第35話 シルヴィア軍曹
『私は用事があるので後は任せた』
書類だけ渡してお師匠様はさっさとどこかへ行ってしまった。
私が教えるのはFクラス。学年最下位のクラス。
そこにいる生徒の多くは魔力を持つだけの平民達か、落ちこぼれの貴族が在籍している。
そんなところの赤点だから、学年で一、二を争う成績不振者達が集まる。
指定された演習場はに行くと、二十人前後の人がいた。クラスの半数以上が赤点とか大丈夫なの?
「貴方達が補習対象者で間違いありませんの?」
「んだテメェ⁉︎あぁん?」
「誰の許可もらって偉そうにしてんだよぉ?⁉︎」
メンチ切ってるよ。
同じ日に入学したのにヤンキーの集団が出来上がっていますわ!
こんなに差がつくの?設備の差ってだけじゃないと思うけど、何があったの。
「私はマーリン先生の代理で貴方達に指導することになったAクラスのシルヴィア・クローバーですわ」
「Aクラスが何様だ!」
「伯爵がなんぼのもんだ!!」
「生意気言うと痛い目に合わせるぞ!」
野次に文句に罵詈雑言のオンパレード。
こんなところに可愛い教え子を一人で向かわせるなんてお師匠様ってば本当に酷い。
「えー、それでは補習を始めたいのですが」
「あぁん⁉︎」
「偉そうに命令してんじゃないぞこら!」
ヤンキー座りでこちらを睨んでくる始末。
真面目な普通の子がいないけど、そういう子はギリギリのところで赤点を回避したと信じたい。
何事も穏便に、スマートに事を進めたいのに誰もまともに指示を聞いてくれない。
普段からこれだと担任の教師も可哀想だ。
私も不良やヤンキーのお友達は前世でもいなかった。お近づきにすらなりたくなかったが、今回はお師匠様からのお願いだ。一肌脱いで差し上げましょう、
「お黙りなさい」
地面にある影を爪先で叩く。
いつものようにエカテリーナがスルスルと現れた。
「シャー!」
そしてエカテリーナがその場にいる全員を睨むと、動きが固まる。
「な、なんだこれ」
「体の自由が⁉︎」
「それはエカテリーナの邪眼ですわ。今はまだ未熟ですが、成長して本気を出せば貴方達の体を石に変えることもできるでしょう」
牧場で遊んでいるうちに覚えた技だ。
一番最初にマグノリア理事長と会った時に習得した。お師匠様にも報告はしてある。
ほんの少しの間しか動きを止めることはできないが、こうやって注目を集めて静かにさせるのには向いているようね。
「最も、真面目に授業を受けていれば
意思疎通は完璧なので一瞥すると、エカテリーナは口を大きく開き、手近な男子生徒の頭上で止まる。
「パクッと食べられちゃいますわ」
そう言い終わると、効果が切れて全員動き出し、体に異常がないかを確認しだした。エカテリーナの真下にいた生徒は腰を抜かして座り込む。
「な、なぁ。もしかしてこいつが例の」
「こんなデカいヘビ、間違いねぇ」
「食われるかと思った…」
ヒソヒソと話し始める補習者達。
先程までよりは大人しくなったわね。
「魔法を正しく学び、身に付けることは自己防衛に繋がります。今回の補習では最低限の魔法に対する防衛を学びましょう」
大人数に何かを教えることは今まで無かったけど、参考になりそうな人物に心当たりがあるからそれを真似してみよう。
「今の貴方達はハッキリ言ってゴミです。役立たずで、迷惑しかかけない愚かな人間ですわ。再利用できるゴミもありますが、貴方達は灰にするのも躊躇われるゴミですわ」
「な、なんだよいきなり」
「ゴミが口答えするんじゃありませんの!!」
やばい。ちょっと声が裏返りそう。
「返事は一つ。サー!イエッサー!これだけですわ。そこの男子、言ってごらんなさい」
「え、俺か?」
「返事は⁉︎」
「さ、さー、いえっさー?」
「声が小さい!気合いを入れなさい!」
「サー!イエッサー!」
気をつけ!の姿勢で背筋を伸ばす生徒。
いい調子ね。
「ではまず最初の訓練は持久走。この演習場をぐるぐると走りなさい。最後尾にはエカテリーナが口を開けて迫ってくるわ。足を止めれば飲み込まれると思いなさい」
「ち、ちょっと」
「チンタラせずに走りなさい!!」
「「「サー!イエッサー!」」」
