第3話 祝。社交界デビュー!
クラブと仲良く遊ぶようになってしばらくが経ちました。
最初の頃の嫌々な態度から一変、今では私の従順な弟へと変貌を遂げています。
「で、これがイカ型タイプね。こっちは飛距離がイマイチだけど羽がパタパタ鳥みたいなタイプで〜」
「先端を鋭くすることで風の影響を受けにくくなるんだね姉さん」
そして今日は折り紙教室開講。男の子が好きなのって手裏剣とか紙飛行機なんだよね。
これなら洋服が汚れないから叱られないし、室内でも楽しめる。
「どう、凄いでしょ」
「流石だよ姉さん」
両手で握り拳を作るクラブ。
弟って従順だとこんなに可愛いのね。生意気するようだったら徹底的に躾けるつもりだったのに、こうも素直だと甘やかしたくなるわ。
「お嬢様。これなら明日のお茶会は人気者になれますね」
「うわっ!ソフィアいつのまに……」
部屋には私とクラブしかいなかったのに、突如として現れた小さなメイド。
三つ編みの髪型がとってもキュートだけどいきなり声をかけられるとびっくりしてしまう。
「少し前からいたのですが、お二人がとても楽しそうでしたので」
「気を遣ってくれてありがとうね。それより、お茶会って何?私、何も話を聞いてないわよ」
「しっかりお伝えしましたよ。シルヴィア様ったらあの時はご自分のノートを読んでいてお返事が上の空でしたけど」
あっ、そういえば何日か前に今後のスケジュール確認の話があったようななかったような。
「あれー?そうだっけ」
「はぁ。忘れていらっしゃると思いましたよ。服や持って行く物は既に準備してありますので、あとは当日の流れを確認しますね」
ため息ばかりしていると老けて見えちゃうよ!とアドバイスしたいけど、原因は私です。ごめん。
お茶会って確か、【どきメモ】でもよくあるイベントよね。攻略相手と談話してルートのキーとなる情報を引き出したり、親密度を上げるやつ。
この歳でもあるんだ。
「お城についたら子ども達だけでのお茶会です。裏方も私を含めた各家の使用人だけです。学園に入った後のための練習だと思ってください」
「子どもだけなら気が楽ね」
美味しいお菓子とお茶を堪能するだけなんて得意中の得意よ。
もてなすのは苦手だけどおもてなしを受けるのは大好きだからね。厚かましいって言い方もあるか。
「そこですお嬢様。これはお茶会という名の戦いなんです。各家の次期後継者が集まってお互いの情報交換をするのですよ。クローバー家の代表として相応しい振る舞いをお願いしますね!」
念押ししてくるソフィア。顔が近いよ。
……情報戦。お貴族様同士の意地の張り合いってことね。
「わかったわ。このお茶会で誰が一番最強なのかを証明してあげましょうか!」
「姉さん。ソフィアが言ってるのは大人しくしとけって意味だと思うよ」
心配そうな顔で言ってくるクラブ。
大丈夫よ。真の悪役令嬢になるための第一歩として派手に爪痕を残してあげるから。
意気込む私を見てクラブは額に手を当てて首を振った。
「……ソフィア。来年からは僕も参加するから」
「可能な限りのフォローはいたします」
弟&メイドコンビが小声で話し合っている。
私がクラブと遊ぶようになったので必然的にこの二人が親しくなるのだが、原作の内容を知っていると手放しで喜べない。……反逆されちゃうよ。
でも負けない。例え二人が敵になろうと優雅に叩き潰すのが私の目指す悪役令嬢。
待ってろお茶会。やったるでー!
