第11話 ソフィアを助けなきゃ!
いてもたってもいられなくなった私は待合所を飛び出した。
後ろで静止を呼びかける声がしたけど、待ってなんかいられない。
幸いにも窓口の人は誘拐犯のザックリした特徴を覚えていてくれたので、それを頼りに探せばいい。
人混みの中を掻き分け、首を左右に振りながら走る。
とにかく急がないと何をされるかわからない。
「ソフィア!どこにいるのソフィア!!」
こんな探し方で見つかる確率は低いけど、こうでもしないと自分が落ち着かない。
頭の中がパニックになっていたのだ。それでもじっとしていられない。
「………ソフィアぁ」
走り始めてから何度躓いてこけただろうか、膝には擦り傷ができている。
既に日は沈みきって、辺りは暗くなって来た。
そばかすがチャームポイントのメイドは今、何をしているだろうか。
貴族のご令嬢だと勘違いされて、身代金を要求するために丁寧に扱われているならまだいい。
一番怖いのは間違いで攫ったとバレて口封じのために乱暴なことや殺されたりすること。
この予想だけは絶対に当たってほしくない。
ソフィアはこの世界で一番最初に仲良くなった子で、いつも私を助けてくれる大切な友達だ。
記憶喪失になったのに一から丁寧に教えてくれたし、無知な私が少しでも理解できるようにノートにまとめてくれた。
クラブのことを良く思っていなかった使用人達を説得して、仲直りさせたのも彼女だ。
ゲームに出てきたモブキャラでもない。今の私、シルヴィア・クローバーにとってかけがえのない存在なんだ。
「私が、私が助けないと」
重くなってきた足に力を入れて、また一歩踏み出す。
止まるんじゃねぇぞ私。この道の先にソフィアがいると思って進むんだ。
心は折れていないけど、所詮はまだ10歳にもなっていない体。石畳みのちょっとした段差でこけてしまいそうになる。
「おい、大丈夫か?」
地面とキスするはずだった私を誰かが受け止めた。
荒い息を吐きながら顔を上げると、黒いツンツン髮の青年がいた。
「何を急いでるか知らないが、ボロボロで怪我している。無茶をしない方がいい」
そんな心配される程だろうか?
うん。服の一部が真っ赤に染まってる。立ち止まって傷口を見ると、まだダラダラと流れていて痛い。
痛みを自覚すると更に痛くなった気がする。
「友達が、大切な友達が、連れ去れ……て、誘拐されて」
初対面の人に現状をペラペラと話してしまう。
衛兵達が町中をくまなく探していることも。
精神的な痛みと肉体的な痛みのせいで心が弱るのを感じた。
「そうか。……君、連れ去られた子に縁ある品とか持っていないか?」
そう言われて、私は自分の手荷物を漁った。お土産や髪留め、紙飛行機や竹トンボにベイゴマに……ゴミばっかり入っていた。
それを見た青年は少し苦笑いをした。
私だっていつもはキチンとしているんですよ?ただ、クラブやジャック達から貰った物を捨てるのも忍びないので持ち歩いているだけで。
「あの、私の髪は使えませんか?」
「君の髪?どうしてだ?」
少し前にエースから何度目かのお茶会に招待された。そして、そこで今の流行を聞いたのだ。
自分の好きな人、大切な人に髪の一部を入れたお守りを渡すと。
バレンタインチョコに自分の一部を食べてもらうと恋愛成就!っていうおまじないは日本で知っているが、それと似たようなものみたい。
魔法や儀式がある世界だから信憑性は高いと思って家族全員に配ったのだ。
両親には気味が悪いと言われ、クラブからは「姉さんの一部とか逆効果なんじゃ……」とも言われ、「仕方ないですね」とソフィアだけが受け取ってくれた。
「だから、私の髪だったら」
「髪の毛は魔術的に大きな意味合いを持つ。いいだろう。なら君の髪を少し分けてくれ」
青年から果物ナイフを渡される。
髪を切れって意味だろうけど、どのくらい必要なのだろう。多いに越したことはないよね?
「えいっ!!」
勢いよく、私は髪を切り取った。
原作のシルヴィアみたく長ったらしく伸ばしていた髪を前世の、肩口までの長さに切る。
「これで、私の友達を探してください!」
「これだけあれば十分だ」
青年は私の髪を受け取ると地面に石筆を使って何かを描き始める。
しばらくして私は、それが魔法陣だと気づく。
魔法陣って、精霊とか使い魔を召喚するアレだよね⁉︎
原作においてピンチに陥る主人公が土壇場で成功させ、大逆転へのキッカケになるのが召喚魔法陣。
BGMもさながら、光り輝く魔法陣から純白の白馬が登場したのは記憶に強く残っている。
それと同じものをこの青年は用意しているのだ。
「いでよ、我が召喚獣!」
名シーン再現。魔法陣から出てきたのは……
「ワン!」
目元が凛々しい大型犬だった。
ドーベルマンとかシェパードみたいなカッコよくて警察犬や猟犬に飼われているタイプの子だ。
「こいつは鼻が良く効く。物理的な匂いもだが、魔術的に魔力を判別することも可能だ」
そう言ってワンちゃんに私の髪を近づけると、パクリと食べてしまった。
「髪の毛なんて食べちゃって大丈夫なんですか⁉︎」
「使い魔は魔力を糧に活動する。髪は魔力が宿る部分だから問題ない」
はへー。髪は女の命というが、この世界だとそれ以上の価値がありそうな……
待てよ。じゃあ、髪が薄いおじ様達ってどうなるんだ?加齢か心労か、お父様の頭部に変化が訪れている今なら?
なんてアホなことを考えている間に、ワンちゃんは周囲を嗅ぎ周って吠え始めた。
「こっちのようだ」
その方向は町の外側。
衛兵達の捜索範囲はまだ町の中で収まっている。
町の出入り口にも衛兵はいるけど、既に出た後だったみたい。
「ここを通ったようだな」
町にはぐるりと石の壁があるが、その崩れた切れ目を使って逃げたようだ。
空き家や廃屋が近くにあった。
「ワンワン!」
ついてこいよ!とコチラをちらちら確認しながら走るワンちゃんを追う。
見ず知らずの青年と十数分走ると倉庫らしき建物が建ち並ぶ場所についた。
「冬や災害時のために町ぐるみで用意している倉庫だな。確かに隠れ場所にはもってこいか」
いくつかある倉庫の前でワンちゃんが急に止まった。
「どうやらここみたいだな。ご苦労さん」
青年がワンちゃんを撫でるとキラキラした光の粒子になってワンちゃんが消えた。
あの子の役割はソフィアを探知することだったから役目を終えたのだ。
「あそこに窓がある」
指差された方向には換気用の小さな小窓があった。
二人でその小窓の下に行くけど、高さが足りない。足場になりそうなものも無いときた。
「お兄さん。私を肩車して下さい。そうしたらギリギリで届くから」
「わかった」
青年の肩にまたがり、持ち上げてもらう。
そうしてやっとこさ倉庫の中が覗けた。
備蓄がまだされていない空っぽの倉庫の真ん中に見慣れた髪の少女がいる。
「いた!ソフィアだ!!」
「君、誘拐犯は一緒にいるか?」
「います。小太りなのが一人とひょろ長いのが一人」
それ以外を探すが、他に人影はない。
窓口の人が話していた内容と同じだ。
「他には誰もいないみたい」
「そっか。ならばこのまま突入しても大丈夫そうだな」
突入?町に戻って衛兵達に知らせるんじゃなくて?
「君は魔法はどれくらい使えるんだ?」
「最近練習始めたばかりです……」
最初は魔力のコントロールを覚えることから始まるため、私はまだ何も使えない。
呪文的なものはいくつか知っているが、魔法って失敗するとペナルティがあるからぶっつけ本番で使いたくないんだよね。
「魔力のON /OFFができるならこれを持っておくといい」
「これは?」
「魔力を流している間に防御障壁を出してくれる」
手渡されたのはクラブと練習用に使っている水晶玉と同じサイズの紫の玉だった。
「私が突入して呼んだら入ってくるんだ」
コクコク、と頷く。
この魔法の道具といい、さっきのワンちゃんといい、この青年は実は凄腕魔法使いだったりするのだろうか?
「それじゃ、行ってくる」
青年は倉庫の入り口へと走る。私はその少し後ろからついて行く。
そのまま入り口に置いてある木箱の裏に隠れた。
青年は魔法の道具や石筆を取り出したポーチから新たに筒状の物を取り出すと、それを倉庫の中へ放り投げた。
パァン!と甲高い破裂音が響く。
「何だぁ⁉︎」
「ひいっ⁉︎」
倉庫の中からは男二人分、驚きの声が上がった。
かく言う私も打ち合わせ無しだったので思わず飛び上がりそうになってしまった。
プシュー……と音をたてながらさっきの筒から煙がモクモクと発生する。
倉庫の中にはソフィアもいるのに⁉︎この煙で燻り出そうっていうの?
文句を言おうと青年のすぐ近くまでむかう。
呼んでもいないのにやってきた私に青年はビックリした。
「馬鹿!近づくんじゃ、」
「ちょっと!中には人質もいるのにソフィアに万が一のことがあったらどうするつもり⁉︎」
私は制止する青年に掴みかかる。
青年はいつの間にかガスマスクのようなものを着用していた。
「もういいわ!このまま私が………」
防御障壁を出しながら突貫してやる!!という宣言は口から出ることはなく、私は意識を失ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます