第15話 スパルタなんて聞いてない!

 

「というわけで、もう耐えらないですわ」

「贅沢な悩みだな」

「なによー」


 がっくり項垂れる私を励ますでも労うでもなく羨ましがるドMが一人いる。

 銀髪生意気小僧のジャックだ。


「まぁ、マーリンが弟子を取らないのは有名な話だからね」


 その横で優雅に紅茶を飲んでいるのが兄のエース。

 今日の私は実家から遠く離れたお城の中に居た。二人の王子から遊びに誘われたのだ。


「四六時中私を監視してくるせいで自由が無いの」

「貴様の場合は見張りがいないと何をしでかすかわからんだろ」

「私はペットか⁉︎」


 ビシビシとテーブル越しにジャックの頭にチョップをお見舞いする。


「まぁまぁ。だからこうしてシルヴィアを呼んだんじゃないか」


 取っ組み合いに発展しそうな私達を宥めるエース。全員同じ年なのに一人だけ大人っぽく見えるのは日頃の気苦労からだろうか。

 まぁ、精神年齢的に言えば私が一番お姉さんなんだけどね!


「それについては本当にありがとうございます。おかげさまで今日は休養日にしていただけましたわ」


 王族直々に誘われては断るわけにはいかない。鬼スパルタコーチであるお師匠様も渋々許可してくれた。

 実家なのにお城の方が落ち着くとはこれいかに?


「だって、手紙の内容が日に日に荒れていたんだ。心配くらいはするよ」


 うぅ。愚痴を書きすぎて助け舟を出してもらうなんてまだまだ未熟ね私。


「兄上、いつの間にシルヴィアと文通を……」

「ジャックと二人で初めて遊びに行った後くらいからかな」

「ずるいぞシルヴィア!」

「私に言われても……」


 エースとのやり取りは両親に言われて遊びに来てくれたことへのお礼状を書いたら返事が来てそのままずるずると続いているだけなんだけど。

 まぁ、今は交換日記みたいな内容で気軽なやりとりをしているわ。


「それに、ジャックとやり取りすることなんて何もないもの」

「…………そうか……」

「シルヴィア、もう少し手心を頼む」


 いらない子呼ばわりされて撃沈した弟を見て頭を下げるエース。

 だって、同じ王子でも公務の手伝いをしたり老若男女に顔が広いエースの方が情報が集まりやすいんだもの。こっちが欲しいデータも分かりやすく整理してくれるし。

 どのルートに進行しても大丈夫なように保身のための下調べが大事なのだ。だからエースは利用させてもらう。

 ただ、このまま拗ねられて私を逆恨みするようになっては困る。


「でしたら、ジャック。私が欲しい情報や知識をくださいな」

「情報?何についてだ。国家機密とか難しい話は教えられないぞ」


 いや、国家機密とか知りたくないし。下手に知ったら国から狙われて殺されそうじゃん。そこまでして私を悪役にしたいのか君は。


「私が知りたいのは貴族間の噂話や学園の情報です。どちらもクローバー家の情報網では集めづらいので」


 世間情勢や貴族の横の繋がりに関する情報は生命線だ。派閥や民衆からの評価を把握しておかないと今後の身の振り方に支障が出る。誘われて友達になった貴族が実は大悪党だったなんてことになったらこっちまで疑われてしまう。ただでさえクローバー家は人相が悪人面なのだから。

