第13話 筋トレなんて無理!

 

 前略、名前も思い出せない日本のオタク友達へ。

 ある日、突然【どきメモ】の悪役令嬢シルヴィアに転生した私ですがピンチです。


 追放エンドのクラブ。

 投獄エンドのジャック。

 処刑エンドのエース。


 そして新たに敵陣営筆頭のマーリンが加わったよ。八方塞がりだよオワタ(゜ω゜)


 私はただ、貴族の令嬢として優雅に暮らして素敵な旦那様と結ばれて庭付きの家でゆっくり老後を過ごせればそれでいいのに……

 どうしてこんな目に合わなくちゃならないのだろう?とか考えるのは辞めた。

 出会った事は仕方ないし、いつフラグが発生するか不明だけど悪い子達じゃないのだ。

 いずれ出会う主人公にだけ負けなければそれでいい。そうすればきっといつか心休まる日が来るだろうから。


「だから今は筋トレを……お腹にくる…っ」

「あと一分踏ん張るんだ」

「もうダメっ」


 実家の庭で大の字で倒れる私。

 そんな私を見て「はぁ…」とため息をつくのは先日の誘拐事件で知り合った魔法使いマーリン。

 汗だくな私に対して涼しげな表情。なんならソフィアが淹れた紅茶を飲みながら茶菓子を食べているくらい。


「そんな調子では最高の魔法使いにはなれない」

「……誰もそこまで頼んでないです…うぅ…」


 この天才魔法使い、期限付きで私専属のコーチに就任したんです。

 ジャックがマーリンの事を知っているように、かなり有名人らしく、お父様が話を持ち込んだ。

 報奨金は弾むし、ウチの娘は珍しい四属性持ちだからと私を売ったのだ。

 例え金で買収されたとはいえ、マーリンの弟子になったと噂になれば私の価値はそれなりに上昇するとか。この父親、私を出世のための道具としか見ていないのか……まぁ、家族や将来の安寧の為に私だって頑張りはするけどね。


 マーリンも光の巫女探しがあるから断りたかったけど、手がかりも探す宛もないから情報収集をしつつの片手間ならとOKした。

 四属性持ちが珍しくないの?と聞いたらマーリンだって四属性持ちだった。それに加えてオリジナルの便利チート魔法(ゲームでは大変お世話になりました)があるからそんなに興味ないという。


 光の巫女ねぇ。今はどこ探しても見つからないと思いますよ?まだ魔力に目覚めていないし。しかもそんな遠くない場所の田舎にいるし。

 しかし、ゲームの情報を教えてしまって万が一にでも主人公の覚醒が早まるなんてあっては困る。なので、マーリンには何も話さずにブラブラしてもらおう。何なら、原作開始時にうんと遠くへ行ってもらおうとすら考えてます。


「私が指導する以上、中途半端だと私の名に傷がつくからね。首席代表くらいにはなってもらわないとね」


 同じ学年にエースがいる時点で詰んでるのですが。

 執務の手伝いをしながら勉強と魔法の鍛練しているハイスペックチートに小悪党な悪役令嬢が勝てると思っているんですか?中身は私なんですよ⁉︎


「だからって、魔法も使わずに筋トレって……」

「健全な肉体にこそ良質な魔力は宿る。一流の魔法使いには太っている奴も不健康な奴もいないんだ」


 魔法使いって運動出来ない人が後方から魔法を撃つだけだと思ってました。

 それなのにアスリート気質とはいやはや。

 遊びや怠けることに活発的だった私にとって、ただ肉体をいじめ抜くことは拷問に等しい。

 勉強して新しい知識を頭に入れるのは好きだよ?でも、これは体育の授業と同じだよ。運動部ってマゾヒストなの?帰宅部バンザイ。


「理解したら立ち上がってもう一度最初からだ。このトレーニングが終わらないと次へは行けないぞ」

「………マジすか」


 これ、準備運動扱いだったの?

 もう二の腕や太ももがプルプルしているんですが。

 もちもちツルツルの幼女ボディーの限界地点に達しているんですけど。


「きゅ、休憩を……」

「今休憩しているじゃないか。さぁ、そろそろ立ち上がるんだ」


 休憩じゃないわい!動けなくて倒れているんです!!

 この男、ソフィアを助けるときはあんなに協力的で素敵な大人に見えたけど、指導者としては底辺クラスだよ!