翌日。馬車で揺られてやってきましたお城。
クローバー邸から数時間もかかるからすっかり乗り物酔いして気持ち悪い。
「無理。もう帰る」
「しっかりしてください。まだ始まってすらいませんよ」
ソフィアに背中をさすってもらうと少しだけ気分が楽になりました。
ひらひらのお茶会用に仕立てたドレス。白を基調に黒いリボンやラインが入っているのはお洒落よね。ヒールのある靴にはあまり慣れてないから歩きづらいけど。
スニーカーかサンダルくらいしか履いていなかったからね前の私は。
「それでは私は準備の方に行ってまいります。緊急事態が発生したらすぐに知らせてくださいませ」
余所の使用人達と合流して会場奥に消えていったソフィア。
お茶会が行われるのはお城の中にある美しい庭園。王族が住んでるだけあって規模も大きい。噴水は我が家にもあるけど、水路まではないです。夏場はこの中で泳げるんじゃないだろうか。
ただ少し残念なのは、360度を城壁に囲まれていて城外の景色が一望できない点と警備の兵士達が沢山いて物騒。
お城の中のあの高い塔内に行ければ城下町の街並みを堪能できるのに………あれって監獄塔じゃないよね?
「こんにちわ。みんな、今日は呼びかけに集まってくれてありがとう」
庭園の探検しに行きたいなぁ、と思っていたら何やら騒がしくなってきた。
他の子達の視線の先に金の刺繍が入ったタキシードを着た少年がいた。
同い年の女の子達がキャーキャーと黄色い声を出していて、まるでアイドルに遭遇したみたいな状況だった。
「はー、スゴいイケメンね」
思わず口に出るくらいにその少年はカッコ良かった。
金色のサラサラした髪に大きなアイスブルーの瞳は宝石のよう。顔もシュッとしてて笑うと白い歯を覗かせる。
芸術品と認定してもおかしくないレベルのイケメンだよ。トップアイドル級だよ。
私だって可愛い美少女なはずなのに、あのオーラ出してそうな子の横にいたら石ころ扱いですよ。素材が良すぎる。
「それじゃあ、お茶会を始めよう」
イケメンくんの合図で丸いテーブルの上に次々とお菓子が用意されていく。焼きたてのクッキーから三段のフルーツケーキ、プリンまであるじゃん。
実家だと厨房を仕切る料理長の方針で砂糖をあまり使わない野菜ケーキとか蒸した芋が出てくるけど、お城って太っ腹ね。
選り取り見取りのお菓子に目を奪われていると、いい匂いの紅茶の入ったティーカップが置かれた。
「お・嬢・様?」
運んできてくれたメイドさんの圧がスゴい。
わかってるってソフィア。メインはお喋りでしょ?お茶とお菓子はサブ。………帰りに余った分を持って帰れないのかなぁ。クラブにお土産としてあげたい。
「ごきげんよう。わたくしはトリシャ・ニードルですわ」
「わたくしはマリー・アーチストですわ」
「私はシルヴィア・クローバーよ」
慣れない堅苦しい言い方に苦戦しながら近づいてきた子達に挨拶する。
周囲の雰囲気に合わせて世間話をするけど、どの子も緊張してテンパってる。デビュー戦みたいなものだからね。
王族、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、その他……って順番だったっけ?
クローバー家って中間くらいだけど歴史だけは古いからそれなりな扱いなのよね。下と上に挟まれて仕事は忙しそうだけど。
がっつりした縦社会が貴族のルール。だけど魔法使いとして優れていたりするとまた扱いが変わるらしい。
平民だったけど魔力が多くて公爵の子どもになったりする子もいるとか。原作の主人公も最後は王子の妻になったりするからね。
魔力持ちの貴族>普通の貴族≧魔力持ちの平民ってなるとか恐ろしい。
シルヴィアみたいな自尊心の塊が平民に地位を脅かされるとか屈辱以外の何者でもなかったんでしょう。
主人公ちゃんは元は魔力無しの平民だったし。
「ふぉれにひても美味しいわね」
お互いの挨拶もほどほどになるといくつかのグループが出来始めた。
大体は同じくらいの爵位で男女別れている。そりゃまぁ、一番の敵は同じ場所にいる家ですよね。
私はお菓子をおかわりしながらお茶飲んでるんでお構いなく。
「よく食べるな貴様」
誰ですかもぐもぐタイムを邪魔するのは。
「どちら様?」
「オレを知らないのか?この国の王子だぞ」
クラブとはまた違うベクトルの生意気そうなのが来たわね。
あの子は興味がなかったり面倒くさがりなタイプだけどこの子は我儘でオレ様系の臭いがする。
「良い機会だ覚えておけ。オレはジャック・スペードだ」
「私はシルヴィア・クローバーですわ」
スペードは王家の家名。いくつかの剣が重なり合った家紋だったはず。ゲームでもよく出てくるもんね。
それにしてもジャックか。確か攻略キャラの一人だっけ?
