第21話 モブキャラ視点。最近の悩み
俺はしがない料理人だ。
昔は旅する料理人で、いずれ自分の店を持つのが夢だった。だが、うさんくさい儲け話に乗ったせいで一文無し。借金まで背負っちまった。
そんな俺を拾ってくれたのがクローバー伯爵だった。
伯爵様の恩に報いるために俺は身を粉にして必死に働いた。その結果、少人数の調理場ではあるが料理長にまで上り詰めたんだ。
おかげさまで嫁も娘もできて幸せさ。……とまぁ、俺の昔話はここまでにしておく。
最近、俺にはある悩みがある。それは働いている屋敷内の空気の重さだ。
クローバー伯爵家には四人の主人がいる。伯爵と伯爵夫人、シルヴィア様とクラブ様だ。
そして、このシルヴィア様がマーリンとかいう魔法使いと旅に出たのがきっかけだ。
「おいソフィア。何度同じテーブルを拭いたら気が済むんだ?」
「えっ……また私やっちゃいました?」
「今週になって三回目な」
うちの娘と変わらないくらいの歳で住み込みメイドをしているソフィア。愛嬌と持ち前の根性で使用人達から可愛がられている子だが、この所は仕事に集中できていねぇ。
一番あのシルヴィア様に懐いていたからな。この子を連れてきたのもシルヴィア様だ。最初は気の毒だと思ったよ。
慈悲深い伯爵様から何をどうしたらあんな娘が生まれるか分からないほど捻くれていた。性根が腐っているというか、人間の駄目な所の灰汁の塊みたいな子供だった。
何人かの使用人はいちゃもんをつけられて辞めさせられた。夫人が甘かったからな。事情を知っていた連中からすれば夫人がどれだけシルヴィア様を思っていたかはわかる。だけどやり過ぎなくらいだ。
その時にクビになって田舎に帰った奴の野菜が今の仕入れ先だがな。
それがある時を境に人が変わっちまった。なんだかよくわからない難しい病気になって記憶が無くなったそうだ。
俺はビックリしたよ。あのシルヴィア様がクラブ様と遊んでいたんだからな。
その頃のクラブ様にはいつも食事を運んでいたが、ほとんど食べていなかった。いつか痩せ細って死ぬんじゃないかと心配していたが、シルヴィア様と遊び始めて以降はおかわりまでするくらいになった。
夫人はいい顔をしなかったが、俺としては子供同士で遊ぶ事はいいと思ってるよ。
ソフィアの扱いや立場も変わったしな。あの子はシルヴィア様が八つ当たりをするための係みたいなもんで、助けてやりたかったがとばっちりで俺らもクビにされちゃあ困るから手が出せなかった。
ソフィア自身は孤児院から引き取ってくれただけありがたいと言ってたが、見てられなかったよ。
それがいつの間にかシルヴィア様を叱りつけて説教するようになったんだからな。
病気から復活したシルヴィア様は元気過ぎて夫人も手が足りないからソフィアに許可をしたみたいだが、あのしょぼくれた姿はいい気味だと使用人達の間で話題になってた。
そんなシルヴィア様は何故だか知らないが都度都度、厨房にやって来るようになった。
小麦を練って作る『うどん』や魚の煮汁だけを使った『出汁』について聞いてきた。
次から次へ出てくる聞いたことも無い料理の数々に興味が湧いたが、醤油があることを教えると何とも言えない顔をして「……世界観仕事してよ…」とか言っていた。
あんまり使う奴はいないが、俺は料理の隠し味としてよく使っている醤油。豆からこんな美味い調味料を作った先祖達ってスゲェよな。
シルヴィア様は特にお菓子については並々ならない情熱を持っていた。
砂糖が高いことを考えて出していた野菜の蒸しパンや甘めのふかし芋じゃないオシャレなお菓子が食べたいとボヤいていた。もちろん、出したお菓子は全部食べていたけどな。
初めてお城に行った後にソフィアから渡されたクッキーのレシピは今は暗唱できるし、簡単に作れるようにもなった。
これを与えておけばシルヴィア様を手懐けると気付いてからはよく作った。まぁ、そんな事をしなくてもシルヴィア様は俺達を理不尽に解雇したりしないと思えるようにはなったがな。
シルヴィア様はいつからか俺にとってのアドバイザーになっていた。
美容にはコレがいいから夫人にはアレを出せ、伯爵は塩辛いものが好きだから味を薄めろ、クラブ様にはとにかく量を食べさせろ。
俺以上に家族の健康に気を使っていた。食事のとり方も変わった。両親がいなかったりする時は俺達も同じ場所で一緒に食べようと言ってくださった。
普通は主人の食べ終わった後だし、食べる物も食材の切れ端や残飯で作った賄いだ。
それをシルヴィア様はこっそり破って俺達と同じ物が食べたいとせがんだりして困ったもんだ。
王子達が遊びにくるようになってからは気が気じゃなかった。
伯爵様への料理ですら失敗しないように気を張るのに王族に料理を振る舞うなんて思ってもみなかった。
というか、俺の夢の一つが叶ったぞ⁉︎
シルヴィア様から教えてもらったレシピが無ければピンチだった。
偶に王子達が持ってくるお菓子の一部が俺達厨房組に回ってくる。……同じもんを作れってか?
