第30話 今後の対応についてですわ!

 

 紹介するとは言われたが、今日はもう遅いので解散となった。

 すっかり辺りが暗くなった校舎内を抜けて帰路につく。


「お師匠の恩人か……」


 独りで呟きながら歩く。

 マーリンというキャラが学園内外でも有名なのは設定や紹介でもあったが、その詳しいエピソードや交友関係はゲームでは明らかになっていない。

 そもそものゲーム自体の内容が薄いというか中途半端で、まだ続きがあるようにしか思えない終わり方だった。

 それでも音楽やイラスト、メーカー自体の信頼性もあって私は好きな作品だった。


 ここにきてゲームでの知識があてにならない展開が見え始めている。アリアがシルヴィアに懐くルートなんてどこにも無かったし、フラグすら立たないはずだったのに。

 やはり、私という存在が原作に大きな影響を与えていることは確かだ。

 今までのやり方では破滅フラグの見落としも発生しかねない。なんとかしてゲームと同じ展開にしないと……でも今更アリアと敵対したくないし。


 そうこう考えていると寮に辿り着いた。

 今日は私が帰ってくるのが遅かったし、本格的?な授業も始まったので昨日の比じゃない人数が寮内を動き回っていた。

 その中には眼鏡をかけたクラブもいて、またジャックの側で女の子達と話をしていた。

 途中、視線がこちらに向いたので笑顔で手を振ると露骨に嫌そうな顔をされた。

 大丈夫よ。クラブにも考えがあって近づかないようにしているのは知ったから。


「お姉様!お帰りなさい」


 自室へ向かう途中でアリアが話しかけてきた。

 そしてその側にはソフィアも一緒だった。


「お嬢様心配しましたよ。こちらのアリアさんから話は聞きましたが、また騒ぎを起こして」

「もうお説教はこりごりよ。お師匠様にたっぷり絞られたから勘弁して」


 そう言うとソフィアは満足そうに頷いた。

 なにそれ?自分が言うよりお師匠様に叱られた方が効果的だってこと?


「お姉様のお師匠様ですか?」

「アリアさんはご存知なかったですね。お嬢様の師は学園で今年から教師をされているマーリン様です」


 そう言われてもピンとこないアリアは首を傾げた。

 それもそうか。貴族達は有能な魔法使いを手元に置きたいから情報を知っているだろう。でも、一般の魔法と関わりが薄い人達からすれば凄さがイマイチわかりづらいのだ。


「私よりも強い魔法使いだってわかれば十分よ」

「お姉様より強いなんて……その人にわたしも魔法を教えてもらうことって出来ませんかね?」

「オススメはしないわよ」


 これは冗談抜きで。

 あれは素人がやっていいものじゃないし、お師匠様は自分に出来ることは他人にも全て出来るはずだと思っているから。

 私も何度か心が挫けそうになったし。


「でも、そうなればお姉様と同門。妹弟子になることができます!」


 鼻息荒く意気込むアリア。

 あぁ。そっちがメインなのか。


「気持ちはありがたいけどお師匠様はアリアの指導には向かないかもしれないわ。あの方は光属性ではないわ」


  教える側と教わる側の属性の一致。

 そうでなくては実戦的な魔法の発動については学ぶことが出来ない。

 多重属性だった私にもお父様なら風魔法だけ教えることができた。ただ、それ以外となるとてんでダメだったの。

 属性の数だけ家庭教師を雇うのは非現実的だったからお師匠様の存在は渡りに船だった。珍しい属性はその分だけ手間暇がかかるものだ。

 光属性はその点から見るとほぼ無理ゲー。

 この学園くらいにならないと教師の確保ができないと言われている。

 エースは王族だからその権力と財力で解決したみたいね。


「そうなんですね……」


 ハッキリと肩を落とすアリア。

 アリアが試験であんな魔法しか使えなかったのはその辺りが関係している。


「……まぁでも、魔力のコントロールや属性に関係の無い魔法についてだけなら教えてもらえるでしょうね」

「お姉様!それでいいので是非!」

「仕方ないわね」


 肩を竦めて了承する。

 放って置いてもお師匠様側から接触があるけど、ここは私がキッカケになってアリアを喜ばせてあげよう。

 彼女がお師匠様に教えを乞えばゲームと同じ展開にはなるしね。


「では、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げてアリアは去って行った。

 足取り軽く進んでいく姿に微笑みながら見送り、自室へ足を踏み入れる。

 これでソフィアと二人きりになった。


「良かったです。お嬢様にあのような御学友が出来て」

「心配してくれていたの?」

「えぇ。私だってお嬢様の友達ですが、魔法についてはお手伝い出来ませんので」

「それでもソフィアはいるだけで十分よ」


 友達は多い方が良いけど、少なくても深い付き合いができれば満足だ。ソフィアとアリアはそれができるから私としては全然問題ないわ。

 貴族の令嬢としては大問題だけど。……流石に縦ロール達とは仲良くしたくない。


「ありがたいお言葉です。それでお嬢様、私からどうしてもお嬢様にお話しなくてならないことがあります」

「クラブについてかしら?」

「ご存知だったのですか?」

「ついさっきね。お説教と一緒にお師匠様が教えてくれたわ」


 クラブが私のことが嫌いで距離を取っているのではなく、その逆の意味で行動していること。


「良かったです。タイミングが合わなくてお話出来なかったせいでクラブ様にご迷惑をおかけいたしました」

「それについては私が悪かったわよ。でも、手紙とかで知らせてくれても良かったんじゃない?学園に入学する前とか」

「そこはサプライズでお嬢様を驚かせたかったからです。まさかこんなことになるとは私達も思ってもみなかったですが」


 だけど本当に良かった。

 ずっと胸の奥にあったムカムカも消えてスッキリできたから。


「クラブが家や私のためにあんな態度をとっているなんてね」


 私が狙われたり家に圧力がかけられたのは私が女だったから。

 クローバー家は自分の娘を王子の花嫁にしようとしていると反感を買ってしまった。でもそれがクラブになることで忠実な部下として王族に取り入ろうとする貴族にとって当たり前で普通なことになるので注目の的から外れる。