 そういえばゲームでも次にすることと、やらなきゃいけないことを教えるだけの案内キャラでしたね。

『次はあれをするんだ』とか『○○へ向かうんだ』って感じでした。そのくせに主人公がピンチになると颯爽と現れて見せ場を掻っさらう。美味しいキャラクターですね!(精一杯の嫌味)


 今に見ていろ。自分が鍛え上げてしまった悪役令嬢にお目当ての巫女がけちょんけちょんに負けてピーピー泣かされる様を。

 その時に『勘弁してくださいシルヴィア様。このマーリンが悪かったですっ〜』と土下座させてやるんだから。


「ふふっ。再開いたしましょうか。よろしくお願いしますわお師匠様」

「よし、勝手に休憩したペナルティーとして君にかかる重力を倍にしよう。サボるごとに負荷が増えていくから充分に注意することだ」

「勘弁してくださいお師匠様。シルヴィアが悪かったです。手心を……」


 九十度より深いお辞儀。お願いする時は頭を下げましょう。

 安いプライドなんかはその辺のワンちゃんに食べさせるのです。


「安心してくれ。サボらなければ罰はないんだ。それでは再開だ」


 それができれば苦労はしないんですよ!

 マーリンが杖を振ると、私の体が急に重くなった。

 問答無用で魔法がかけられてしまったようだ。

 ただし、ここで口答えしようものならまたペナルティーとして負荷が増加しそうなので歯を食いしばって筋トレを再開する。

 このままのペースで修行すれば学園に入学する頃には立派なメスゴリラになってしまいそうなんですが、その責任は誰がとってくれるのでしょうか⁉︎











「如何ですか我が娘は」


「とても元気なお子さんだ」


 伯爵に尋ねられたので、私は素直な感想を述べた。

 毎日毎日、よくもまぁ自分から墓穴を掘ってペナルティーを増やすなぁと思う。

 非効率的な思考回路を彼女はしているようだ。


「令嬢らしい落ち着きさえ持ってくれればいいと妻共々思っているのですが」


「お言葉ですが、あの気質は直らないと思います。まぁ、上手く猫をかぶれるくらいにはなればと考えていますが」


 普通、一度や二度のペナルティーを受ければ反省するだろうに、彼女にはその兆候が感じられない。むしろ、自ら罰を受けに行っている様子さえ感じられる。

 歳の割に落ち着きや利発性があるかと思えば、貴族らしくない行動力を持ち合わせている。


「そうですか……」


 伯爵は肩を落とした。この人も苦労している。

 後天的魔力発生病から奇跡的に回復したかと思えば記憶喪失になり、別人のように落ち着きがなくなった。

 いく先々でトラブルを巻き起こし、その度に損害だけではなく利益ももたらす。

 現に、この国の次期後継者である王子達と親交があり、この私の弟子になっている。

 同世代の中では頭ひとつ以上抜きん出て注目されているだろう。


「多重属性持ちは珍しい分、狙われやすい。どこの国や組織も手に入れたいと思っていますし、一般の魔法使いからすれば異質な存在にしか思われない。……そこに才能が加われば厄介者として満点の扱いを受けるでしょう」


 かつての私がそうだったように。

 神童・麒麟児と呼ばれれば良いように聞こえるが、実際は同年代との関わりは無く、突出した存在は集団から弾かれる。

 旅を始めた頃は何度命の危険があったことか。


「マーリン殿。私はね、娘には大成して幸せな生活を送ってもらいたいと思うのですよ。しかし、その為にはこの家は狭すぎる」


「というと?」


「光の巫女の件。クローバー伯爵家は全力で協力しましょう。神の啓示を手助けしたとあれば我が家の格も少しは上がるでしょう」


「お心遣い感謝します」


「えぇ。それなので是非娘をよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる伯爵。

 いくら名声があろうと、世捨て人として旅をしていた自分に貴族が頭を下げるのがどれだけ屈辱的なことだろうか。

 それでも娘のことを思うこの男はどれだけ愛情深いのだろう。

 そして、その姿は間違いなく娘であるシルヴィアにも受け継がれている。


「お任せください伯爵」


 あの日、あそこまで必死に友達のことを思う彼女に思わず手を貸してしまった。

 貴族であることを知って更に驚いた。

 この子なら、私とは違う道を進めるかもしれないと思った。


 さて、光の巫女が見つかるまでだが彼女はどう成長するのか楽しみだ。

 まずは明日からのトレーニング負荷を倍にしてどこまで耐えれるかを調べるとしよう。






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