第18話 さようなら、また会う日まで!

 

 それは輝かしい誕生日から数ヶ月後のことだった。


 私はマーリンの特訓に嫌々ながら将来的に必要なことだから!とやる気なく参加していた。

 それが今や、自ら積極的に教えを学んでいた。


 別に、あの夜に見た魔法を自分もやりたいとかそんな浅はかな考えじゃないんだからね!……嘘です。

 だけど、こう思うんだ。


 あの魔法が使えるくらいになれば、主人公なんて負けないし、エースやジャックにだって勝てる。マーリンとだっていい勝負ができるレベルだと。

 そうなればマーリンのお助け能力なんて目じゃない。約束された勝利は私の手の中にある!!


「お師匠様〜」


 お父様と話があるから終わるまで待てと言いつけられていたが、あまりにも遅いので呼びに向かう。

 目的地はお父様の書斎。古臭い本とカビの匂いがする部屋だけど薄暗くて読書にはもってこいの部屋。

 お父様が留守の時にはここで本を読んでいる。

 内緒の話だけど、クラブも偶にここで本を読んでるんですって。やれやれ、誰に似たのかしら。


 いつも通りに勢いよく扉を開けようと思ったが、手を止める。

 マンネリ化はよくない。ここは慎重に侵入し、エカテリーナちゃんを使って驚かそう。

 プランを変更してまずは扉に耳を当てる。こうやって室内の状況を把握するのだ。

 声が近い方がドア側。遠い方が部屋の奥にいる。


 お師匠様が手前にいる方がまだ楽。あの人、ドアが少し開いただけでもすぐ気づくからなぁ。


 情報収集の為に息を潜めると室内の話し声が聞こえてくる。


「では、そろそろですか」

「ここは居心地がいいですが、限界も近いでしょう」


 何の話をしているのかしら?


「寂しくなってしまいますなぁ」

「旅に出るというのはそういうものです」


 え……それってまさか、


「娘も悲しむでしょうね」

「ご心配なさらずに。今生の別れというわけではありませんので」


 大変だわ。

 すっかりお馴染みの光景になっていて忘れていたけど、マーリンには光の巫女、【どきメモ】の主人公を探す為に旅をしていた。

 現段階だと主人公は覚醒どころか魔力すらないので見つかりっこないけど、マーリンはそれを知らないし、私も言えない。

 今まではお父様からの支援を受けながら領地内を探していた。でも所詮は伯爵領。そこまで広くないし、うちは人が住んでいない山や森が多かった。

 一年近くあれば探し終わるのも納得。そうなれば次の場所へ移動するのは当然だ。


 そんな……お師匠様がいなくなるなんて。


 落ち込んでちゃダメよシルヴィア。元々そういう契約だったの。

 本来なら会うはずのないマーリンに会えてその手の内を知れたんだから十分。


「なら、やることは決まっているわ」


 私は部屋に侵入することをやめてある計画を実行する事を決めた。












「ってなわけで協力よろしく!」

「姉さん……」

「お嬢様……」


 作戦会議は私の部屋。集まったのは子供三人。

 お掃除中だったところを拐ったソフィアとエカテリーナちゃんにぐるぐる巻きにされたクラブ。


「いきなりすぎるよ」

「サプライズは思い切りが大切よ。クラブだって私の誕生日パーティーにそんな時間かけてないでしょ?」

「まぁ、三ヶ月くらいかな……」

「え?……うん。ありがとう」


 どうしよう、私の弟って超しっかり者。

 というか、あの誕生日パーティーってそんなに準備してやってくれたんだ。

 姉思いなのはとっても嬉しいけど何の用意に時間かかったか聞きたいわ。


「お話を聞く限りだと、そこまで大きな会場はいらないのではありませんか?マーリン様も大々的なお見送りは必要ないと考えていそうですし」

「姉さんの誕生日会も最後に声をかけたし、少しだけ協力をお願いしただけだったんだよね」


 うっ。もしかして余計なお世話だった?


 どんより肩を落として落ち込む私。

 いつも空回りしてばっかりだものね。今回のパターンもどうせ……。


「で、でも、恩師を見送るのは必要だよね!ね?ソフィア!」

「そ、そうですよ!マーリン様は大事なお客様でしたし、長い間一緒にいたのに何もしないのはダメですよね?」


 そう?そうよね!


「よし、やる気がもりもり盛り上がってきたわよ!」


 ふんす、と鼻息を荒くする私。

 まずは何をしてやろうかしら。プレゼントは必須だし、料理も必要よね?あとは、あとは、


「……底無しに落ち込むか騒ぐかの二択なんだよなぁ」

「……そこはほら、お嬢様ですし」


 二人共、お喋りしている暇があったら行動に移すわよ!!











 そして迎えたサプライズパーティー当日。


「ふふふ。準備は万端ね」


 ソフィアを使った情報収集で大まかな出発日は確認できた。私の方もお師匠様がちょこちょこと身の回りの整理をしているのは把握した。

 別れが悲しくなるのを避ける為か、マーリンは旅立ちについて何も話してこなかった。もしかしたら何も言わずににいなくなろうとしたのかもしれない。

 そこはまぁ、私の嗅覚が優れているからお見通しなわけよ?

 料理も調達したし、なんなら領地内の町にチーズケーキを買いに行ってきた。無断で。

 今回は少人数ではなく、エースやジャック、その護衛騎士達まで巻き込んで買いに行ったので誘拐の心配なんていらなかった。

 ニュースにはなったけどね。王族オーラって変装してもバレちゃうんだよ。私は誰にも、何も言われなかったけどさ!


