第29話 お師匠様、お久しぶりですわ!

 

 自習になった日の放課後。

 私はたった一人でとある場所にいる。


「いや〜、お久しぶりですねお師匠!ところで疑問なのですが、どうして私は冷たい床に正座させられているのでしょうか?」

「……………」


 トントンと自らのこめかみを突くお師匠様。

 考え事をしている時の癖だけど、何を考えているのか非常に気になる。危険回避的な意味で。


「私はずっと考えていた。どうしたら君に落ち着きと冷静な行動を身につけさせることが出来るかと。その答えは非常にシンプルだったようだ」

「へー、どんな方法ですか?」


 ドン!!(ドクロマーク印の瓶が登場)


「飲みなさい」

「いやいやいや!どう見ても危ないやつでしょうコレ!!」


 色も紫色だし、変な泡がポコポコ沸いている。



「死にはしない。……体調が崩れて身動きがとれなくなるだけだ」

「お師匠様、怒ってます?」

「いいや。呆れている」


 絶対零度の眼差しを浴びせられる。

 流石に冗談だったのか、瓶は机の下に収納された。

 ホッとして正座を解除しようとしたら再び床を指差されたので継続します。


「君が入学してからまだ一月も経っていないのに複数の職員や生徒が私の元へ薬を求めてやってきている」

「お師匠様の薬はよく効きますからね!よかったですねお得意さんが増えて」

「少しは自らの過ちを悔い改めなさい」


 ギチギチと音を立てながら私の顔は鷲掴みにされる。

 俗にいうアイアンクローって技なんだけど、年頃の女子にするものじゃない。頭蓋骨から聞こえちゃいけない音がしそうなんですが!はーなーせー!!


「今日はエカテリーナまで召喚したようだが、何故そうなった」


 あの、痛いので離してもらえます?喋れないから!この態勢だと。

 ギブ!と腕を何度か叩いて解放してもらう。

 後から鏡で顔に跡が残っていないか確認しよう。


「説明しますと、彼女達がお師匠様の悪口を言ったのと私の友達を馬鹿にしたからですわ」

「私の事など好きに言わせておけばよかったものを」

「そうはいきませんわ。私はお師匠様の一番弟子ですもの」

「はぁ。君が情に厚いことは理解しているが、私は君の家族ではない。そこまでしてフォローする必要性はない」


 7年も一緒なら家族も同然よ。

 特に私の場合は家族といた時間よりも長いくらいなのだから。

 でも、それを言うとマーリンは苦しそうな顔をするので今回は口を結ぶ。


「次は気をつけます」

「その次が来ないことを祈る。……しかし、君に友達ができるとはな。どんな変人だ?」

「変人前提ですか⁉︎普通の子ですよ」


 普通の主人公だ。


「同じクラスのアリアという子で、寮のお風呂がきっかけで仲良くなったんです。あの子、光属性の持ち主でもしかしたら……って思ったのですが、お師匠様はどうお考えでしょうか?」

「彼女については生徒の名簿と経歴書を読んで目星をつけていた。光の巫女の可能性は大きいだろう。君と同じ病を経験しているとはな。道理でどこを探しても見つからなかったわけだ」


 またトントンとこめかみを突く。

 改めてお師匠様の顔を見ると、昔より精悍な顔つきになってより凛々しくなったと思う。

 世間嫌いな青年から苦労性な大人の男性へと成長したように見える。


「私の顔に何か?」

「難しい顔ばかりしていると早くおじいちゃんになってしまいますわよ」

「……君がそれを言うのか」


 呆れた顔でお師匠様が紅茶を飲む。

 やっとここで私の正座も解除されることになったのでティータイムに参加させてもらう。


「ここ、窓も無いしカビ臭いですわね」

「研究室の中でも最下層の場所だ。新人は例外なくここからスタートしろという訳らしい」


 折角のお茶の味も分かりづらい上に湿気がこもっている。

 そんな場所でか弱い女子を地べたに座らせるこの男は鬼畜だ。鬼!悪魔!大人気ないぞ!


