第17話 こんな魔法聞いてない!!

 

「「お誕生日、おめでとう〜!!」」


 口笛や拍手が鳴り響き、紙吹雪が宙を舞う。

 笑顔で待ち構えていたみんなの安全を確認して私はヘロヘロと膝から崩れ落ちかけた。


「君がいつも言っているドッキリ大成功、というものだな」


 それを支えてくれたのはニヤニヤ顔のマーリン。


「お師匠様もグルなんですか?」

「そうでなければ日暮れまで君を屋敷から遠ざけない」


 嘘ばっかり。普段の行いが悪いから信用性無いんですよ!思いつきで山登りとかしているじゃん!


「おめでとう姉さん」

「おめでとうございますお嬢様」

「オレも祝いにきてやったぞ」

「俺もいるよ」


 家族に屋敷のみんな。見覚えある金髪と銀髪の少年もいるけど、王族がなんで揃ってこんなところにいるの⁉︎


「僕が誘ったんだ。相談したらお二人共乗り気になってしまって」

「仕返しだ」

「大切な友人の誕生日だから祝わなくてはね」


 ほほう。このサプライズはクラブ主催なのね。

 でも、いつの間にジャックやエースと連絡を取り合ってたのよ。友達の友達感覚じゃなかったの?

 男の友情ってやつもあるかも知れないわね。将来有望なショタ達の……げふんげふん。私にそういう趣味はない。


「お昼に見た時は何もなかったのによくこんなに飾り付けしたわね」


 食堂内は折り紙で飾り付けしてあったり、花が置かれている。垂れ幕に『シルヴィア 7歳』と書いてあったり、ホームパーティー会満載だ。


「企画は僕だけど細々した準備はソフィアがしてくれたよ」

「なんといってもお嬢様へのお祝いですから、気合を入れて用意しました」

「ありがとうソフィア」


 胸を張るソフィアの頭を撫でてあげる。

 料理長や他の使用人達が茶化すが、ソフィアは顔を真っ赤にして俯いている。口元がニマニマしてるから尻尾で生えていたらブンブン振っているだろう。


「私の誕生日か………」


 前世の私の誕生日ではなく、シルヴィア・クローバーの誕生日。

 そのせいで実感が湧かないが、こうしてみんなが祝ってくれていることは嬉しい。

 元のシルヴィアの意識がどうなったかはわからないが、彼女の記憶が残っていないということは…… ………やめておこう。

 家族にとってのシルヴィアは今の私だ。私にとっての家族も今ここにいる人達。


「よく誕生日を迎えてくれたね」

「おめでとう私のシルヴィア」


 皺の深い男性とちょっと化粧が濃い女性。

 この屋敷の主人とその妻。


「ありがとうございます。お父様、お母様」

「今年は特に嬉しいなぁ」

「そうね、あなた」


 二人して私をギュッと抱きしめる。

 両親からすればシルヴィアという命は病気で失われてしまうかもしれなかった。それが奇跡の復活をして誕生日を迎えた。

 日頃はガミガミと煩いお母様の目尻も今日は湿っぽくなっている。


「私、苦しいわ」

「まぁ。可愛げがない子ね」

「そんな子はもっと抱きしめてやろう」


 抱きしめられるだけじゃなく、抱きしめ返す。

 口には出さないけど、本当に感謝しているよ?こんな私を受け入れてくれていることに。

 今後も多大な迷惑をかけるだろうけどよろしくね!


「微笑ましい光景だね」

「そうだな兄上」


 しばらく抱き合ってから改めて会場を見渡す。

 この一年近くで私は自分がシルヴィア・クローバーであることが誇らしく思えるようになった。

 ゲームの悪役令嬢ではなく、私自身として、クローバー家の一員として。


「シルヴィアお嬢様。こちらに料理も用意していますよ」


 料理長が手を指す方には日頃お目にかからない豪勢な料理が並んでいた。

 鳥が……チキンが丸々一頭焼かれてる!白髪おじいちゃんのフライドチキンがご馳走だった前世。それが、こんな美味しそうな物を食べられるなんて!!お貴族様サイコー!


「ケーキは料理長の私ではなく、王子達がお城からわざわざ運んできてくださったものです」


 一際大きな存在感を放つ二段のケーキ。ちゃんとチョコレートでできた名前のプレートまで付いている。


「ジャックがケーキを作らせたんだよ」

「ふん。食い意地が張っている貴様のことだ。ただのケーキではつまらんからとびきり豪華なものを用意してやったぞ」


 腕を組んで偉ぶるジャック。それとそれを誇らしげに紹介するエース。


「ありがとうジャック。私、貴方のそういうところが好きよ」


 ジャックの手を取り、感謝を伝える。

 ひゃっほーい!結婚式でしか見ないようなサイズのケーキでございますわよ!!