おかげ様でお菓子作りの技術は向上して、家で作ると妻や娘に好評だった。
その頃には夫人もクラブ様と普通に会話するようになったし、四人揃って笑う事も増えた。
ソフィアの姿が見えなくて、シルヴィア様とお忍びで出かけた先で誘拐事件に巻き込まれたのは衝撃的だったよ。
二人共無事でよかった。シルヴィア様は必死になってソフィアを助けようとしていたと魔法使いのマーリンは言っていた。
使用人のために危険な橋を渡ろうなんて……子供の成長ってスゲェよ。
あのシルヴィア様がこんな風になるなんて誰も想像してなかった。中身が別人に入れ替わるようなもんだからな。
伯爵様はお怒りだったが、使用人達からの評価はうなぎ上りだった。
魔法の特訓をするようになり、応援した。
先生であるマーリンから一日で何度指導されるかはちょっとした賭けの対象になったがな。
エカテリーナとかいうヘビを飼い始めてからはおっかなビックリだった。あんな怖そうなヘビなんて見た事ねぇよ。
食糧倉庫や屋敷内のネズミや虫を食べて駆除してくれたのは感謝するがな。礼を言ったらこっちの言葉を理解しているみたいに喜ぶから余計に恐ろしかった。
クラブ様の提案で誕生日パーティーをした時は屋敷にいる全員で力を合わせた。
庭師の爺さんが山で七面鳥を獲って来てくれたのは大きかった。おかげでインパクトある物が作れたんだからな。
ただし、王子達が城から持ってきたケーキには驚かされた。あの大きさもだが、使っている素材や細工の細かさからして超一流の職人が物凄い手間暇を加えて作っている品だ。
そんなもんを爵位が低い家の娘に贈るってことは……うちのシルヴィア様もやり手ってことだな。
そんな幸せの絶頂期での旅立ちだった。
良くも悪くも屋敷内の騒ぎの原因で俺を悩ませてるシルヴィア様がいなくなるって聞いてホッとしたらヘビを投げつけられた。
もう使用人連中は全員慣れているから何とも思わなかったがな。試しにその辺にいた無毒のヘビを嫁に投げてみたら引っ叩かれた。娘には「パパ嫌い」って言われて泣いた。
うん。やっぱり普通の子はヘビに名前つけて持ち歩いたりしないよな。
毎日おやつの時間を楽しみにしていたシルヴィア様だから旅の途中で町や村にいない山中でも食べれるように保存が効くものを多めに渡したが心配だ。
「おいソフィア。スプーンとスプーン、フォークとフォークになってるぞ」
「すいません!」
嫌になるな。
料理人見習いの部下もよく皿を割るし、庭師の爺さんはシルヴィア様のシルエットに木を剪定するし、伯爵様はよく酒を飲むようになった。夫人も体調が悪い日が続いている。
何かハッピーなニュースでもあればみんなが喜ぶんだが、シルヴィア様が帰ってくるのは早くても数年後だろう。
それまでの間、しっかり仕事をして腕を磨かないとな。
クラブ様は部屋にこもって猛勉強を始めたと聞いたし、前向きに頑張らないとな。
「ソフィア。食堂の準備は残りの分は俺がやっておくからお前は休憩に入れ。ついでにクラブ様と一緒にお菓子を食べるといい」
「ありがとうございます料理長。……でもこれ、二人分には多過ぎませんか?」
「何を言ってんだ。俺はちゃんといつも通りに
「はい。二人分です……」
どうやら、シルヴィア様がいなくなった事に慣れていないのは俺もらしい。
余分な分は二人で分けて食べてくれ。
こんな風に俺も含めてイマイチ調子が出ないのが現状だ。
解決策があるなら誰か教えてくれ。
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