大声プラスにシルヴィアの悪人フェイス。
鏡で練習したけど迫力だけなら万全のはず。目つきだけは優しくしたかったのに吊り目はそれを許してくれなかった。
お説教中のお母様にますます似てきたわね。
「ほらほら!遅れていますわよ!もっとキビキビ走りなさい!」
「サー!イエッサー!」
私がお師匠様から教わった基礎的な練習をさせる。
7年間の修行と同じ成果をこの補習では求めないけど、これくらいしないと他のクラスに追いつけないと教え込んでおこう。
習慣付けて自習的にメニューをこなす事ができるようになれば最下位のクラスを脱出することも可能になるでしょう。
「疲れた?足が痛い?弱音を言う元気があるなら走りなさい!その足は何のためにある。飾りか?お飾りの足ならエカテリーナにでも食べさせてあげなさい!それが嫌なら走れ!」
魔力を体全体に流して鍛えれば半日は走れる。普段の生活も意識してやれば疲れも少なくなる。魔力コントロールの練習にもなる。
原始的だけど成果はあるのよね。
海で泳ぐのも効果的よ。前にお師匠様と海に行って、おしゃれな水着を着て遊ぼうと思っていたら遠泳に変わっていたわ。私は言葉に出したり、今やっているように物理的に追い詰めるけどお師匠様は何もしない。何もしないでジッと見るだけでたまに鼻で笑う。
それが悔しいから頑張る。その繰り返しを続けてきた。
「腹から声を出しなさい!それもできないなら貴方達がここにいる価値なし!とっとと田舎に帰ってママにでも甘えなさい!」
「「「サー!イエッサー!」」」
「その体は何のためにある!何ができる!筋肉の無い魔法使いに生きる価値なし!明日を迎える価値なし!」
「「「サー!イエッサー!」」」
「ほらほら、貴方達が遅いから一人飲まれたわよ!粘液塗れで死にたくないなら走りなさい!走り続けて止まるんじゃないわよ!!」
「「「サー!!イエッサー!!!」」」
安心してね。エカテリーナちゃんは非常に良く訓練されているので、人間は飲み込んでも消化せずにお腹に入れておくだけ。三人までなら大丈夫。四人目になると最初の一人は悲しいことになるけど。
「飲み込まれて吐き出されて、それで終わりと思った?残念な頭をしているわね。遅れた者は倍以上の負荷を与えるわ」
一人、また一人とエカテリーナに捕食されて吐き出される。
気絶している生徒は水魔法で洗い流す。立ち上がれば火魔法で火球を放つ。
当たれば火傷はするので再び走り出す。
エカテリーナに追われる者、私の魔法に襲われる者。
厳しい訓練は日がどっぷり沈むまで行った。
「いいか。今日はお試しだ。体験期間だ。明日以降の補習でサボったり、教官に対して生意気な態度を取ってみろ!私がエカテリーナを連れて指導してやる!今日の何倍もの内容でな!!それが嫌なら走れ!行動しろ!」
「「「サー!イエッサー!」」」
「貴様達を見下す生徒をぶっ潰せ!自分達こそが強者であると示せ!」
「「「サー!イエッサー!」」」
「「いまこの時をもって、貴様達はゴミ虫を卒業する。貴様達は魔法使いだ!」
「「「ありがとうございました。シルヴィア教官!」」」
なんということでしょう。数時間前までは人の話を聞かない粗暴な生徒達は礼儀正しく真面目な新兵へと成長しました。
私も途中で調子に乗って、歯止めが効かなくなったけど結果オーライよね?
全員対私で魔法の撃ち合いをして演習場にクレーターを作ったけど土魔法で埋めたし。
雰囲気を出すために物理的に演習場を炎で囲ったりしたけど許容範囲よね?
内心でビクビクしながら私は演習場を去りました。
彼らはこの後に自主トレをするそうです。
後日。Fクラスの担任からお師匠様に連絡があって、生徒達が全員ムキムキのマッチョになって担任の指導じゃ生温いと逆に指導されて入院しましたと。
「シルヴィア。君が彼らにやった教育を私なりにアレンジしたのだが、どれほどの効果があるか実証してみよう」
「ご遠慮いたしますわ!私は悪くありませんってば!!」
教訓。何事もほどほどに。
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