第38話 助けてお師匠様〜!
「はぁ〜い。今、お暇ですかお師匠さ…ぶへっ⁉︎」
廊下を走らない程度に小走りでお師匠様のいる研究室へ突入するや否や、白い粉を浴びせられた。
「これは(ペロ)……塩っぱいです」
「塩だからだろう」
いや、何で塩を弟子に投げつけるの⁉︎それも、一掴み分だよ!
「厄払いには塩を撒くと言ったのは君だろう」
「私が厄ですか⁉︎」
「私の研究の邪魔をする者は全て厄だ。特に大きな悩みの種である君は塩漬けにしたい気分ではある」
私はナメクジか!
「それで、次は何を持ってきた。薬の類いなら材料切れで用意できないが?」
「おぅ……実はですね」
私はエリスさんのことをお師匠様に話した。
魔法の失敗で失明してしまったこと、彼女を味方にできればクローバー家的にも得すること。
それと、私が個人的に彼女を助けてあげたいこと。
「ふむ。それならエリザベス先生や、オススメはしないが理事長に頼むという手もあっただろう。彼らなら腕のいい医者や秘薬を持っているやもしれん。君のことを気に入っているようだしな」
「お師匠様が良いんです。魔法についてなら私が一番信頼できるのはお師匠様ですから!」
訓練は鬼だし、普段から私によく小言を言うけど、魔法に関して深い欲求を一番持っているのはこの人だと思う。
身内贔屓って言われてもいい。私が頼るべきはマーリンしかいないのだ。打算入りだけどね?
「はぁ……。それで、その子は何の魔法に失敗したのだ」
「助けてくれるんですか?」
「断っても君はしつこく頼み込んでくるだろうからな。早期解決した方が時間のロスも短そうだ」
面倒くさそうにメモ紙を用意して話した内容をまとめていくお師匠様。
「魔法の具体的な内容までは聞いていません。でも、エリスさんは闇魔法を練習しようとしていたそうです」
「闇魔法……カリスハートの秘蔵っ子か。知識でしか知らないが、魔法に失敗した代償に失明というのはきかないな。気絶や体調不良こそあれど、ただの少女の魔法では……別の可能性もあるのかもしれない」
「別の可能性?」
「呪いをかけられたという可能性だ」
「呪い⁉︎」
「闇魔法には他人の五感を封じたり、身体に異常を与えれるものがある」
誰かがエリスさんを呪って失明させる魔法をかけたってことなのね。
「は、犯人は」
「分からない。魔法を解いたところで既に実効されている呪いならば犯人には何の影響もない。闇魔法はそれほど厄介な魔法だ」
それじゃあ、エリスさんの目は元に戻らないってことなの?
あんないい人が自分の失敗を責め続けて、だけど闇魔法であることを打ち明けられなかった。
話をする時もジャックをからかう時よりトーンは低く、震える場面もあった。
そんなのってある⁉︎
「落ち着きなさい。感情的になりすぎて魔力が漏れている」
「我慢できませんわ!犯人を見つけたらこの手でボコボコにしてやります!」
「君は出会ったばかりの相手でも味方と判断すればとことん友好的になる。美点でもあるが欠点でもあるな」
「確かに仲良くなったばっかりですけど、エリスさんはジャックやエースにとっては姉みたいな人なんです。ジャックも気丈に振る舞ってましたけど心配そうでした。……私がいない間に二人には恩があるんです」
ソフィアの話とクラブの手紙から知ったことだ。
お師匠様と旅に出た後、エースは私以外にも友好的な相手がいることをアピールするためにお茶会を頻繁に開催したり、あちこちの貴族の家を訪問するようになった。
ジャックはクラブを呼びつけて他の貴族に紹介し、自分の側近にすることでクローバー家の貴族同士の繋がりを広げた。ジャックのおかげでクラブがイジメられることもなく、実力もあったので周囲からも認められて今の姿がある。
結果、私は友達だった王子二人に大きな借りができた。
エリスさんを助けることができればその借りも少しは返せるはずだ。
「それなのに原因が呪いなんてどうすれば……」
「治せないとは言っていないが?」
「治せるんですか⁉︎」
「実際に診察してからではあるが、解けない呪いなどない。うっかり相手を間違えたりした時はどうする?自分にかけてしまったりでもしたらどうする?呪いには必ずセットで解除する方法が存在する」
いや、うちのお師匠様凄いわね⁉︎
あっさり言ってくれるよ。
「闇魔法の呪いなんてそう簡単にお目にかかれない。これを機に闇魔法について新たに研究するのもいいだろう。成功すればカリスハート家から闇魔法についての資料や情報を引き出せるかもしれない」
治してくれるんだよね?嬉々としてエリスさんを実験台扱いするわけじゃないんですよねお師匠様?
言ってることと顔がマッドサイエンティストみたくなってますけど。
「だから君は何の心配もしなくていい。いつも通りの考えなしの君のままでその子と接しなさい。君も暗い顔は家族や友人に見せたくないだろう?」
乱暴な手つきで私の頭を撫でる。
旅の間によく、泣いた時の私をこうしてくれていた。
慣れないくせして一生懸命に。
髪が乱れるからやめて欲しいと言ったのにやめてくれないのだ。
今もほら、髪がボサボサになってしまう。でも私はされるがまま。
「そうですわね。では、この件はお師匠様にお任せします。エリスさんをどうかよろしくお願いします」
「わかった。だが、君も気をつけろ。学園内で呪いをかけられたとしたらその犯人はまだ残っているかもしれん。君のおかげで彼女が治れば次は君が狙われる可能性もある」
「その時は大丈夫ですわ。私は鍛えていますので。それに、」
「それに?」
「私にはお師匠様がいるんですもの。助けてくれますよね?」
あれだけゲームの中で主人公であるアリアのピンチに駆けつけたり、助言を送ったりしていたのだ。
一番弟子の私の時にもその能力を発揮してくれるはずだ。
どれだけお師匠様が強くて賢いかをこの世界で私が一番知っているのだから間違いない。
「……他人任せか」
「お師匠様はお助けキャラですから」
「世話のかかる弟子だ。心配だからこれを持っていなさい」
呆れ顔でため息をついて、お師匠様は机の引き出しから何かを取り出した。
それは小さな青い石が埋め込まれた指輪だった。
「これは?」
「普段から身につけていても邪魔にならずに武器を隠し持てない社交場のドレスでも身を守れるようにした小型の魔道具だ。小さいので効果は大したことはなく、一度きりの消耗品だが危険信号を私に送ることができる」
お師匠様は私の手を取って右手の薬指に指輪をはめた。
「いつぞやに君が渡してくれたお守りのお返しだ。遠慮なく使いたまえ」
「でもこんな綺麗で可愛いの、使ったら壊れるなんて勿体ないですわよ」
「使わない道具に価値なしだ。ただし、くだらないことで使わないように」
「はーい」
ピッタリと指にはまった指輪を撫でる。
アクセサリーとして違和感ないし、実用性抜群でお師匠様らしいけどプレゼントを貰えて嬉しい。
えへへ。
「ありがとうございますねお師匠様!」
「これで用件は済んだだろう。さっさと寮に戻りなさい。私はこれから明日の授業の用意や学園に提出する研究論文で忙しくなるんだ。これ以上君に時間を割くわけにはいかない」
「はいはい。良いものもいただきましたし、私も失礼させてもらいますわ。それじゃバイバイお師匠様!」
足取り軽く、私は研究室を後にしたのだった。
「本当に厄介な弟子を持ってしまった。指輪をプレゼントするなんて人生初だ。寝ている間に測っておいて正解だったようだな」
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