第28話 売られたら買います!

 

 アリア。桃色の髪が特徴的な小柄な体躯の少女。

 魔法の属性は光。エースと同じ、稀少な適性だ。

 ど田舎出身で私と同じ後天的魔力発生病を発症して奇跡的に回復。それがきっかけで魔力に目覚めた。


 お師匠様であるマーリンが長年探してきた光の巫女であり、【どきメモ】でプレイヤーが操作する主人公。操作といってもいくつかある選択肢を選ぶだけの定番タイプ。

 魔法学園で成長しながら様々なイケメン達とお近づきになる反面、悪役令嬢を初めとする悪そうな連中から襲われて命を狙われる。

 ピンチの度に主人公補正としか思えない覚醒や仲間の助太刀で事件を乗り越え、一番好感度の高かった攻略キャラルートに突入。学園の二年生の末にあるダンスパーティーで恋人同士になる……というのがゲームの中身。


 魔法学園は三年で卒業だけど、その前にゲームはクリアしたことになるのよね。

 前世の情報を書いたマル秘ノートには大型アップデート追加予定としてある。

 大型アップデートがなんなのかは記憶が曖昧なんだけど、私に関係あるのはダンスパーティーまでのシナリオ。

 シルヴィアはダンスパーティーの前にやらかして人生のゲームオーバーを迎えるはずだったのだが………。


「お姉様と、初登校〜」


 現時点でこの子の好感度が私に振り切れているのはどうしてなのかしら?


「今日からわたしはボッチを卒業〜♪」


 私も……ボッチを卒業ね。

 ソフィア以外の女の子のお友達。主従関係にないフラットなお付き合いができるのよね。


 まだ二人共、校舎内を青い鳥頼みじゃないと進めない。

 広くて大きいのってメリットだけじゃないと教えてくれる。ここの設計者には是非、文句を言ってあげたかったわ。


「お姉様、教室に着きましたよ!」

「見ればわかりますわ。さぁ、中に入りましょう」


 元気いっぱいなアリアと一緒に扉をスライドして開く。教室には大半の生徒が友達と話していたり、予習のために教科書を読んだりしていた。

 授業開始まで時間はまだあるのにこれだけ集まっているのは流石はAクラスというべきか。みんな意識が高いのかね?

 私は魔法使って走ればギリギリまで眠れるので、そのつもりで準備していたのをアリアに叩き起こされた。

 ここまで張り切られてしまうと怒れなかったけど、明日からはもう少し遅くしてもらおう。

 教室内には警戒すべき三人の人物もいた。

 エースは側近の男子達と談笑を。クラブとジャックは二人で何かの話し合いをしている。

 クラブ達が何について話しているかは気になるけど、昨日のあの態度があったせいで近付き難いし、どうしようかしら?


「あら、平民の方と随分楽しそうにされているわね」


 暇を持て余しそうだと考えていた矢先、声をかけられた。

 声の主は金髪縦ロールの女生徒で、その両脇には細いのと太いのがいた。


「どちら様だったかしら?」

「わたくしを知らないなんて、そんな無知な方がいらっしゃったのねぇ?」


 いや、知らんよ。モブなんて。


「こちらのお方はシザース侯爵家のご令嬢、ベヨネッタ・シザース様よ」

「伯爵の娘のくせにベヨネッタ様を知らないなんて田舎者ね」


 補足しながら茶々を入れてくる取り巻き二人。

 お手本みたいな嫌な奴らね。シザース家なんて知らないわよ。


「それは失礼しました。生憎と田舎者でしたのでベヨネッタさんのような特徴的で独創的で存在感のある凄い髪型の人なんて見たことありませんでした」

「あなたねぇ……わたくしを馬鹿にしていますの?」

「おほほ、とんでもありませんわ」


 いやだって、見たことないよそんな見事な縦ロール。シルヴィアですらハーフアップだったんだぞ。それなのに昭和の少女漫画みたいな髪型されても笑い堪えるので必死だよ。


「まぁ!伯爵令嬢の分際でベヨネッタ様に口答えなんて!」

「無礼よ無礼」


 取り巻きもピーチクパーク喋る。

 ベヨネッタは初めて見るけど、お前達二人には既視感あるわよ。……ゲームでシルヴィアの背景にいた子達だっけ?

