第19話 私はシルヴィアに転生した!
「お父様!」
バン‼︎と勢いよくドアを開く。ノックなんて知らない。
「どうしたんだシルヴィア」
「クローバー家の娘が屋敷内を走り回るものじゃありませんよ」
こいつは都合が良い。お母様も一緒にいた。
「どうしたもこうしたもありませんわ!私がお師匠様と旅に出るってどういうことですの⁉︎」
マーリンが光の巫女探しの旅に出るのはストーリー上仕方ない。元からそういう運命だったのだから納得はいく。
でも、私まで一緒っておかしくない?
「いらない子ですか⁉︎シルヴィアはクローバー家にとっていらない子になったんですか?クラブが優秀だから⁉︎……お姉ちゃんとしては誇らしいし、家督を継ぐのは面倒だから断ろうとは思っていたけど、お払い箱はあんまりな仕打ちではないですか⁉︎」
魔法の授業してたら追放ルートでした。
原作スタートの学園入学すらしていないのにバッドエンドとは思いもしなかったよ。
こんなの納得できませんよ!
「お、落ち着きなさいシルヴィア。追い出したりするわけではなく留学みたいなものだ」
「……留学?」
「走り去ったと思ったらここにいたか。理由は私から説明しよう」
お父様の襟に掴みかからんとする私を宥めたのは後を追ってきたマーリンだった。
「シルヴィア、君は四属性という稀有な才能を持っている」
「えぇ。そうですわ」
「だが、四属性持ちに指導できる魔法使いはほぼいない。それぞれの適性を持った指導者を四人集めるのは伯爵家にとっても不都合だろう」
そういえば、家庭教師ってかなりお金かかるんだっけ?
優秀な人は国から魔法使いとしての仕事を割り振られたり、学園の職員として採用される。
なので、貴族の子供の英才教育に採用されるのは就活に失敗した魔法使いや退役した老人が主だ。
爵位が低いとそんな人達を雇うことすら難しいから空いた時間を使って親兄弟が指導している。
……エースとジャックは王族だからお金はあるし、王族の家庭教師というのは名誉ある仕事でプロ中のプロが雇われる。
そう考えると、マーリンが家庭教師をするのにうちの家はどれだけのお金を支払っているのだろう。
貧乏貴族ではないけどそこまで余裕があるとは思えないんですが。
「それに、現段階の君の立場は危うい」
「私が?」
「君は王子達と仲が良い。双子の王子ともなれば後継者争いを加熱させようとする連中も少なからずいる。そして、そこに嫁がせようとする親も。その点からすると君は他者よりいくらか抜きん出ている。爵位は下位なのにだ」
「シルヴィア。子供であるお前には話してこなかったが、最近はその件について上の貴族から問い合わせが多くてな。仕事にならないのだ」
お父様が苦しそうに話す。
このところ皺が増えて老化が加速していると思っていたが、原因が私だったなんて。
誕生日の時は凄く笑顔だったから大丈夫だと考えていたのに裏でそんなことがあったのね。
「父親である私に不満が募るのは構わん。謀略を張り巡らせるのが貴族同士の付き合いだからだ。……しかし、このところは妻や配下の者達への嫌がらせも始まっていてな」
「あなた。私も平気です。余計なことはおっしゃらないで」
「しかしだなぁ」
知らなかった情報が次々に出てくる。
お母様はお父様を睨むが、その顔が少し疲れているようにも見えた。
チーズケーキを町に買いに行った時に人通りがいつもより少なく思えたのも嫌がらせの一環だったのだろうか。
「シルヴィア。伯爵だって何も対抗しないわけではない。ただ、それには準備の時間がいる。賢い君ならわかるか?」
「原因である私がここから離れることで注目の目が薄くなる……とかでしょうか」
「あぁ、そうだ。その間に伯爵には根回しや態勢を整えてもらう」
私がマーリンの弟子としてこの家にいてエースやジャックと仲良くするのが一番の問題。
それさえなくなれば家族は今よりのびのびと生活ができる。
「私と一緒に旅立つ理由は他にもある。この屋敷への不法な侵入や使用人達の中に不審な人物が紛れ込んでいた事件が数度あった」
「っ⁉︎」
「いずれも捕縛してあるし大事には至っていない。だが、彼らの狙いは君だシルヴィア」
う、嘘でしょ?そんな暗殺者みたいなのもいたわけですか?