 また、優秀な成績であることで近づいてくる令嬢や他所の子息と交流することで横の繋がりを結んで情報を収集。そして、犯人を見つけ出す。


「クラブ様はお嬢様が旅立った後、ご自分でこの策をお考えになりました。家族を愛しているお嬢様が魔法の修行のために家を長期間離れるなんて考え辛いと。それで辿り着いたのです。お嬢様は私達を守る為に旅に出られたのだと」

「お父様とお母様は?」

「知っておられます。クラブ様が問い詰めてお二方ともお認めになりました。私はそんなクラブ様を支える為にご協力させていただいています」


 他の使用人や妹は知らない。両親も知らせるつもりは無かったのに自分で気づいてしまうなんて、クラブは頭が良いわね。


「王子達とお嬢様の近くにいて活動する為に本来より一年早く入学する為に猛勉強なさいましたし、魔法の特訓も旦那様がつきっきりで面倒を見ておられました」


 そうまでしてくれたクラブに最初から話しかけて勝手にイライラしていた私が恥ずかしい。

 ジャックと合コンに参加していたのにも意味があったのよね。


「……ねぇ、ソフィア。教室や寮ではクラブと仲良くしない方が良いのはわかったけど、それ以外だったら昔みたいにして良いわよね?」

「勿論ですとも。クラブ様もいつまでもお嬢様を嫌う演技をしていたら落ち込んでしまわれますわ」

「なら、ソフィアにお願いがあるわ」












 夕食の時間。僕はいつも通りにジャック様や他の貴族の子達と食事を摂っていた。


「しかし、あのシルヴィアという女は恐ろしいですな」

「大蛇なんて魔女や呪術師が使うものですよ。恨みを買えばこちらが呪われそうだ」


 何も知らない彼等は好き勝手に色々と口に出す。


「だが、あれだけ豪胆で召喚獣も使役しているのは美点ではないか?」

「何を仰いますジャック様。あれは危険な女ですぞ」

「ジャック様には相応しくありませんよ」

「むぅ、そうか……」


 チラッとこちらを見てくるジャック様に小さく首を横に振る。

 フォローなさらずとも結構です。姉さんがやらかして自分の首を絞めているだけですから。

 本当にあの人は思い通りに行動してくれないから困る。無視してくれればいいのに、再会してすぐに近づいてくるのだから。

 その理由がソフィアから話を聞いていないと分かって納得した。今日こそは念を押したから問題ないと……後からソフィアにも連絡しておこう。


 食事を続けながらそんなことを考える。

 話の話題に上がるのはジャック様に好意のある令嬢や教師の話、エース様に対抗するのに有効な策、陣営に取り込むべき生徒の話などだ。


「クラブはどんな娘がタイプなんだ?」

「我々も知りたいな」


 一人の生徒が気になる女性の話題を振ってきたので、なんと答えようか。


「家庭的で世話焼きな人であれば。爵位についてもそんなに変わらないくらいがいいですね。僕は本が好きですから話が合う人がいれば」

「欲がないなぁクラブは」

「だからこそ我々共一緒にいるのだ。欲深く利益だけを求めてジャック様とエース様のお二方にいい顔しようとする者もいるからな」


 当たり障りの無い返答で濁しておく。

 付け加えるなら爵位なんてなくてもいい。むしろ一般の女性の方が気を遣わなくて済むからそちらがいいかもしれない。

 ただ、権力や派閥争いに夢中な人達からすれば貴族なのに平民と仲が良いと悪い印象が残ってしまう。

 平民に支えられての貴族だと思うのだけど。


「失礼いたします。お飲み物のおかわりでございます」


 心の仮面をつけながら接待に応じていると、寮の職員として潜り込んでいるソフィアがやってきた。

 それぞれが頼んでいたグラスを目の前に置く際に、僕のだけ何かが敷いてあった。

 他の人は話し合いに夢中だったので、こっそりとソレを回収すると一枚の便箋が複雑に折られた物だった。見かけない手紙の出し方だ。

 折り目に沿って便箋を開く。中には差出人の名前は書いていなかった。


『心配だけど頑張って。私は何があっても大丈夫。だって天才魔法使いの弟子だから!貴方も困り事があれば相談して頂戴。無理しないように。やり取りはうちのメイドを通じてね?』


 でも、誰が書いたかはわかる内容だった。

 自分で天才魔法使いの弟子だなんて言って、力技で解決するのは勘弁してよね。今日だって後から倒れた令嬢のフォローをするのは大変だったのだから。


「お?クラブが珍しく笑っているな」

「何が良い事でもあったか?女性からのお誘いでもあったか?」

「そういうのではありませんよ。ただ、厄介事がこれから増えそうで笑うしかなかったんです」

「オレ様にこれ以上の負担をさせるなよクラブ」

「ジャック様、きっと巻き込まれますよ」


 何も知らない人達は笑う僕に疑問を抱いたようだけど、話が理解できたジャック様はやれやれと少し唇が上がるのだった。






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