第二王子のジャック。銀色の髪のオレ様系男子。
双子の兄がいて比較されがち。頭も運動神経も魔力も悪くはないけど第一王子の方が全体的にスペックが高くて、そのせいで荒れてヤンキーになった。
女癖が悪くて性に対してもふしだら。主人公のことを平民で都合の良さそうな女扱いしようとしてた。だけど、何をしても兄ではなく自分を優先して大事にしてくれる主人公に次第に心を許して行き、二人は結ばれる……だったよね。
ちなみにこのルートのシルヴィアはジャックの女その二くらい。主人公に嫉妬して襲いかかったところを取り押さえられて牢獄エンド。
「そんなに食べるとあっという間に太ってデブになるぞ」
カチーン。なんつったこのガキ。
乙女に向かって太るとかデブとか言った?
デリカシーというのが無いのかね?
「ご心配なく。これが最後ですので」
我慢しろ私。相手が弟のクラブであればゲンコツの刑にしてやるけど相手は腐っても王子。貴族としての格が違うんだ。
「ふっ。なら残りはオレがもらう」
大皿に残っていたクッキーを次々と自分の取り皿に乗せるジャック。
あぁ、私の貴重な糖分達が……まだ食べ足りないのに。
「あの、まだ食べていない子達もいますから少し残して置きません?」
「オレは王子だぞ。優先順位はオレにある。無くなったらそこまでだ」
ジャイアニズム。これが将来のロクデナシ王子に成長してしまうのか。
主人公ちゃん。この男は辞めた方がいいよ。私もゲームでクリアしたけど実際に会うと意地悪だよこの王子。
「それとも、まだ食べるつもりか?」
「いいえ。結構ですわよ。私はもうたくさんいただきましたから」
嘘です。まだまだ食べ足りないです。
「その顔で言われても説得力がないな。仕方ない、ほら」
不満が顔に出ていたのか、ジャック王子は自分の皿に乗せたクッキーを一枚だけ口元に差し出してきた。
くれるの?なんだ案外優しいところがあるじゃん。
「いただき「なーんてな」ま……」
あと少しで口の中に入る瞬間、ジャックはクッキーを自分の口に放り込んで食べてしまった。
まさかの騙しうちだと⁉︎酷いよ!
「どうした?何か言いたげだな」
ニヤニヤと笑うクソ野郎。
食べ物の恨みが恐ろしいってことわざ知らないのかねぇ。食いしん坊相手にやっちゃいけないことをしたよお前は。
「こら!何をしているんだジャック」
「ちっ、うるさいのが来た」
私が怒りにプルプル震えていると、横から別の声がした。
声の主は最初に全体へ挨拶していたイケメンくんだった。
「弟がすまないことをした。俺はエース・スペードだ」
頭を下げてくれた第一王子。ジャックは居心地が悪くなったのかクッキーの皿を持ってどこかへ行ってしまった。
「メイド達、この令嬢に新しいクッキーを用意してくれ」
私の欲してる物を察して、メイド達に指示を飛ばしてくれた。参加者側がお願いするのは気がひけるが、主催者側の王子の頼みとあらばすぐに焼きたてが補充される。
気遣いできる6歳ってそうそういないよ。
「ありがとうございます。私はシルヴィア・クローバーです」
「気にしないでくれクローバー嬢。弟のした事は兄である俺にも責任がある」
ダメな弟をフォローするとかよく出来た子だよ。
流石、ゲームのパッケージでセンターにいるだけのことはあるよ。
「困った弟でね。よくああやって他人にイタズラや意地悪をするんだ」
「大変ですわねエース王子」
「慣れたよ。……兄としては多少は手のかかる弟の方が可愛げがあるさ」
「私も弟がいるのでそのお気持ちはよくわかりますわ」
言葉の端々からこのエース王子がジャックのことを嫌っていないことがわかる。
手のかかる子ほど可愛いっていうのはクラブで実感済みだ。ツンツンしてるのをからかってしまうのも嫌いじゃないからするのだ。
お仕置きは愛の鞭っていうしね。
「クローバー嬢も弟がいるのかい?よかったら参考に話を聞かせてくれないかい」
「私は構いませんが、あちらの子達はよろしいんですの?」
エースはさっきまで公爵や侯爵の子達と一緒にいた。そこに私が入り込むなんて問題ないのだろうか。
「大丈夫。俺が話を通すし、それにまだあの席には多めに取り分けたチョコレートケーキがあるんだ」
「是非よろしくお願いしますわ」
チョコケーキとか最高じゃん!