 学園の情報は目立つものがあれば。入学がまだ先とはいえ、ゲームの知識とこの世界との差異をあらかじめ調べておきたい。マーリンに関する弱味の情報があればなお良い。


「ふん。そんなことなら容易い。オレに任せておけ」

「キャー、ジャック様ステキ〜(棒)」

「ふふん。そうだろう」


 胸を張って鼻を伸ばすジャック。

 王族の教育方針に変更があったみたいだが、ここまでチョロいと心配だよ。同じ条件でもエースとジャックじゃ頭の出来が違い過ぎるかも。


「勿論、シルヴィアもそれ相応の報酬を用意してくれるんだよね?」


 ぎくぅ。

 王族の情報網をタダで使わせてもらおうと思ったのに、エースが意味深な笑顔でこちらを見ている。

 私なんかの浅知恵なんてお見通しだって意味かしら?その年齢で腹黒いなんて将来が末恐ろしいです。


「兄上、別にオレはそんなもの」

「ジャック。タダ程怖いものは無い。情報は扱い方次第で凶器にもなる。見合った対価は必要だ」


 真剣な瞳に気圧されて、口ごもるジャック。

 そうそう。私の知ってるゲーム知識だって凶器そのものだし、今の段階からしたら予言書よ。

 ただ、対価って言われると困るんですけど。お金とかあんまり持ってないし。


「それでシルヴィア。君は何を提供できるのかい?」

「まずはこんなものかしら」


 おもちゃやマーリンから渡された魔法道具が入ったカバンの中から私は三角形に折ってある折り紙を取り出す。


「紙飛行機は前に見たぞ!」

「今回は違うわよ」


 手首のスナップを効かせて勢いよく折り紙を振るとパァン!!と音が鳴り響いた。


「「っ⁉︎」」


 突然の大きな音にその場にしゃがみ込む二人。

 こうかはばつぐんだ!ってね。


「これが紙鉄砲よ」

「ビックリしたぞ」

「驚かされたね……」


 クラブには作り方教えているし、屋敷内ではドッキリに何度も使っているため誰も反応してくれなくなったので気持ちいい。

 マーリンにも試したら作り方を根掘り葉掘り聞かれたので教えたら、翌日に超巨大な紙鉄砲で反撃された。風魔法を応用したら衝撃波まで発生して私は吹き飛ばされたのだ。あの師匠に余計な知識を与えると実験台にされるから教えてあーげない。


「驚きはしたけどこれじゃ足りないね」

「紙のおもちゃと貴族の交友関係では釣り合わないだろ。そんなことも分からないのかシルヴィア」


 グサってきた。ジャックに胸を抉られた。


「えぇ。今のはちょっとした冗談よ」


 言えない。あわよくば折り紙や割り箸鉄砲で済ませようとしたなんて。


「逆に聞きたいけど、私から何を知りたいの?」


 困った時の『逆に〜?』を使わせてもらうわ。

 私は知ってるけど、あえて聞かせてもらうわと切り返す。質問の返事が思い浮かばない時に使う常套手段で応戦よ。


「そうだねぇ。クローバー伯爵が領地拡大を考えているとか、爵位について不満があるか、後継者についてはどうするのか、他にもあるけど?」

「私の一存じゃ分からないわ。お父様もその辺りについてはまだ何も教えてくれていないもの。爵位だって今の状況を維持するので精一杯じゃないかしら」


 最近は特に忙しそうであちこちに出張している。お母様もその付き添いで家を留守にしがち。

 その代わりにソフィアやマーリンの監視の目が厳しい。クラブは特に変わった様子はない。


「そこは予想通りだね。ならシルヴィア、君についての情報が知りたい。好きな食べ物とか読んでる本、仲がいい友人や知り合いの貴族を教えてくれるくらいでいいよ」

「あら、それくらいならお安い御用ね!」


 本当に6歳なのか!とか属性についてとか、マーリンから教えてもらった魔法について聞かれたら答えられないけど、私の趣味嗜好ならペラペラ喋るわよ。


 エースは私の話を興味深く聞きながら時折、メモをとったりした。

 仲がいい人ってエースとジャックくらいしかいないしね。

 頼れる人物はお師匠様。癪だけど、知恵と魔法、経験は何枚も上手だしね。男性としてはだめだめね。


「最近はエカテリーナちゃんのお世話にハマってるわね」

「誰だそいつは」

 

 ジャックが聞き覚えのない名前に興味を持った。

 この二人にはまだ紹介してなかったわね。


「ちょっと待ってね。……この子がエカテリーナよ!」


 再び私はカバンの中に手を入れ、ソレを引き出す。


「シャ〜♪」

「「ヘ、ヘビぃいいいいいいいいいい⁉︎」」


 紙鉄砲の時以上に大きなリアクションが返ってきた。

 そう、私の召喚獣のヘビのエカテリーナちゃん。名付け親は私。セレブリティな名前でしょ?


