第20話 今度こそ旅立ちますわ!

 

「忘れ物はありませんか?」

「ないわよ。昨日きちんと確認したでしょ?」

「お身体の優れないところは?」

「日頃から鍛えているおかげで健康児よ」

「ええと……あとは……」


 今度こそマーリンの旅立ちの日。そして私の。

 早朝で日が昇りかけている中、玄関の外で私はおろおろしているメイドから呼び止められていた。


「ソフィア。心配なのも寂しいのもわかるけど、これは決まったことだから諦めてちょうだい」


 準備していた大きなリュックを背負い、笑顔で語りかけるが、それでもこの子の顔に差す影は晴れない。

 両親と泣いた日のうちにクラブとソフィアには話をした。屋敷内の使用人達にも。

 シルヴィア・クローバーは師匠であるマーリンと共に見聞を広げる旅に出ると。真の理由ではなく表で公表できる範囲だけを伝えた。

 それを聞いてホッとする失礼な料理長には必殺のエカテリーナ砲をお見舞いした。

 お菓子をせがむ我儘がいなくなって安心する………なんて言っていたのに、出発前に保存が効くお菓子を沢山持たせてくれた。素直じゃないよ。


 別に一生会えなくなるわけでもないけど、それぞれしょんぼりしてくれた他の使用人達の様子は嬉しかった。


 そんな中でソフィアについてはボロ泣きだった。いつもは聞き分けのいい、私を注意したりお小言を言いつつもお願いを聞いてくれる頼れるメイドが、旅立ちが決まってから今日まで私にべったり付いてきたの。

 寝る時も名残惜しそうだったから同じベッドで寝た。私の袖を掴んで寝ていたのは本当に可愛かったわ。

 主人と使用人ではあるけどお友達だから。それくらいは許してくれるよね?


「まったくもう。今日からはクラブの側付きになるんだからしっかりしなくちゃダメよ?」


 ソフィアはメイドとして有能だし、歳も近いクラブに仕えることになった。

 昨日の最後の夜には私に着いて行くって駄々をこねていたけど、説得して折れてくれた。


「お任せください。クラブ様のことは命に換えてもお守りします!」


 それ、メイドが言うセリフじゃないよね。護衛の騎士とががよく言うセリフ。


「クラブも、ソフィアがこんな感じだからよろしく頼むわよ」

「任せてよ姉さん。屋敷の事も、王子達への対応も僕がしておくから」


 いつも頼もしいソフィアがダメダメになったのに、クラブは通常運転だった。

 驚きはしてたのに特に悲しんだり泣いたりするような

 素振りは無かった。

 ……お姉ちゃんに対する思い入れってその程度なの?って私が悲しくなる。

 落ち込んでも仕方ないので次は二人揃ってこちらを見ている大人達へ目を合わせる。


「お父様、お母様。行ってきます」

「うむ」

「気をつけるのですよ」


 両親は晴れやかな顔で見送ってくれる。約束したんだもの。必ず帰ってくるって。両親もそのためにこれから行動に移す予定だ。


 最後に大きく手を振り、屋敷から離れる。敷地外へ出る門を潜り、振り返ってもまだ家族は玄関にいた。

 その姿も歩みを進めるにつれて小さくなっていき、街道に出る頃には屋敷すら見えなくなってしまった。


「町へ向かうためによくここは通りました。王城へも馬車でここを通るんです」


 この一年半の私の活動範囲には欠かせない道だ。

 どこへ行くにしてもこの道を基準として行動していた。何の変哲もない道。


「今から向かうのは町と反対方向の隣の領地だ。そこから北へ進み、山を越える」


 出発する時からずっと無言だったマーリンがやっと口を開いた。その内容は聞きたくなかったけど。

 結局、山登りをするんじゃないですか!と文句を言うと後が怖いので頬を膨らませるだけにしとく。


「山を越えた先には大きな港町がある。海の幸や貿易品が集まる場所だ。君が好きそうな所だろう?」

「海の幸……」


 クローバー領には川こそあれど海なし。王都周辺も海なしで川魚ばかり食べていた。

 海ってことはタコやイカ、マグロ……マグロってこの世界にもいるのかしら?似たような魚がいてくれればいいけど。

 初海の幸を食べれるって考えればワクワクするわね。お金は定期的にも実家から支援して貰えるから無駄遣いしなければ余裕を持って生活できる額。最悪、お師匠様はお金持ちだからヒモになる手もある。

 修行って名目で国内一周旅行にしていいんじゃないかな?