「成果次第で場所が変わるだけマシだろう。私ならすぐに大きな研究室に移動するさ」

「大した自信ですこと。もう次の目処は立っているのですか?」

「新作の魔法道具がいくつかあるので、年内には報告書を提出するつもりだ」


 ひゅー。流石、天才魔術師。場所と時間さえあればざっとこんなもんよ。落ちぶれてなんかいないのよ私のお師匠様は。


「どうした?急に笑いだして」

「お師匠様はお変わりないなぁと。同じクラスにエースやジャック。それとクラブもいたんですけど、みんなと昔みたいに仲良くできないなぁって」


 7年一緒にいて変化しない人もいれば、7年会わないだけでこんなにも変わる人がいる。


「王子二人は王位後継者として競い合っているだけだろう。クラブに関しては指示があった通りに不仲を装えば君への不満や圧力も減る。かつてクローバー家を狙った連中の誘き出しもそちらの方が好都合だからな」


 スラスラとお師匠様の口から出てくる聞いたことない話の数々。


「そんな話、聞いてないですけど?」

「メイドのソフィアから私は聞いたぞ。彼女も君やクラブをサポートするためにあちこちで情報を集めていてな、私にも連絡をくれているが?」


 あれー?えーと、クラブが言っていた話ってこれのことかしら?

 ソフィアから聞くべき話というのは。


「まさかとは思うが、何も知らずに不用意に彼に近づいたのではないだろうな?」

「あははは」


 手を頭の後ろに回しながら空笑いすると、再びお師匠様の冷たい視線に晒される。


「君という奴はつくづくこちらの想定通りに動かないのだな」

「それほどでも〜」

「褒めていない。クラブが気の毒になってくるな」


 私の勘違いだったというのがわかった。

 クラブのあの態度は、私が嫌いだから遠ざける為じゃなく、私に何も起こらないようにするための演技だった。それなのに私が暴れたりしたから焦っていたのね。


「むふふ。お師匠様、私元気が湧いてきて今ならなんでもできそうですわ」

「なら課題をしなさい。次の試験で首席にならなければ補習だ」

「そうじゃなくて!気分的な意味でです!……あと、補習は赤点の人がするべきであって好成績の私がする必要ないでしょう」

「私の成果の中には教え子の成績も含まれているのだ。君が活躍すればその分私は助かるし、逆だと困る」


 それ、私にメリットあります?

 どっちに転んでもお師匠様にしか影響ないじゃないですか。


「ほら、紅茶をご馳走したのだからその分勉強をしなさい」

「罠でしたかこのお茶は」

「君が好きだといっていた茶葉を使っている時点で気づくべきだったな。言い逃れはさせない」


 紅茶という飴を用意して勉強という鞭を与えるなんて!

 だけど、今日の自習中にわからない場所がいくつかあるので教えて貰う。私が勉強して理解すればアリアに教えてあげることもできるから。

 少なくとも学園にいる間は二人で同じクラスに所属したい。そのためには学力の向上は必須だ。


「お師匠様、ここなんですが」

「ふむ。その場合はこちらの記述を優先させれば問題なく発動するだろう」


 口ではなんとでも言えるが、意外とお師匠様とマンツーマンで勉強するのは嫌いじゃない。

 あーでもないと悩む私の横から間違いを指摘してわかるまで説明をしてくれた旅の途中を思い出すから。


「それでお師匠様。アリアについてはどうしましょうか?」


 一通り苦手問題を解いたところで私は質問した。

 集中して取り組んでいたので壁に掛かった時計の針はそこまで進んでいない。


「それについては検討中だ」

「光の巫女なのにですか?」

「あぁ。私は光の巫女を探せと啓示を受けた。そして幸福へ導けと。だが、導く幸福とはなんだ?学園生活が楽しければそれでいいし、君のように早急に育て上げる必要性も今は無い」


 ゲームだとアリアのピンチにお師匠様が現れて手助けするけど、今はそんな場面が無い。

 多少のことなら私でも対処可能だし、お師匠に師事する方が危険だ。


「とはいえ、放置する訳にもいかない。上に確認を取って今後の対応を協議しよう」

「上ですか?」

「そうだ。今の私の立場はここの教師。訓練所を借りるにしろ、光の巫女について研究するにしろ許可が必要となる。アテはあるから心配いらないが」

「お師匠様のアテ?……人付き合いが嫌いなお師匠様が頼る相手なんているんですか?」

「余計な一言だ。私もかつてはこの学園の生徒だった。その時に世話になった人がいるのだ」


 ほほぅ。このお師匠様を世話した苦労人がいるのか。

 ここまで我が道を行くし、好き勝手に行動する人の面倒を見るような物好きがこの学園にはまだ残っているのね。

 お相手が気になる私に対して、特に気にする様子もなくお師匠様はこう続けた。


「この学園の最高権力者、統括理事の一人だ。ついでに君の紹介もしておこう。あの人は私以上に傍若無人だから君もすぐに気に入られるさ」




 厄介ごとのフラグが立った気がするのは気のせいでしょうか?







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