 これ、全部喰ってもいいかな?いいよね⁉︎今日の主役は私なんだし!


「………ふんっ」

「よかったじゃないかジャック」

「……まぁな」


 チキンにケーキ!チーズフォンデュっぽいのもあるよ!


「料理長いつもありがとう!大好きよ!!」

「………兄上」

「うん。まぁ、予想通りだね」


 ありがとう料理長とその部下達。

 もうね、みんな好き。私の好物ばかりだよ。


「姉さん、プレゼントもあるから食後に渡すね」


 これだけのサプライズと食事もあって、更にプレゼントまで貰えるの?誕生日最高じゃない。

 私は席ついて楽しく食事した。

 大人達は少しお酒を嗜みながら、子供達はジュースを飲む。

 いつもなら食事の場所が違う使用人達も今日は無礼講で一緒だ。ソフィアとケーキを『あーん』し合う。

 お互いに食べさせ合う文化がなかったのか、みんなが目を丸くしていたけど、酔ったお父様がお母様にケーキを差し出してお母様もそれに応じた。

 この調子なら弟か妹が増えるのもそう遠くないかな?


「美味しいですねお師匠様!」

「あぁ、そうだな……本当に」


 無愛想なマーリンの口角がわずかに上がる。

 私をいじめる時にしか笑わないのに珍しいなぁ、と思いつつチキンを頬張る。

 既に口の中はパンパンなのに頬を膨らませる私に対してジャックが「リスみたいで面白いな!」と言ったのでジャックの皿のチキンも奪った。

 行儀が悪いとお母様に叱られて、会場が笑いに包まれたのであった。


「じゃあ、食事も済んだしプレゼントを渡そうか」


 使用人達が片付けをしている中クローバー家、王子二人とマーリンで談笑しているとエースが提案をした。


「最初は俺から」


 トップバッターのエースから渡された箱を開くと、中身はティーセットだった。カップには花の模様が刻まれている。


「シルヴィア主催でお茶会を開くこともあるだろうからね。作ったのは俺も愛用している職人だ」

「ありがとうございます」


 そっか。いつもお呼ばれしているだけだが、私も開かないといけないのか。招待状とか書くの面倒くさいんだけどね。

 エースは毎回、全員分を手書きしているとか。数十人以上ありますよね?代筆とかしないの?とは思ったけど、王子自らが誘ってくれたという形がみんな欲しいらしい。

 アイドルが送ったメッセージカードとかメールって大切に保存してる人達と同じ感覚かな?


「次はオレだ。ありがたく受け取れ」


 ジャックがくれたのは香水だった。可愛い形の小瓶に入っている。


「貴様はいつも食べ物か泥の匂いがするからな。母上とお揃いのものだが、悪くはないだろう」

「お、王妃様と同じ香水⁉︎……シルヴィア、後で少し貸しなさい」


 おふぅ。私じゃなくてお母様が興味を示したよ。わかったから興奮するの抑えて。

 ……香水ねぇ。身だしなみには気をつけていたけど香水は使ったことなかったかも。女子高生の頃も消臭剤は無臭のものばかりだったし。

 色気より食い気だから、自分の服から焼肉の匂いとかがするのってまぁまぁ好きだったのよ。

 でも、これは王族御用達の香水。貴族のトップで貴族の流行最先端を突き進む女性と同じ品って考えるとワクワクするよ。


「次は僕だね。前に姉さんが欲しがっていたものだよ」


 クラブが用意したのは本達だった。

 中身はエルフと恋に落ちた旅人のお話。寿命や生きる世界の違う二人が世間の波に呑みこまれまいと奮闘するという物や、悪役令嬢本が多数。


「こんなにいいの?」

「いくつかの本は前の家のものだし、姉さんには日頃からお世話になっているから。お父様とお母様にも手伝ってもらって探したんだ」


 クラブが両親に顔を向けると二人も頷いた。

 じゃあ、この本達は家族からの贈り物っていうまとめかな。装丁が豪華なものってそれなりなお値段がするもの。

 ゲームや漫画はないけど代わりに本をよく読むようになったから凄く嬉しい。悪役令嬢本については今後の参考にさせてもらおうか。

 でも、クラブが両親と選んでくれたのか……最初はあんなによそよそしい態度だったのが嘘みたいに馴染んでいる。今では私抜きで食事に行ったりもしているみたいだし。

 私はマーリンにしごかれているのにね!


