36話 仲良くしましょう。え?何それ?
「お姉様お姉様お姉様」
「お嬢様お嬢様お嬢様」
両手に華。……というより両腕が抱きつかれて身動きとれない。
「二人ともどうしたのよ」
マーリン式の新型デスマーチを乗り越え数日が経ち、学校が終わって寮内の自室に戻るとソフィアとアリアの二人が甘えん坊になっていた。
「だって、ここ最近はお姉様と一緒にいられなかったから」
「寮内の業務が多忙でお嬢様のお世話ができませんでしたので」
一週間ほどなんだけど、この二人にとってはすごく長い時間に感じられたようだ。
私はお師匠様に毎日しごかれていたからそんなに気にならなかったし、一人になれちゃったからね。
「お姉様がFクラスの人と仲良くなったって聞いてビックリしちゃいました」
「お嬢様が他所のクラスの方を更生させたと聞いたので」
間違いではないけど、あの時の私はどうかしていたのよ。
そのうち鞭を持ちそうなテンションだったのだ。そこまでくると鬼軍曹じゃなくて調教師か女王様になってしまう。
そのせいでFクラスは補習に参加していない生徒まで筋肉質の兵士になってしまった。
結果的には赤点の生徒がいなくなり、Fクラスの成績は一つ上のEクラスと大差ないくらいまで高まったのだった。
「でもお姉様。アレは流石にやりすぎだったんじゃ」
欠点としては校舎や都市内でFクラスの人とすれ違う度に敬礼と大きな声で挨拶をされるようになった。
『『『おはようございます!!シルヴィア様!』』』
一糸乱れぬ団体行動は素晴らしいけど目立つことこの上ない。
「それについては完全に誤算よ」
「お嬢様はいつも誤算だらけですね」
「そんなこと言うのねソフィア。……アリア、やっておしまい」
「サー!イエッサー!!」
いや。アリアに教えたつもりはないんだけど、どこで覚えたその挨拶!
ソフィアに飛びかかったアリア。二人がくんずほぐれつして衣類が乱れてくすぐり合いに発展する。
同じ平民同士で気が合うのかお互いに遠慮ない。私が相手だとどちらもされるがままになるのにね?
わいわいと騒いでいると、窓辺に何かが飛んできた。
バサバサと翼をはためかせて浮いている鳥。立派な大きさの鷹だったわ。
「この鷹ってクラブの召喚獣よね?」
窓を開けて鷹を室内に入れる。
華麗に机の上に着地を決めると、私に向かって鷹は足を差し出した。そこには手紙が細長く折られて結んである。
この時間にこんな方法で手紙を送ってくるなんて初めてだ。何か急ぎのようでもあるのかしら?
手紙を取り外すと鷹は『任務完了!』と言わんばかりに窓から飛び立って行った。
ちょっと見せられないよ!な姿になってる友達二人を放置したまま手紙を開く。
そこには達筆な字で短い一文が書かれていた。
『姉さん。大至急談話室に集合』
大至急。つまり今から急いで来いってことね。
今夜の予定としてはこのまま女子会をやって就寝するだけだったので、特に問題ない。
「私、ちょっと出てくるわね」
「……はぁ……はぃ……」
「いっ…てらっしゃい…ませお嬢様…」
息を荒くしてベッドに突っ伏した二人を置いて部屋を出る。
寮内は男子棟と女子棟。それを結ぶ共用スペースの中央棟がある。
異性の棟に侵入するのは御法度なので、男女が顔を合わせるのは必然的に中央棟になる。
食堂や大浴場もある中央棟には外部からの来客と話したり生徒同士で勉強を教えあったりできる小規模な多目的室が何部屋かあり、その一室の前にクラブが立っていた。
「お待たせしましたわ」
「中に入れ」
指示された通りに個室の中に入る。テーブルとソファーしかない部屋には既に先客が座っていた。
「よく来たシルヴィア」
不機嫌ながらもいつもの他人行儀な呼び方ではなく名前を呼ぶジャック。
クラブも部屋の中に入り、内側から鍵をかけた。
男女が密室で……まぁ、何も起こらないけど。
「あら、他の方々はいらっしゃらないの?」
「連中にはここに近づかないように言ってある。だからこの場では昔通りで構わん」
「とりあえず座りなよ姉さん」
ク、クラブが姉さんって呼んでくれた!!
学園入学以来初よ!手紙でのやり取りだと普通に書いてあったけど直接口頭で呼ばれるなんて!
