第16話 大変、実家が大ピンチ!

 

「それでは……始め!」


 クローバー家の屋敷の庭。

 穴ぼこだらけになったその場所で、ソフィアの掛け声が聞こえる。

 私の目の前にいるのはクラブ。真剣な目がこちらを見ている。


「いくわよ!」


 手を前にかざすと野球ボールサイズの火の玉が飛び出す。

 真っ直ぐにクラブ目掛けて飛んで行くソレに当たれば大火傷間違いなし。当たればの話だが。


「ふん!!」


 クラブが腕を振ると強烈な風が吹き、火の玉はコントロールを失って遥か後方へ飛んで行った。何度か連続して撃ち込むけど効果なし。

 なら次は!と私は魔法を使う。地面に両手をつくと鉄砲水のような勢いで吹き出す大量の水。まだ小さなクラブの体ではひとたまりもない。

 大きな波がクラブを飲み込む。しかし、水が流れた後には無傷のクラブが立っていた。


「風の膜を張って受け流したのね。やるじゃない!」

「姉さんだって。さっきの水量にはヒヤッとしたよ」


 お互いに覚えた魔法を撃ち合う二人。

 属性の多さで見れば私の方が有利なんだけど、クラブは風魔法については群を抜く。

 おまけに同じ師から学んでいるならなおさらだ。


「いいぞクラブ。そのまま畳みかけろ」

「お師匠様!私の応援もしてくれていいんじゃないですか!」


 エコ贔屓でしょ!

 私はお父様からの正式な依頼だけど、クラブはついでよ。それなのに私より修行は楽だし、課題ができなかった時の罰もない。

 これは負けてられないわ!!

 私は回り込むように走りながらとっておきを使う。


「これが私の必殺!エカテリーナ砲!!」


 首に巻きつけていたエカテリーナちゃんを全力でクラブへと投げつける。

 当然、私が鍛え上げたクラブはエカテリーナに対する耐性もついていて、急に現れたとしても驚かなくなった。最初はお漏らししてたのにね?


「ただのヘビなんて!」


 風魔法でエカテリーナを吹き飛ばそうとする。甘いわね。

 エカテリーナちゃん、毒霧よ!

 一心同体である召喚獣とは以心伝心で指示が伝わる。


「プシャア〜」

「ちょっと姉さん⁉︎」


 飛来するヘビの口から紫色の煙が出れば慌てるもので、クラブは動揺した。

 色合いは恐ろしいけど、直接噛まれて毒を流し込まれるわけじゃないから効果は低め。吸ったり浴びたりすると少し痺れるくらい。

 風魔法と相性は最悪だから無効化される。エカテリーナちゃんの毒霧もクラブの魔法によって霧散した。


「よく防いだわね。お姉ちゃんは成長が嬉しいわ」

「僕は姉さんの行末が怖いよ」

「あら失礼ね」


 私の姉としてのプライドが負けを求めていないの。

 姉よりすぐれた弟なぞ存在しないのよ!!


「私に気を取られていたら噛まれちゃうわよ」


 その言葉にハッ!としたクラブが後ろを振り向くと、先程飛ばされたエカテリーナちゃんが至近距離まで戻ってきていた。

 前には私。後ろには蛇。挟み討ちよ!


「だったら、」


 私達から距離を取るために動くクラブ。

 そう、それを待っていた!

 移動する先はさっまで私が立っていた場所。水魔法が地面から出たところ。

 片手でも十分に発動できたのに両手を使ったのには訳がある。


「うわぁあああ⁉︎」


 狙っていたポイントに誘い込まれた標的は見事に地面に吸い込まれていく。

 土魔法で落とし穴作った甲斐があったわ。


「降参なさい」


 深さは二メートル。どう頑張ってもクラブの身長じゃ抜け出せない深さだ。もちろん安全には配慮して穴の底は柔らかい土にしている。

 泥だらけになるだけで済む設計でございます。

 クラブは両手をあげて降参のポーズをとった。


「勝負あり。勝者はシルヴィア」


 マーリンからのジャッジもあった。

 これで模擬戦の勝率は百パーセントのままね。


「助けてよ姉さん」

「はいはい」


 残った魔力を使って再び土魔法を発動させる。

 すると、クラブの足元の土が盛り上がってきて周囲と同じ高さに戻った。


「まさか落とし穴なんて古典的な罠にハマるなんて」


 悔しがるクラブ。いいね、その表情が見たかったのよ。


「今のはシルヴィアが一枚上手だったな。最初の火球も作戦か?」

「はい。短調な攻撃をして油断させたところで同時に魔法を使って仕込みました!」

「教育が行き届いているようでなにより」


 わーい!お師匠様に褒められた!