「可愛いでしょ?」

「シャ〜♪」


 私に懐いている蛇は首に巻きついて頬擦りしてくる。

 チロチロ出てる舌はくすぐったいけど気持ちいい。


「あ、あんな極彩色のヘビなんぞ見たことないぞ」

「め、珍しいペットだねシルヴィア」


 青い顔をしてエースが褒めてくれる。

 自分の召喚獣が褒められるって悪い気がしないわね。


「この子は私が初めて召喚して契約した子なの。最近だと吐く火の勢いも増したし、毒液も垂らすだけで紙が溶けるのよ?」


 召喚獣の成長は呼び出した本人の力量によるので、エカテリーナが強くなったということは私自身が成長している証拠なのだ。

 分かりやすい物差しがあるとやる気が増すわね。


「……誰だアイツに毒ヘビなんぞ渡したのは」

「……鬼に金棒、虎に翼、シルヴィアにヘビだ」


 双子の王子が小声で何か話しているけど全く聞こえなかった。

 エカテリーナを撫でてあげると、益々首に巻きついてきた。


「折角だから二人にもエカテリーナちゃんと遊んでもらいましょうか!」

「は?ちょっと待っ」

「落ち着こうかシルヴィっ⁉︎」


 大丈夫!怖いのは最初ですぐ慣れるから!

 私は楽しそうに笑うエカテリーナちゃんを王子達に向かって投擲したのだった。















 シルヴィアが退出した後の部屋。

 疲れきったオレと兄上はだらしなくソファーに倒れ込んでいた。

 つい先程まで繰り広げられていたエカテリーナと呼ばれるヘビとの鬼ごっこ。捕まれば捕食されて死ぬと覚悟した悪夢は時間切れで幕を下ろした。


「生きてるか兄上」

「ジャックの方こそ」


 遊べば魅力に気づくから!と一方的にヘビを投げつけてくるシルヴィア。こちらに巻きつこうとしてくるヘビ。

 アイツの首に巻き付いている姿はまさに捕食者だった。舌舐めずりまでしていたのだから余計に恐ろしい。

 オレは虫や動物は得意だがヘビは無い。アレは危険生物だろう。そういったものに耐性が薄い兄上は特に疲弊したはずだ。


「まぁでも、有益な情報は手に入ったね……」

「何かあったか?伯爵については何も分からなかったし、ヘビが恐ろしいことしか気づかなかった」


 情報の取り扱い方よりもインパクトが強かった。次からアイツのカバンに不用意に近づくのはやめよう。話によると外出時もいつも連れ歩いているようだ。先が思いやられる。


「シルヴィアは意中の殿方がいないようだ。まだ縁談の話は無いようだし。これは大きな情報じゃないか」

「はっ。兄上らしい……最初に伯爵の話をしたのもそのためか?」

「勿論。はじめに大きな要求をして断らせ、そのあと小さな要求をするのは交渉の基礎だよ」


 随分と狡猾な男だ。

 オレは聞き流していたが、兄上はキチンと必要事項をメモしていた。ヘビから逃げながらもそれは大事に握り締めている。


「兄弟だからって遠慮はいらない。駆け引きだって競争だぞジャック」

「負けないさ。兄上にだって譲りたく無いものはある」


 今はリードされているがいつか必ず。

 そのためには頼まれていた情報を集めに行こうか。





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