「海なら魔法の練習には最適だし、派手な事をしても影響が少ない。水泳は負荷をかけるのに最適だという。山越えからの泳ぎならば成長に期待できるな」

「あの、季節的に秋なんですが。山登り終わる頃には真冬なんですけど、寒中水泳させて私を殺すつもりですか⁉︎」

「私は出来たぞ」


 でたよ。マーリンの私理論。私にも出来る事なら他人もやれば出来るはずって考え方。

 貴方は天才。私は凡人。わかりませんか?


「君なら私に匹敵する魔法使いになれるだろう。そうすれば大概の敵は怖くない」

「そうですよね。それくらいしないとお師匠様みたいな規格外になれませんよ」

「だが、君もそこを目指すのだろう?」


 目標、マーリン越え。

 そして主人公をも圧倒する力を手にして私は幸せを掴み取る。

 やっぱり楽できそうにはないね。


「えぇ。だからお覚悟はよろしくて?お師匠様」

「望むところだ」


 軽口を言いながら未知の場所へと歩く。

 今の私はどんな苦難や困難にも屈しない悪役令嬢になるのだから。


「思ったより元気そうで面白くないな」

「……私が泣いて足を止めるとでも思ってました?」

「あぁ。親兄弟と離れれば悲しむものではないのかね?」

「悲しいですけど約束しましたから。それに離れていても私達家族は強い絆で結ばれているので心配ご無用です」


 それを嫌と言うほど実感したからね。

 日本でもあれだけ家族愛が深い家って少ないんじゃないかな?……前世の記憶は相変わらずあやふやな所があるけど。


「家族……か…」

「何かおっしゃいました?」

「いや、何でもない。先を急ごう」


 現在地から今日の宿まではそれなりな距離がある。

 普通の人達だと一日じゃ辿り着けないくらいは離れているが、そこは魔法の出番。


「魔力を体の中で循環させれば飛躍的な身体能力の向上が発生する」

「その負荷対策で筋トレしてきたのですよね?」


 空飛ぶ箒なんて無く、便利な乗り物も無いから距離を足で稼ぐ。

 半日は走りっぱなしになるだろう。


「では、行こうか」

「はい!お師匠様‼︎」


 旅の始まりはいつもの鍛練と変わらないノリでスタートするのだった。



























「行ってしまわれましたね」


 旅立った二人の背中は肉眼では捉えられない距離になった。


「さて、私は仕事に戻るか」

「お手伝いしますわあなた」


 両親は屋敷内へ入って行く。

 僕もその後に続くべきだけど足が動かなかった。

 前にも、後ろにも。この場から離れることができなかった。情けない。


 姉さんにはあんな調子の良いことを言ったけど本当は引き受けたく無かった。僕だって着いていきたいって我儘を言いたかった。

 姉さんがいてこそ僕の日常は騒がしくも楽しいものだった。一人でいた離れから連れ出してくれなければこんな寂しい思いはしなくて済んだのか。

 でも、あの場所から出てこなければ養父や養母と一緒に見送るなんてことしなかった。


「クラブ様?」

「しばらく一人にしてくれ」


 ソフィアが一礼して去って行く。その足取りは重そうだ。

 あの調子だと今日一日は仕事に集中できないかもしれないな。

 ソフィアも僕と同じで姉さんに振り回されてその度に苦労させられていた。そして、姉さんによって救われた人間の一人だ。

 日常における割合は僕よりもあるかもしれない。ここ最近の甘え具合は年相応の子供だった。


 でも、そんな彼女を励ましたり気遣う余裕は今の僕にはないだろう。

 何故なら、一人になった途端に嗚咽を堪えきれなくなったんだから。

 鼻がツンとして目に涙が浮かんでくる。我慢しようとしても堪えきれずにこぼれ落ちる。


「……お姉ちゃん……うわぁああああん……」


 大切な誰かが側からいなくなるのはいつだって苦しいんだ。

 父を、母を見送ったあの日もそうだった。

 昨日まであった当たり前は無くなってから初めて気づく。今回も同じ体験をした。


 今だけは泣こう。明日からはこの家の留守を任された優秀な弟としての僕を実行しなきゃいけない。

 一杯勉強して、魔法の修行もして、姉さんを支えてあげられるくらいにならなくちゃ。


 次に姉さんに出会った時に自慢できるような僕になろう。

 そして、その時は……ちょっとだけ甘えて褒めてもらえたら嬉しいかな。








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