「大丈夫ですかお坊ちゃま」

「平気。だけど姉さんは兵士にでもなるつもりなのかな……実戦的過ぎて殺されるかと思った」


 タオルを持ってきたソフィアとクラブが会話をしているけど、私はマーリンからの高評価に喜んで聞いてなかった。


「この半年でかなりの腕前になった」

「そりゃあ勿論。私は勝たなきゃいけない相手がいますからね」


 この歳でこの強さ。今の私だったらゲーム主人公の初期状態にだって負けはしないはず。

 順調に行けばジャックやエースに取り押さえられることも出来なくなる。


「盛り上がっているところ悪いけど僕はこの後に予定があるから先に屋敷の中に戻るね」

「お嬢様、私も失礼いたします」


 いつもならここから反省会に移るのに、今日のクラブはあっさり去っていった。


「なんか最近クラブが冷たいんですが、お師匠様は何か知りません?」

「知らん。それより今日は領地内の山へ向かう。支度をして早く行くぞ」


 困り事や悩みがあれば相談に乗ってあげたいんだけどなぁ。

 姉弟になって半年も経つし、家族なんだから。


 マーリンに言われた通りに準備をする。

 日帰りなのでリュックサックだけでオーケー。エカテリーナちゃんを連れて行くのも忘れない。

 おやつを料理長に貰いに行こうとしたら何やら忙しそうで追い出されてしまった。

 私がいくつか提供したレシピのおかげでジャックやエースから気に入ってもらえた恩を忘れたか料理長!まぁ、つまみ食いはするけどね。


「なんだか屋敷全体が慌ただしいですね」

「そういう日もあるだろう。さっさと出発するぞ」


 強引に師匠に連れられて行く。

 目的地の山は私と師匠がよくキャンプのやり方や鬼ごっこをする場所だ。

 家事のほとんどをソフィアに任せているけど、屋外での野営なら私の方が得意。女子高生だった頃はインドア派だったけどアウトドアも悪くないと思い始めた。

 食糧探しもエカテリーナちゃんがいれば有害か無害か判別できるし。毒ありだと注意してくれるのよこの子。


 鬼ごっこはハードな訓練。お互いに魔法ありで召喚獣も使っていい。

 マーリンが出すワンちゃんには私の匂いが覚えさせてあるからそれから逃げるのに一苦労。ただ逃げるだけじゃなくて反撃も可。時間いっぱい逃げ切るかマーリンを捕縛することで私の勝ち。

 相手の行動パターンを読むことが大事なこの訓練は走り回るから足腰も鍛えられる。今なら全身に重りをつけてもいいかも。

 戦闘時に重い装備を外すキャラクターってなんだか強そうだから考えておこう。


 そうやって日が傾くまで山の中を動き回る。

 真っ暗な夜になると猛獣が出現して危険な目に遭ってしまう。マーリンが一緒なら負ける気がしないけど油断は禁物。

 人攫いに誘拐されでもしたらたまったものじゃないから。前科があるし私には。










 湖で水浴びをしてから帰路に着く。

 魔法を応用したら濡れた服も乾くから本当に便利だよ。ボタン一つで全部済む洗濯機には敵わないけど。

 でも、この世界だと魔法使いは全人口のほんの一部だ。誰でも使える魔法道具でもあれば文明が発達するだろうか。

 異世界転生先で文明進化なんて夢があるわ。まぁ、詳しい機械の仕組みや化学反応についてなんて専門のプロでもないとわからないわ。漫画やライトノベルで得た知識って実践するには説明不足だ。


 今日の訓練内容についてやエースやジャックから集めた貴族や世間の情勢についてマーリンと話しながら我が家に帰る。

 ただ、屋敷に着いた瞬間に違和感を覚えた。

 明かりがついていない。普段なら使用人や家族があちこちにいるのに真っ暗なのだ。


「お師匠様!」

「あぁ。とりあえず食堂へ向かう。あそこなら常に使用人の誰かがいるはずだ」


 昼間は料理長がいた場所。この時間なら家族の誰かが食事を摂っているはすだ。

 念のためにエカテリーナちゃんを臨戦態勢に移しておく。蛇にはピット器官があって熱で獲物を感知するけとができる。


「シャ〜」

「うん。食堂から大人数の反応を確認」


 全員が一ヶ所に集められるなんて怪しい。

 貴族という立場上、盗賊などの悪い連中から狙われることもある。

 慎重に屋敷内を進む。抜き足差し足忍び足。ステルス行動なんていたずらで磨かれている。

 そうでなくても影を薄くするのは日本で慣れた。


「シルヴィア、先に入るんだ。何かあれば援護する」

「了解しました」


 突撃の許可がマーリンから降りた。

 ならば私の役割は相手の注意を引きつけることだ。

 防御結界用の水晶玉も準備。エカテリーナちゃんもすぐ動けるように首に巻きつけておく。

 我ながらすっかり逞しく育ってしまたったと思う。

 息を潜めて勢いよく食堂のドアノブを掴み、開く!!


「みんな、大丈夫⁉︎」


 私が室内に入るとパーン!という音が鳴り響いたのだった。

 な、何⁉︎






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