人気で真っ先に無くなってしまったお菓子。だから次に気に入ったクッキーを食べていたんです。
仕方がない。ジャック、この場で仕返しするのは辞めておいてあげる。お兄ちゃんに感謝しな。
「どうぞここに」
「ありがとうございますわ」
爵位高い子達が集まってるテーブルに着くと、エース自ら椅子を引いてくれた。
無意識にやってるとしたら精神的イケメンでもあるな。益々、弟と比べてしまう。
ジャックも被害者みたいなものだよね。私も自分の上に完璧超人みたいな人がいたら自信失くしちゃうよ。……まさか、クラブもジャックみたいにお上品で完璧な姉がいて自分を卑下してグレるとかないよね⁉︎
「どうかしたかい?」
「ちょっと考え事をしてしまいました。もう大丈夫ですわ」
一人で脳内会議して慌ててると周りの子が心配そうな顔でこっちを見ていた。危ない、変な子だと思われるとこだった。
「みんな、紹介しよう。こちらはシルヴィア。クローバー伯爵家の長女だ」
「ごきげんよう」
紹介されたので一度椅子から降りて、優雅にドレスの裾を摘んで挨拶する。
今の私ってどこからどう見ても完璧な貴族の令嬢よね。
「よろしく」
「ごきげんようですわシルヴィア様」
同じテーブルにいる子達も挨拶を返してくれた。
どうやらお眼鏡にかなったようで、無視したり下に見られる様子はないかな?
全員が再び席につくと、お目当のチョコケーキを取り分けてもらった。口の中に入れると砂糖の甘さとチョコのほろ苦さのハーモニーが最高。超美味しい。
傷みやすいし、チョコが溶けてしまうから持ち帰りができないのが悲しい。これもクラブへのお土産にしたかったなぁ。
「シルヴィア様。よければおかわりはいかがですか?」
席の真ん中に置かれたケーキを眺めながらそんなこと考えてると、一人の女の子から提案があった。
「いいんですか⁉︎」
「そうだね。このまま余ってしまうと勿体ないから食べるといい」
エース王子からもお許しが出たので遠慮なくいただきます。
二つ目を食べ終わると、今度は別の少年がイチゴのケーキを譲ってくれた。
えっ、いただいちゃってもいいんですか?ありがとうお坊ちゃんカットの少年。お、次は短髪の女の子からプリンをいただいた。
「みなさんありがとう」
幸せだぁ。こんなにお腹いっぱいにお菓子を食べれるなんていつ以来だ。
前世だとテレビを見ながらポテチとコーラだったけど、お貴族様のお茶会っていいもんだね。
私が一心不乱にお菓子を食べるのをみんなが見てる。見世物じゃないんだけど、手と口は止まらないよ。
この味をしっかり記憶して自宅の料理長に講義して同じ物を作ってもらうんだ。
こうしてお茶会は楽しい談話から私の大食いチャレンジへとシフトしてしまった。
帰る時にソフィアからしっかりとお叱りを受けたのでとても反省しております。
だけど、収穫はあったよ。格上の子達とまたお茶会を約束しました。次回は今日よりも小規模だけどお菓子のグレードは変わりないです。
エース王子からも是非参加をって誘われました。褒めてくれてよろしくってよ。
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