「お嬢様、私からはこちらを」


 片付けの合間にソフィアがハンカチを渡してくれる。

 クローバー家の家紋と私の名前が刺繍してあるものだった。


「私の手作りです」

「えぇ⁉︎こんな職人が作ったみたいなものを?」

「ちょっと失敗はしましたけど」


 よく見るとソフィアの指先には包帯が巻いてあった。

 いつも朝から晩まで忙しなく働いている中で作ったのだろう。

 手作り……ソフィアの手作りハンカチ。


「このハンカチ、一生大切にするわね!」

「普通に使ってください。ダメになったらまた新しい物を作りますので」


 えぇ〜。勿体ないよ。

 これは大事に飾っておかなきゃ!という考えはバレバレだったのかソフィアがじっーとこちらを見てくる。

 あっはい。使います。早速、今日から使います。

 他の使用人達からもお菓子や私が遊ぶようの手作りのおもちゃをくれた。

 この食堂に入る時になったパーン!という音は私が前に作った紙鉄砲だったようで、大きいサイズの紙をくれた使用人もいた。


「あとはお師匠様だけですね」

「それだけ貰っておいてまだ欲しがるのか君は」


 私の両手いっぱいにプレゼントがあるけど、まだこの鬼コーチからは貰っていない。

 流石に何も用意していないってことはないでしょ。サプライズ企画にも参加しているし、パーティーで食事も食べたんだから、その分のプレゼントをいただきますよ!


「まぁ、用意はしてあるが」


 期待はしてないですけどね?

 どうせマーリンのことだから勉強道具や筋トレグッズをくれるんでしょ?実用的だから明日の鍛練から使ってみよう!的なものを。

 何でもかかって来いや!と待ち構える私に対してマーリンは「外に出よう」と誘ってきた。

 ……室内に置けないサイズの物なんです?巨大トレーニングマシーンとか?私、流石に耐えきれないですよ。無理無理死んじゃう。


「いったい何を用意したのですかお師匠様」


 私とマーリンに続いて他のみんなもついてきた。

 しかし、庭には何もない。満点の星空と静寂だけがあった。


「物ならば他の皆が渡すと思った。だから私は魔法使いらしいことをしてみよう」


 マーリンは杖を地面に突き刺すと、魔力を流し込んだ。

 いつの間に用意していたのか庭にはかなり大きな魔法陣が浮かび上がる。


「見よ、魔術師マーリンの大魔法を!!」


 魔法陣から光が溢れて出す。

 するとその中から半透明な鳥や馬達が現れて夜空へと飛び上がって行く。

 色とりどりの光達が屋敷の空を駆け回り、光が尾を引いて幻想的な風景を描く。

 夜空というキャンバスが次々に顔を変える。プロジェクションマッピングを思い出すけど、こちらの方がより何倍も美しく、神秘的だ。星々の輝きが合わさってより眩しい。


「こんな魔法があるなんて……」


 日頃から教えられているのは自衛の手段や生活に便利なものばかり。

 この芸術品のような魔法には何かを壊すことも燃やすことも出来ないかもしれない。

 でも、こんなにも人の心を揺さぶるような幸せな魔法は他にないかもしれない。

 私の心はこんなにも昂っている。ココロオドル。


「そろそろフィナーレだ」


 みんなが唖然としながら見ていた魔法で作られた生き物達が遥か天高く、一箇所に集まって行く。

 そして大きな一つの塊となって弾けた。


「花火……」


 七色の光を撒き散らしながらゆっくりと消える。

 最後の光の粒子が消えると、そこにはいつも通りの星空が当たり前にあった。


「ふぅ。これだけの規模だと消耗が激しい。改良の余地があるな」


 余韻に浸る中、当の本人は納得いかない部分があったのか反省会を始めてしまった。

 私はそんなお師匠様の腰に飛びついた。


「ねぇねぇお師匠様!今の魔法何⁉︎凄い!凄くキラキラしてて綺麗だった!もう最高だった!私もあれやりたい!!沢山のエカテリーナちゃんを出してあれやりたい!教えてよお師匠様!!」

「少し落ち着きなさい。早口で言わなくてもいいから」

「わーたーしーもーあーれーやーりーたーいー」

「駄々っ子かね君は」

「子供ですから!」


 おねだりする私を引き剥がす師匠。

 だって、こんなの予想外過ぎるよ。魔法使ったショーなんて。


「心配せずとも君ならできるようになる。やっていることは普段の魔法の応用だ」

「本当ですね?私、明日からも張り切って頑張ります!!これからもよろしくお願いしますね。お師匠様!!」


 口々に感想を言い合うみんなと、今後の目標が一つ増えた私。

 ぽりぽりと困ったような顔で頬をかくマーリンの一言は浮かれ上がる私達の耳には届かなかった。










「最後の魔法のつもりだったのだがな」




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