「姉さん、マーリン様来たよ」

の準備も出来ました」


 子供部屋は既に会場として飾り付けしてある。

 そして横断幕に紙の飾り!

 これは私のパーティーで使ったものの再利用だけど。あとクラッカーは火薬無しのお手軽版ね。子供だけだと危ないから使わせてもらえなかったから。

 ピロピロと紙が伸びる笛も用意したし、『本日の主役!!』と書いてあるタスキも用意。

 大人達には内緒で用意したこじんまりとした会にはなるけど、何もしないよりマシよ。


 コンコン、とドアがノックされる。


「どうぞー」

「失礼する。何なんだシルヴィア、私に用事というのは」


 ドアを開けながらお小言を言うマーリン。

 そんな彼に私達は言った。


「「「マーリン様、今までありがとうございました!」」」


 声を合わせてお遊戯会のような口調でクラッカーを鳴らす。クラブは風魔法で紙吹雪を舞い散らせ、拍手で出迎える。


「本当に何なんだコレは」

「ビックリしましたお師匠様?今日はお師匠様の送別会です!」


 タスキをかけてあげようとするが、背が高くて届かない。

 ぴょんぴょん飛び跳ねているとソフィアが椅子を持ってきたので踏み台にして首にかけた。

 主役は状況を飲み込めてないようなので手を引いて席に案内する。


「私達が何も知らないと思いました?子供だからといって舐めてちゃダメですよ。シルヴィアイヤーは地獄耳なのでこういう情報はすぐにキャッチするんです」

「……知っていたかいソフィア?」

「……初耳です」


 そこ二人、うるさいよ。


「送別会ということは既に旅立つ事を知っていたのか君は」

「えぇ。ですからささやかではありますが、このような会を設けさせていただきました」


 会場が子供部屋だと食堂みたいな大掛かりな料理は用意できなかったし、派手なものを準備しようものなら両親経由でマーリンにも情報が漏れそうだったので簡単なサンドイッチやサラダといった軽食が並んでいる。

 お菓子は私のお小遣いで揃えました。


「子供主催なのでこじんまりしてますけどお師匠にはこのくらいが気が楽かと思って。プレゼントも用意してあるんですよ!」


 ぶっちゃけ、子供の私と違って大人のそれも天才魔法使いが必要そうなものなんてわからなかった。

 なのでプレゼント選びには苦労させられた。


「クラブからは小型ナイフ。お師匠が使っているのはかなり年季が入っているので新品を、ソフィアからはタオルセット。名前の刺繍入りを」


 思い出の品や大きな物は荷物になって旅の邪魔になるから実用性第一を考えた。

 子供のお小遣いもそんなに多くはないし、急遽準備したから高価な物は買えなかった。

 私だってチーズケーキを買ったり、飾り付けに必要な物を買ったりしたせいで高い魔法道具には手が出せなかった。

 だから非常に困った。一番弟子である私がそれでいいのかと。

 お師匠様に深く私といういずれ偉大な存在になる弟子を刻み込むにはどうしたらいいか。魔法使い的な観点から見直してみた。

 そしてたどり着いたのだ。


「私からはこの髪の毛を使ったお守りです!」


 以前にソフィアに持たせて事件解決の突破口になったアイテム。そのバージョンアップ版だ!


「……やっぱりアレなんだ」

「……お嬢様ぁ…」


 家族からは散々気味悪いと、エースやジャックは呪われそうだからいらないと言われた一品。

 だが、お師匠様からすれば極上のマジックアイテムではなかろうか。


「いらん」

「そんなぁ⁉︎」


 ペイって、ペイってされた!


「うぅ……やっぱり血液を固めた結晶か、抜けた乳歯を使ったイヤリングの方が……」

「……………やはりそれを貰っておこう。だから余計な考えは忘れてくれ」


 はたき落としたお守り袋を嫌そうに拾うマーリン。

 なんだよぉ、せっかく伸びた髪の一部をまた切って用意したんだよ。新鮮なんだよ。


「君には驚かされてばかりだ」

「サプライズですからね!」


 あれだけ私を罠に嵌めてニヤニヤ笑っていたお師匠様だ。その仕返しは上乗せしてやらないとね。

 やられたらやり返す!倍返しだ!


「ささぁ、お酒はないけどジュースと紅茶なら用意してあるので存分にお楽しみください。送別会の最後には私達三人による歌の贈り物もありますのでご期待を」


 曲名は卒業式の定番曲。我が師の恩ってフレーズがピッタリだと思った。

 この世界の曲でも良かったけど、広く知られているのって童謡や吟遊詩人風の物ばかりだったので選択肢から外しました。


「いいや、それには及ばない。何より先に誤解を解かなくてはならないからだ」

「へ?」


 お行儀悪く顎に肘をつくマーリン。

 苦虫を噛み潰したような皺のある顔でため息が漏れている。

 嫌な予感が……まさか旅に出るのはまだ先とか⁉︎それとも実は旅にはもう出ませんとかってオチ⁉︎


「旅には出る。悲しませまいと直前まで黙っておくつもりだった」


 その言葉を聞いてホッとしたのも束の間。

 ならどうしてそんな表情を?



 ………はい?


「伯爵夫妻に話は通してあるし、許可も頂いた。荷物は既にまとめてあるそうだ」

「そんな気はしてたよ……姉さん」

「やっぱり……お嬢様」


 ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎


「私、そんなの聞いてないんですけどぉ⁉︎」


 ですけど⁉︎


 ですけど…


 ですけど……


 ですけど…………




 屋敷内に私の絶叫が木霊した。



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