昔みたいに遠慮なくお喋りしていいのかとテンションが高くなる私と対照的にジャックの表情は不機嫌だった。
「やってくれたなシルヴィア」
「何のことかしら?」
「Fクラスのことだ」
ジャック達の耳にも情報は伝わっていたようね。
「姉さん。ジャック様とエース様が対立しているのは知っているよね?」
「えぇ。次の王位継承を巡って競い合っているって」
派閥まで作ってよくやるよと思う。
「オレ様とエースでは未だに差がある。元々、エースを推薦や支援していたのは爵位の高い貴族達だ。連中は今まで通りの平穏と安定を求めている。一方でオレ様の陣営は中小規模な領地の貴族や歴史の浅い商人たちが支えている」
「人数的には大差ないけど、どうしてもこちらが不利なんだ。クローバー家は横の繋がりを強化するためにもジャック様側にいるよ」
ふむふむ。
確かにジャックは優秀だけどエースはその上を行く。
幼い頃から執務も担当しているし順当でエースが王になれば混乱は少ない。
一方でジャックが王になれば支援してきた爵位の低い貴族は大きな恩恵を得ることができるはず。彼らを蔑ろにすれば玉座から叩き落とされるでしょうし。
「学園はその点で大きなチャンスの場だ。令嬢や次期当主も多く、親達からの接触も少ない。大貴族達も次世代からこちら側に引き込むことができる。その為に夜会や交流会を開いてきた」
「女遊びじゃなかったんだ……」
「貴様はオレ様をなんだと思っている」
いや、だってあまりにも立ち振る舞いがゲームと同じで女好きの色狂いにしか見えなかったんだもの。
「貴族連中の取り込みや勧誘は一通り済んだ。学園内で有利に立つには平民達の力も必要だ。なので、下位のクラスにも足を伸ばしたのだが……」
「姉さん。Fクラスの生徒達はジャック様にもエース様にもどちらにも付かないと言っているんだ」
あっ、待ってなんか予想できた。
「『我々が従うのは軍曹殿のみ!!』と突き返された。調べたら貴様の事らしいが、何をしたシルヴィア!!」
大きな怒声を上げるジャック。
クラブも呆れ顔だ。
「な、何もしてないわよ。……ただ補習の面倒を見ただけよ」
「犯人はいつもそう言うんだよ姉さん」
は、犯人って人を事件の加害者みたいに言わないでよね!
「貴様が関わるとロクな事にならないし、クラブの申し出もあってなるべく関わらないようにしてきたが、もう限界だ」
「申し訳ございませんジャック様。ウチの姉がこんなで」
「全くだ。厄介事に巻き込まれるなんて」
ペコペコと頭を下げるクラブ。
姉さんも謝って、と言われたけど私は悪くないもん!
「こうなったらシルヴィアも巻き込む。平民とはいえFクラスも合わせればエースを上回る数になる」
「問題は姉さんと仲が悪い人達ですが、」
「そこについてはお前とシルヴィアが和解したと伝えろ。勿論、オレ様の仲介によってだと。そうすれば反発も少しに抑えられる」
政治的な、権力的なお話をする二人。
私は何も知らずにアリアとお師匠様とワイワイ騒いできたけどこの子達はこんなに頑張っていたのね。
魔法の成績だけ良ければいいと考えていた私って……。
「ねぇ、私にも協力できることはないかしら?」
「「黙って座ってろ。何もするな」」
あっ、はい。
しょんぼりしちゃう。私が今まで何をしたっていうのよ。
「シルヴィア。今後はクラブとの接触を許す。徐々に仲が良くなったことをアピールしておけ」
「本来なら学園卒業前にジャック様の態勢が万全になってからの予定だったのに」
ぼやきを漏らすクラブ。
弟の中で何かが崩れていくようだ。
「さて、本題はここからになる。オレ様宛にこれが届いた」
ジャックがポケットから取り出したのは赤い封筒だった。
「何これ?」
「姉さんは知らないと思うけど、これは『赤紙』。学園都市で使われる招待状だよ」
クラブがつらつらと説明してくれる。
学園内では学年毎に授業や校舎が分かれていて、他学年との交流が少ない。
この手紙は上級生が下級生を招待したり呼び出すために使うもの。
「先輩からのお誘いなんて喜ばしいわね」
「問題はコレがジャック様宛なのに呼び出された人物が姉さんだってことだよ」
赤紙は上から下への召集命令。
でもそれには身分も関わってくる。
平民の上級生が貴族の下級生を一方的に呼びつけるなんてことはできないのだ。
「それをジャックに送りつけるって……相手は誰なの?」
「差出人はカリスハート公爵家の令嬢、エリスだ。オレ様とエースの従姉妹にあたる」
公爵家……王族の次に偉いとこじゃん⁉︎
しかも従姉妹って、王族の分家じゃん!
「恐らくは大っぴらに呼ぶと騒ぎになるからだろうね。……でも、拒否はできないから参加は確定だよ姉さん」
「カリスハート家はエース側だ。このチャンスに成功すればエース側の力を削げる。失敗すればクローバー家の、クラブの功績を差し引いてもマイナスだ」
は?それって私の行動一つでお家のピンチになるってこと⁉︎
「返事はこちらで送っておく。詳細は後日にクラブを通して伝える」
「姉さん、何がなんでも成功させようね?」
クラブ達と仲良くできるのは嬉しいけど、こんなのって聞いてないんですけど!
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