ま、まぁ、シルヴィアがゲームで主人公を殺すためにそういう人達を雇ってはいたけど、狙われているのは私なのか。
「珍しい属性持ちで才能あるとはいえ、君はまだ子供だ。自己防衛が満足に出来るとは思えない。今は私と伯爵で警備しているが、護衛対象が多ければその分隙も増える」
「わ、私は……」
このチカラで誰かを守れるだろうか。
ソフィアの時のようなガラの悪いだけの人攫いなら対処できるかもしれない。
それが同じ魔法使いの、それも大人だったら?
万が一に戦えたとしても自分の身だけで精一杯。その時にソフィアやクラブがいたら?
考えるだけで鳥肌が立って、私は自分の体を抱きしめた。
怖い。こんなことが、こんな漫画やゲームみたいな人が死ぬような危険が迫っているなんて。
「すまんシルヴィア」
「お父様も貴方の身を案じてこの話をマーリン様にしたのよ。わかるわねシルヴィア」
「……はい、お母様」
悔しそうに頭を下げるお父様と、私を安心させるために頭を撫でてくれるお母様。
怖いのは私だけじゃないんだ。大人達は身を守るために隠して頑張ってきたんだ。
「ずっと離れるわけではない。ほとぼりが冷めるか万全の態勢が整うまでの数年だ。その間は私が責任を持って君の安全を保証する」
「お師匠様……」
「ただ、訓練の途中でうっかりした場合は知らん」
「ちょ、それはないでしょ⁉︎」
「魔法の研究をする助手にもなってもらうし、新しい魔法のじっ……手伝いも」
「今、実験台って言いかけましたよね⁉︎本当に大丈夫なんですか⁉︎」
「ふっ。やっといつもの君らしい反応だ」
こ、この男は……。
「まぁ、調子は出てきましたよ」
わざとか。私にツッコミを入れさせるためのわざとの発言なのかそれとも本気で言っているのか分かりづらいけど、少し緊張はほぐれた。
屋敷にいないだけでやることは同じなんだ。あちこちを観光しながら今までと変わらずにマーリンと修行をすればいい。
「ずっと、一度も帰ってこれないんですか?」
「回数は少ない方がいいが、こっそりと帰省する分には問題ないだろう。手紙などのやり取りは全然心配いらない。中身が見えなくする魔法道具もある」
「よかった。それなら耐えれそう。流石にお師匠とずっと二人だと息が詰まりそうで」
「旅の最初はこの国で一番過酷な山登りにしてみようか」
「すんません!私が悪かったので勘弁してくださいな!!」
お師匠様、そう言っていつも実行に移すから本当にやめてください。命がいくつあっても足りなくなっちゃうよ。
「では、納得してくれるかシルヴィア」
「……わかりましたわお父様。シルヴィア・クローバー、必ず立派な魔法使いになってこの家に戻ってきますわ」
「よく言いましたシルヴィア。母も嬉しいわ」
数年かぁ。今が7歳だから、どのくらい経てば帰ってこれるのだろう。
10歳?……まさか学園に入学するギリギリまでってことは流石にないでしょ。15歳から通うから、そうなるとこの家にいるよりも長い期間旅することになるって〜。
あとは心配事がいくつかあるわね。
「この事はどこまで広がっていますか?クラブ達は勿論、エースやジャックには……」
「詳しい内容まで知っているのはここにいる三人だけだ。執事長と町の兵士長には不審人物に警戒せよとだけ伝えてある」
クラブ達が何も知らなくて良かった。そうよね、知っていたらマーリンの送別会に参加しなかったはずだ。
まだ大事にはなってない……のかな?
