ、喫茶店で話していたようにタイミングが良いから私を勧誘するために呼んだの?」

「あぁ、それもある。今の君ならと思って」


 今の私ね。

 特に何かをしたつもりはないし、Fクラスはお師匠様の頼み事を受けただけ。

 ようは、私が持つ繋がりが欲しいってことか。


「今までの私ならいらないって言ってるみたいね」

「それは誤解だ。確かに王位継承のために君を利用しようとはしている。でも、それとは別に側にいて欲しい」


 ……凄く恥ずかしいこと言わなかったこの人?


「入学したばかりの頃は君に近付き難くてね。最近は派閥をまとめるのも安定してきたし、多少なら力ずくで従わせれるように結果も残してきたつもりだ。シルヴィアが俺に合わせるんじゃない。俺が君に釣り合う男になる準備が出来つつあるんだ」

「いや、私なんか全然だし。エースの方が凄いわよ」

「凄いってなんだ?王族だから当たり前の事をしてきただけだ。成果は常に求められる。上に限界はないんだよ」


 自分は良くやった。だから、これくらいでいいじゃないか?

 エースはきっとそう思わないんだろう。

 魔法を貪欲に学ぶお師匠様と同じで今の状況に満足しない。それをさせてもらえない環境がある。


「ジャックが王位継承に名乗り上げたのは嬉しい誤算だった。これで心置きなく全力を出せる。罪悪感を感じなくて済む。どちらかが王になれなくてももう一方を蔑ろにできないくらいにはジャックも味方を作ったからね。スペアや補欠なんて誰も思わない」


 いつかの日、処刑されると思ってビクビクした私がエースから聞いた話だ。

 今のジャックは劣等感はあれど、負けるつもりも諦めるつもりもなくガムシャラに頑張っている。

 弟思いだった兄として嬉しいのだろう。


「そのきっかけを与えてくれたのが君だ」

「私はただ機嫌が悪くなったのでジャックを引っ叩いただけです」

「それは間違いなく俺達双子にとって得だった」


 クラブは、ジャックは、エースは、原作と違う道を選んだ。


「だからって私を側に置きたいなんて勘違いされるわよ?」

「勘違い?それは君だよシルヴィア。俺は君なら婚約者に相応しいと思っている」

「ふぇ?」


 口から間抜けな声が出る。

 こんな声を出したのはいつ以来だろ?

 金髪の髪が月光に照らされていつもより眩しく見えた。青い瞳は私を真っ直ぐ見ている。


「君が好きだシルヴィア。俺と付き合ってくれないか?」


 い、言った!恥ずかしがらずにサラッと言い切ったよこの人!!

 頭の中がパニックになる私。

 確かに、モテたいとか男の気配がないと最近思っていたのにいきなり告白されるなんて。

 しかも、王子のエースから。


「いやほら、他にエリスさんとかベヨネッタやアリアだっているわよ。アリアなんて光属性持ちで根はいい子だならエースも気にいるはずよ!私なんて比べ物にならないくらい大物になるでしょうし」

「俺は君がいい」


 私の手を取って握り締めるエース。

 顔が近い。ゲームでは散々見てきたし、幼い頃は一緒に遊んで、教室でも顔を合わせてきた。

 慣れているはずの顔が二人きりで間近にあると顔が赤くなるのを実感した。


「君が望むならクローバー家を全力で守ろう。クラブを側近にしてもいい。アリアさんも受け入れる。平民だからと文句は言わせない。……それなら君は俺のモノになってくれる?」


 返事を待つエース。

 条件は文句無しだ。今すぐにでも飛びつけば家族は守られる。友達だって助けになれる。

 王妃になる大変さはよくわからないけど、エースならこんな私をしっかりサポートしてくれるでしょう。


「わ、私は……」


 渇いた喉から必死に言葉を捻り出そうとすると、エースは私の唇に指を当てた。


「返事は今じゃなくていいよ。急な話だし、陣営を鞍替えするにも準備が必要だろう?あと、ちょっと意地悪な告白だしね。君が俺を受け入れてくれるようになったら改めて返事を教えてくれ。それまでこの事は内緒だね?」


 自分自身の口に指を当て、しーっとエースは言った。

 心臓が警鐘を鳴らしてる。飛び出しそうなくらいドキドキした。


「……嫌な成長をしたわね」

「その割には満更じゃなさそうだよ。君のそういった顔をいつか見たいと思ってた」

「性格悪っ」

「これくらいじゃないと王は務まらないさ。ジャックはもっと腹芸を身につけないとね?」


 果たして、あのジャックにこの兄と同じ振る舞いが出来るのかしら。

 私ですら敵わないわよこの男は。


「あぁ、あと一つ君に話すべきことがあった。この部屋に呼んだ最大の理由だ」

「それを最初に話してよ」


 告白が先に来たせいで疲れたよ。


「何故、談話室ではなく俺の部屋なのか。ここは魔法で防音にしてあって、最初に何も仕掛けられていないことを確認してある。誰にも会話を盗み聞きされたりしないように厳重なセキュリティがかけてある。最重要機密の話をするのにピッタリなのさ」


 意地悪な笑みから一転、公務や授業で見せる王族としての表情に変わる。






「マーリン・シルヴェスフォウ、その他の学園職員・理事に国家反逆罪の疑いがかけられている。彼等は優れた魔法使いを欲していると予想され、ターゲットとして狙われるのはアリアさんか君だシルヴィア」






 告白以上に心臓に悪い話だった。





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