 私が原作みたいな悪役令嬢じゃないから別の人の取り巻きになっちゃったみたいね。所詮はモブか。


「なんなんですかあなた達」


 私と嫌な奴トリオの間に割って入るアリア。

 落ち着こうか。貴方が参戦するのはマズい。


「あらあら。魔力を持っただけの平民が何故この教室にいるのかしら?」


 わざと周囲に聞こえるように声量を上げる縦ロール。


「入る教室を間違えたのかしら?」

「平民だもの。看板を読めなかったのね?」


 ボスに負けじと追撃してくる下っ端達。

 へぇ、いい度胸ね。


「文字くらい読めます!学園に入るために猛勉強したんですから。それに、わたしがここにいるのは試験の結果です」

「その試験のやり方に問題があったのね。マグレなんて起きてしまうから」

「「そうよそうよ」」


 アリアを取り囲んで嫌味を言ってくる三馬鹿。何を言っても三倍で帰ってくる。

 そうこう会話をしていると教室中の視線がこちらに集まってくるのを感じた。


「こんな田舎の平民とお友達なんてクローバー伯爵令嬢はお優しいわね」

「貴族にお友達がいないのかしら?」

「姉がこれだとクラブ様も可哀想だわ」


 好き勝手に言わせておけば………。


「こんな子を弟子にするなんて天才魔術師のマーリンも地に落ちたわね」


 縦ロールが調子に乗ってその言葉を漏らした。

 我慢の限界点はそこまでだった。


「誰が地に落ちたですって?もう一度言ってみなさいベヨネッタ・シザース」

「何度でも言ってあげるわよ。かつて天才と言われたマーリンはたかが伯爵令嬢のために地位も名声も捨てて旅をして、行く宛が無くなったからこの学園に戻ってきたってねぇ!」


 半分正解。半分間違えだ。

 まぁ、だとしても私以外の何も知らない人間がお師匠様を侮辱したってだけで十分だ。


「エカテリーナ、出なさい」


 コンコン。と爪先つまさきで自分の影を踏む。

 それが合図だった。


「シャア〜」


 ズルズルと影の中から姿を現したのは召喚獣のエカテリーナ。


「「「ヒィいいい⁉︎」」」


 目の前の三人衆は一塊りに抱き合って腰を抜かして地面に座り込んだ。

 教室内のあちこちからも悲鳴があがる。

 それも仕方ないことでしょう。エカテリーナは全長7メートルある大きな大蛇へと成長しているのだから。


「この子、食いしん坊で野鳥やウサギを丸呑みしちゃうのよ。獲物に巻きついてバキバキと骨を砕いてね。……人間はまだ食べさせたことないのだけど、お腹を壊したりしないか心配ですわ」


 餌代わりに魔力を与えているのに目を離すと何かを食べてる食いしん坊さん。誰に似たのかしら?

 以前は首に巻いてお散歩をしていたけど、この大きさになると持ち歩くのは無理。なのでお師匠様直伝の魔法で影に隠して連れていた。

 影が無い場所だと魔法陣を使わないといけないけどね。


「ふ、ふざけないでよ!そんなことをしたらどうなるかわかっているの⁉︎退学よ!死刑よ!」

「えぇ。それもやむなしかと」


 エカテリーナが頭を左右に振るだけでどんどん顔色が悪くなる縦ロール。

 脇の二人なんて泡でも吹きそうね。


「狂っているわよあなた!」

「あら?ご存知無かったのですか?私はとっても悪い子なんですよ。最低で最悪のねぇ?」


 とびきり悪そうな顔で言ってあげるわ。

 脅しとしてはこれくらい徹底的じゃないと報復されても困るからね。


「頭からと足から、どちらがいいですか?まぁ、どちらにしても丸っといきますが」

「………………(ガクッ)」


 あ、気絶した。


「お姉様、やり過ぎたんじゃ……」

「まだエカテリーナを出しただけよ。怪我はさせていないわ」


 ご苦労様、と言って撫でたらエカテリーナは満足気にするすると影に潜り込んで消えた。

 後でご褒美の干し肉をあげなきゃね。


「おい。どうするつもりだそいつらを」

「あらジャック様。別に何もしませんわよ。授業が始まるまでここで寝かせてあげましょう」


 白目剥いて倒れている姿を写真に残せれば良かったけど、このまま放置して目に焼き付けておこう。

 クラスのみんなも覚えていてね?もしかしたら次は貴方達の番かもしれないから。


「シルヴィア。前に僕がした話を覚えていなかったのか?」


 少し焦った顔でクラブが話しかけてきた。

 あー、クローバー家の問題にされるとクラブにまで迷惑がかかるのか。


「ごめんなさいね。ついカッとなって」

「寮の使用人からの話を忘れたのか⁉︎」


 寮の使用人?私とクラブで共通している使用人ってソフィアのことよね?


「何も聞いてないわよ」

「な、……なん、だと⁉︎」

「このところお互いに時間が合わなくてね。私ったらすぐに寝てしまうので中々話ができないのよ」


 昨日の夜だって、今日の朝だってソフィアに会えなかった。


「学園にきて一週間以上経つのにか?」

「うん」

「会話はしたのだろう?」

「初日にお互いの話はしたわよ」

「僕の話は?」

「んーとね。クラブが学園にいるのを知るまでは話題に上がらなかったし、一昨日の夜にソフィアが何か言いかけていたような……ないような……」


 下着姿を注意された以降の記憶が無いわね。

 寮の説明や書類の記入に疲れてぐっすり寝ていた。


「………今晩は必ず、確実に、絶対に話を聞くんだ。わかったな」

「仕方ないわね。わかったわ」


 焦り顔から憔悴した表情へ変化したクラブは足取り重く自分の席に着いた。

 そしてその肩をジャックが叩く。

 何があったのかわからないけどソフィアに話を聞かないといけないみたいね。


「おはようございます。今日も授業を……そこの三人、どうして床で寝ているんですか?皆さんは何故席に座っていないんですか?」


 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムと共に何も知らない教師がやってくる。


 そして、学園二日目。

 その日は自習になったのでした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る