「伯爵。クラブとソフィアにも先程シルヴィアがいなくなる話はしました。理由までは話していませんから修行と言えば大丈夫かと」
「そうですな。あの子達は知らない方がいい。シルヴィア、王子達には旅立った後で手紙を送りなさい。勿論、自主的に経験を積むために旅に出るとだけだ」
秘密ってことね。この場にいる人だけの。
王族である二人に頼るにしても、そもそもの原因があの二人に関係していることだし。
出る杭は打たれるって嫌ね。
「わかりました。でも、お父様。一つだけ聞きたいことがあるんです」
「なんだい?」
「私、私はいらない子じゃないですか?」
こんな、こんな私じゃなくて原作通りのシルヴィアだったら。
アレの方が今の私より良かったかもしれない。だって学園に入るまで表面上はただの伯爵令嬢だった。
幼少期にこんな事態になるなんてゲームには無かったんだ。
あの日、私がシルヴィアとして転生せずに死んでいればこの世界にいる人達はもっと普通に平穏に暮らせていたのかもしれないんだ。
二度目の人生がラッキーなんてそんなことを……そんなものが無かったら。
「馬鹿者!!」
バシンッ!と音が鳴る。
じわじわと痛みが押し寄せてきて、私は顔を叩かれたのだと気づく。
怒鳴り声を上げて手を振りかざしたのはお父様だった。
「よくもそんな事が言えたな!お前は誰だ!シルヴィア・クローバーだろう!私と妻の娘だ!貴族だろうと人間なら子が親に迷惑をかけるのは当たり前だ!」
普段は叱るお母様を宥める立ち位置にいる娘に甘いお父様が顔を真っ赤にしている。
「迷惑なんていくらでもかけなさい!そのために私は親をやっているんだ。シルヴィアが生まれたその時から何があっても助けると決めた!病から立ち上がった時もどれだけ心配して神に祈ったか……。どんな目に遭おうと生きてさえいればそれでいいんだ!」
痛くて叱られているのは私なのに、そんな私より涙をぼろぼろと溢しながら泣いている大の大人。
「シルヴィア。これは話したことが無かったけど、私達夫婦は早いうちに結婚したのよ」
そう話始めたのはお母様。ソファーから立ち上がり、私の前に膝立ちして両手を握ってくれる。
「それなのに中々子供が出来なくて、死んだクラブの両親が結婚して焦ったの。他の人達からは正妻失格だの、家督は弟夫婦が継ぐべきだってね。そんな絶望の中だったの、貴方を授かったのは。そこからは自信がついたわ」
優しい音色で話すお母様はいつもの怖い説教オカンじゃなかった。
「寝込んで病気から回復して、本当に嬉しかった。私達の宝物がなくならずに済んだのですから。それからあとは……ねぇ、あなた」
「あぁ。記憶喪失になって魔力持ちになって、どれだけ驚いたか。そして救われたか」
落ち着いてきたお父様も、言い聞かせるように話すお母様も、それを聞く私も泣いている。
三人で床に座り込んで泣きながら胸の奥に閉まっていた話をする。
「最初から魔法使いとして産んであげられなかった」
「お前や妻のことを考えられずにクラブを引き取ってしまった」
「でも、シルヴィアが魔力を手に入れて私はクラブを受け入れる余裕ができたわ」
「仲良く二人で遊ぶ姿を見て、養子にしたことが間違いではないと気づけた」
「「今のシルヴィアがいるから幸せになれた」」
あぁ……ダメだよこれ。反則でしょ。
だって、私はシルヴィアじゃなくて。
でもそれが無かったらこの家族は今みたいに仲良くなくて。
私だったから幸せだって言われるなんて。
そんなの我慢できるわけないじゃん。
「ご゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」
全力で泣きながら謝った。
「私、これからもこの家族で、シルヴィア・クローバーとして生きてていいですか?」
「勿論。私達のシルヴィアはお前だけだ」
「何があっても私達の可愛い娘よ」
涙も鼻水も、何もかも垂れ流しながら力の限り泣いた。わんわん泣きながら二人の胸に飛び込んだ。
前世は女子高生だとか関係なく、ただの子供としてみっともないくらいに泣く。
この世界にやって来て一番の涙を流した。
「……防音の結界を張って正解だったな」
私の涙に釣られて両親も泣き出した。
今までの貴族らしい厳格なイメージは総崩れでクローバー家の大号泣。
転生者だなんては告げられないけど、改めて決心はできた。
この人達に報いるためにも私は破滅フラグを回避して幸せを掴む。
他の誰に邪魔をされても薙ぎ払って進んで、家族を守って幸せにしてあげる。
この日、本当の意味で私は異世界で、シルヴィア・クローバーとして生まれ変われた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます