第10話 お忍びだから言ってない!
「お嬢様、早く屋敷に戻りましょう」
「大丈夫よ。それっぽいアリバイはでっち上げてるからお父様もお母様も夕食までは気付かないわ」
ため息を吐くソフィア。
自分の主人のお転婆さに呆れている……ってところかしらね。ごめんねこんな私が主人で。
ただいま我々は領地内にある町に遊びに来ています。
クローバー領は各地から王都へ向かう主要な街道沿いにあるから、宿場町として栄えている町がチラホラとある。
そんな中でも屋敷から一番近い町にお忍びで遊びに来ました。
いつもの服だとヒラヒラなため、一目でお偉いさんの子供!ってバレてしまうので、ソフィアの私服を拝借しています。
髪の毛だって三つ編みにして町娘っぽさを演出しているから、そうそう誤魔化せてるでしょ。ソフィアとお揃いの髪型よ。
「それで、何のためにこの町へ?」
「視察よ。エースやジャックと話をしてたら貴族って自分の領地内を巡回して問題が無いかとか調べているそうじゃない。なら、伯爵令嬢である私にもその義務があるわけよ」
「……この町の特産品ってご存知ですか?」
「濃厚チーズケーキ!!」
「それ目当てですか」
うっ。つい喋ってしまった。
だって、仕方ないじゃない!お父様ったら自分が視察先でいただいた食べ物を紹介するだけ紹介して、お土産に持って帰ってきてくれなかったし。
偏屈な料理長は王城からお菓子がくるなら屋敷では作らなくていいですね?ってヘソ曲げているし。
そんなにご自慢の野菜ケーキより季節のフルーツを使ったケーキの方が美味しいって言ったことがショックだったのかしら。なら、負けないように砂糖沢山使った甘いケーキを作ってくれていいじゃないの。
「そんなに食べたいなら、買ってきましたのに」
「甘いわねソフィア。ここのチーズケーキは焼きたてをその場で食べるからとても美味しいのよ。持ち帰りだと冷めちゃうじゃない」
電子レンジはないし、日本みたいな保温機能が高い容器もないから取り寄せたものは冷たいままで食べなくてはならない。
冷たくなるのを見越したお菓子も悪くはないが、ふわふわでアツアツのもたまには食べたい。女の子はスイーツにかける熱量が半端ないのよ。
「それに、こうやって二人きりでお出かけなんて初めてでしょ?今の私達は対等な町娘同士の友達よ」
「お嬢様……もう、仕方ないですね」
チョロいよソフィアちゃん。
嘘でもないしね。主人と使用人って関係だけど、一番よく話すのはソフィアだし、屋敷で遊び相手になるのはクラブとソフィアだけ。
クラブは弟で男の子だけど、ソフィアは同じ年で、姉妹みたいな感じもする同性だ。
いつも迷惑かけている分、今日くらいはただの友達として遊んでいいじゃない。
私、貴族のお友達いないし。仲良い女の子がいないし……。
お茶会では好印象をもらったと思ったし、招待状も何通か届いていたのよ。
なんでかエース達と遊ぶようになってからお茶会取り止めの手紙が来たけど。多重属性持ちってジャックが勝手にバラしてからは一切の音信不通になったけど。
「自分で言ってて悲しくなるわね」
「ほら!あそこですよお嬢様」
自虐モードの私とは打って変わってうきうき状態のソフィアから腕を引かれる。
目の前には行列が並んでいるお菓子屋さんがあった。ここまで美味しそうなチーズの匂いがしてくる。
うん。この匂いだけで元気が出てきたよ。
「かなり並んでいますね」
「最後尾は……一時間待ちみたいね」
屋敷に戻るのが遅くなるほど叱られてしまう確率は高くなるけど、この行列。それだけ人気が高い証拠だし、ネットが無い世界なのに人が多いのは口コミの影響。絶対に美味しいはず。
ソフィアは待ってる暇があるなら別の事を先にやる派だけど、私は目の前の事を終わらせてから次に移る派。一時間くらい待ちましょう。こんなのは夏のビッグイベントに比べたら苦じゃないわ。地方在住者がどれだけ費用と時間かけて薄い本を買いに行くのか体験しているからね。
「待っている間、何しましょうか」
「普通にお喋りしましょ。前から気になっていることがあったのよ」
「何ですか?気になっていることって」
「記憶を無くす前の私って、ソフィアとどういう感じだったの?」
ゲームだとソフィアって孤児だったところをシルヴィアが引き取って、それ以来仕えている。そのぐらいしか情報がない。
ソフィアの名前自体も数回だけ登場して、シルヴィアの立ち絵の後ろにいるモブだし、クラブのことを憐れんで反逆の手助けをしたって活躍だけ。
そもそも、シルヴィアが孤児を引き取ったってことが信じられない。
そんな優しいキャラだったか君は?
「お嬢様は私の命の恩人です。身寄りがなく孤児院に預けられた私は手先は器用だったのですが、大きくなれば娼婦として引き取られたかもしれません」
「え?孤児院って子どもが一人前になるまで育てて支援するんじゃないの」
「そういうところもありますが、大半は大人に成長しきる前に娼館の人が買い付けに来ます」
世間には少女や幼女相手にしか興奮しない大人はこの世界にもいるみたい。性別問わずに。
「私はご覧の通り、見かけは綺麗じゃなかったのでロクな人に買い取られなかったでしょう。ですから、同い年のお嬢様が来られた時は本当に嬉しかったんです」
いや、ソフィアは凄く可愛いと思うよ。家事は完璧で頭もキレる。私が男だったらソフィア一択なんだけどなー。
「その時の私ってなにか言ってなかった?」
「そうですね……初対面の時は凄くニコニコされていました。今日から貴方は私の
Oh……。流石は人間のクズのシルヴィア。可哀想な子を雇ってあげよう!じゃなくて身分か低い子を奴隷扱いするためかい。
そんなんだから反逆されんのよ!
「人として最悪ね」
「いえ。お貴族様に選んでいただけるなんて光栄でした。食事は三食ありましたしね。孤児院なんて一日一食でしたから」
「……ソフィア。今日は沢山美味しい物を食べて帰るわよ!」
「あの、今は食べ過ぎてダイエットしたいくらいなので程々でお願いいたします」
そういえばここ最近のソフィアはふっくらしてきたような気がする。
もしかして毎日のおやつに誘っているせいだろうか。でも、私は太ってないよ?
「ソフィアがそれでいいなら…。でも、何かお願いとか欲しいものがあったら言ってね。お小遣いは貯金しているから力になれるわよ」
「お気持ちだけで結構です。メイドが主人におねだりするなんてご法度ですよ」
「じゃあ、ソフィアに何かあったら私が守ってあげるわね」
そう言ってまだ無い胸を張る。
破滅する期間までは伯爵家の令嬢として振る舞える。四属性持ちだし、鍛えれば凄く強くなれる予定だ。
だったらその力でこの子を守ろう。それが、シルヴィアに成り代わってしまった私の面倒を見てくれているソフィアへの恩返しだ。
「えぇ。万が一がありましたらお願いいたしますね」
今まで一番の笑顔でソフィアが頷いた。
その瞬間、私の心臓に電流が走った。
幼馴染系メイド少女尊い……と。
その後もあれやこれを話していると、行列が捌けて私達の番になった。
頼んだのは出来立てほかほかのチーズケーキ。それとタピオカドリンク。
中世ヨーロッパにタピオカってあるの?なんてツッコミをしてはいけない。ここは夢とトキメキの乙女ゲームワールドなのだから。
「ふかふかで中はあったかい、チーズの味も濃くて美味しいわね」
「これは……お嬢様の言う通りに店先でしか食べられない味ですね」
二人仲良くお店の前にあるベンチに座って食べる。
店内は満席だったけど、綺麗な髪色のお母さんと私くらいの女の子が席を譲ってくれた。食べ終わって帰るからどうぞ、って。
正直、立ちっぱなしだったから座れるのはとてもありがたい。名前も知らない親子さん感謝します。
「タピオカミルクティーもイケるね」
「もちもち食感が堪りません。こんな食事みたいな飲み物があるなんて……」
そうだよね。原料が芋って考えるとドリンクなのに高カロリーになっちゃう。
ラーメンと変わらないカロリーだって聞いたような……。
それならいっそタピオカ飯!って作ったらヒットしそうだ。スープにタピオカ。タピオカカレーとか面白いかも。
このアイデアがヒットしたら開発者の私にお金が入ってくるとかあるかな?利権でお金儲けだ!
「ではお嬢様。そろそろ屋敷に帰りましょうか」
「えーもう終わり?」
「また奥様に叱られても知りませんよ」
「それだけは勘弁して欲しいわ」
考えるだけで冷たい汗が流れる。
なぜどの世界に行っても母親というのは怖いのか。父親は甘えるだけでコロッと落ちるのに。
以前のシルヴィアもお母様によく叱られていたのか?とソフィアに聞いたけど、前の私はその辺は上手に隠していたり、場合によっては他人のせいにしていたようだ。そのせいでクビになった使用人もいたと聞いて申し訳ない。
その使用人さんは今は田舎で農家やって成功してるっていうのが唯一の救いだった。
なので、屋敷のみんなは私がしょっちゅう叱られて正座させられていて逆に安心しているのだとか。
お説教されてるこちらとしては助けて欲しいのだけど。
「わかったわ。大人しく帰りましょうか」
「帰りの馬車を確保しましょうか。来る時は通りすがりの行商人に乗せてもらえましたが、帰りも同じ方法は使えないでしょうし」
偶々、屋敷に荷物を降ろしに来てた馬車だから行き先が同じだった。
うちの屋敷に用がなければ大抵の行商人は王都へ向かうからね。ここはちょっとお高めだけどタクシー馬車を使わなきゃ。
もっとお金持ちの家だったら個人用の馬車と馬と御者がいるのに。王子二人には護衛の騎士までついて来る。
うちは移動する度に近くの村から予約しないといけない。馬は所有してるけどお爺ちゃん馬だからね。乗馬の練習用ぐらいにしかならない。
自転車でもあればいいのに。タピオカあるなら自転車とかバイクとか用意して欲しいよゲームスタッフ達!
「ではお嬢様、紋章をお借りしてもよろしいですか?」
「はい。お金は私のお小遣いからで支払ってね」
馬車の待合所に着いたのでソフィアに財布と銀色のメダルが着いたペンダントを手渡す。
このメダルにはクローバー家の家紋が刻んであって、これが身分証明書代わりになる。お城に行く時や貴族として公務を行う場合には身につけておかないといけない。
他にも貴族と仲良くしたり、常連様になって欲しいという下心もあって馬車なんかはこれを見せると割引してもらったり、ちょっといいサービスが受けられたりと特典がある。
貴族の当主になればもっとしっかりした某副将軍のお爺様が持ってる印籠みたいなのが与えられる。
私が持っているのは貴族の血を引くものですよ〜っていうくらいの簡易版だけど。
「それじゃあ、私はソフィアが手続きしている間にそこのお土産屋さんに行ってくるわ。クラブにも何か買ってあげなくっちゃ」
「ではお気をつけて」
ソフィアは受付へ。私は待合所前の売店へと二手に別れる。
馬車って馬の速さから車部分のグレードまで幅が広くってどれがいいのかよくわからないし、いつもお城に遊びに行ったりする時もソフィアが用意してくれるので私は安心して任せられる。
私ってば店員さんの言う通りにしか注文できないから、裏メニュー頼んだりとか値段交渉なんてできない。前世ではそのせいで観光地で派手にぼったくられるという苦い経験がある。
「よう。何かお探しかい嬢ちゃん」
売店の棚を見ていると、店主のおじさんが話しかけてきた。
こうやって話しかけることで万引き対策にもなるんだろうけど、私としては買い物に会話はしたくないのである。
まぁ、今世だと慣れたけどね。
「せっかく町に来たから家にいる弟にお土産をあげたいの」
「家族思いのいい嬢ちゃんだ。おすすめはコレだな」
そう言って店主が紹介してきたのは紙袋に入ったクッキーだった。
「この町にある有名な菓子屋と同じチーズを生地に練り込んであるんだ。チビな子供には服やアクセサリーよりこっちの方が人気だぜ」
「ちょうど今日、チーズケーキを食べて来たんです。あのお店、人気過ぎて個数制限があったから」
この町で一番のお店だけど、老夫婦でやっているから製造数に限りがあった。私達ももう少し遅く着いたら食べれなかったかもしれなかったのだ。
だからクラブには別の何かをと思っていたけどちょうど良い。
「こっちは冷めても美味しいから安心しな」
「じゃあ、これ一つください」
財布自体はソフィアに預けたけど、お土産代だけ別に取っておいた。
これで一人だけ仲間はずれにされたクラブも喜んでくれるでしょう。
「さて、ソフィアの方も馬車の予約済んだかな?」
売店から再び待合所内に戻る。
日も傾いてきて自宅に帰る人が多く集まってきた。
賑わう中を歩いてソフィアを探す。
方面ごとに受付が別れているんだけど、見つけられない。
「ソフィア〜」
口に手をあて大きな声で呼ぶ。
人混みに紛れてても聞こえれば返事が返ってくるはずだ。
だけど、何度か呼んでも反応がない。
入れ違いになった?と思ってさっきの売店に行く。
「どうした嬢ちゃん。まだ何か欲しいのか?」
「おじさん。私と似たような服装の女の子が来ませんでしたか?」
「いいや。見てねぇよ」
こっちには来てないらしい。
となると、やっぱり待合所のどこかにいるのか。
私は待合所の中を満遍なく探した。他の窓口のところにも行って探すけど見つからない。
仕方ないので屋敷方面の窓口にいる人に話しかけた。
「あの、ここに私と同じような格好の子が来ませんでしたか?」
「君に似た子?馬車に乗る子って沢山いるからいちいち覚えていないなぁ」
「じゃあ、クローバー伯爵家のペンダントを持った子が来ませんでしたか?」
「お貴族様の?それならちょっと前に来たよ。馬車を借りたいって言っててね。お忍びだったのか従者を名乗る若い二人組の男が連れて行ったよ。隠れてたのが見つかって驚いていたのかお嬢様は慌てていたけど」
若い二人組の男?そんなのうちの屋敷にはいなかったけど。
「どんな風に連れて行かれたんですか?」
「『こんなところにお一人で危ないですよお嬢様』って言って抱きかかえて走って行ったよ」
おい!
「それって誘拐じゃありませんか!!」
「………あっ」
気づけよ窓口の人!
「い、今すぐに衛兵に知らせなきゃ!」
他の人達も誘拐の言葉が聞こえて慌ただしくなった。
責任者っぽい人が来て詳しく話を聞かせて欲しいと言われたので、事情を話した。
私が本物の伯爵の娘であること。ペンダントを持ったソフィアが馬車の予約をしていたこと。
「本当に申し訳ありません!!」
責任者と窓口の人が揃って土下座する。
もう!今はそんなことしてる場合じゃないのに。
「謝罪は結構です。お忍びで護衛も付けていなかったこちらにも非はあるので。それより早くソフィアを探してください」
迂闊だった。
誘拐なんてそんなものに自分達が選ばれるなんて思いもしなかった。
ここは日本と違う。監視カメラもないし、あちこちに警備員や警察官がいる安全圏じゃないんだ。
「はい!今すぐに!!」
待合所の職員に衛兵達と数十名体制で捜索が開始された。
ソフィアの服装や特徴も伝えてあるけど、不安で心配だ。
もし、万が一のことが彼女にあったら。
「全部私のせいじゃない。こっそり遊びに行きたいなんて……」
結局、子供の浅知恵だった。
貴族ならいつもそういう危険に備えて行動すべきだった。
「じっとなんかしてられないわね」
ただ報告を待っているなんて我慢できない。
自分の失態は自分の手で取り返さないと。
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