第4話 ピンチ!アイツがやってきた

 

 ある雨の日。


 前回のお茶会の報告をした時にお母様からとっても長いお叱りを受けました。帰りの馬車でソフィアからも叱られたのでげっそりしました。


「どう考えても姉さんが悪い」

「勧められた物を拒むのは失礼でしょう?」

「だからってガッつき過ぎなんだよ」


 外は天気が悪いので、今日はクラブと一緒にお勉強です。

 あれから進展があって、クラブは離れではなく本邸の中に住むことになりました。場所は私の部屋の隣ね。


 養子とはいえ正式な家族にはなっているんだし、同じ場所に住むのは当たり前でしょ!という私のワガママをごり押した結果である。

 お母様もお父様もクラブを離れに住まわせていたのはシルヴィアとの空気の悪さを考えてのことだったので、当の本人から仲良くしているのなら問題ないだろうと許可された。


「でも、次のお茶会の約束もしたわよ。それは成功でしょう!」

「終わり良ければすべて良し……じゃなくて過程も大事にしようよ」


 このところクラブがやれやれキャラになっているのは何故だろう。気苦労してると白髪生えるよ?


「ほらほらクッキーでも食べて元気出しなさい」

「うん。クッキーに罪はない」


 お茶会のお誘いと別にもう一つ収穫があった。

 あのジャックに奪われて食べ損ねたクッキーが我が家でも食べられるようになったのだ。

 大食いチャレンジ中にも食べて味を覚えたけど、材料とかレシピってわからなくない?と思っていたらソフィアが裏の方でレシピを聞いてメモしてきたの。


『お嬢様のことですからクラブ様へのお土産にされたかったのですよね?』


 流石、私のメイド。主人の考える事なんてお見通しってわけね。

 料理長とも交渉してくれて私とクラブが勉強や習い事を頑張っていたらそのご褒美としてクッキーが提供される仕組みになりました。

 飴と鞭……だけど、わかりやすい目標があるとやる気が出るよね。


「でも、クラブって本当に頭が良いわよね。一つ上の歳でやる課題をすらすら解くんだから」

「それなら姉さんの方が上だよ。今読んでる本って学園に入学する生徒が読むのだよ」

「そうでしょう?私って凄いのよ」

「謙遜はしないんだ……」


 そりゃあね。6歳でやるお勉強なんてたし算ひき算とか文字書き、音読だから簡単だよ。

 転生してもなんとなくこの世界の字は読めたし、言語も理解できたからね。シルヴィアの地頭も悪くなかったんでしょ。

 この本の内容については先んじて学園の情報を集めるためもあるし、オタク活動でもある。

 テレビやインターネットが無いって辛いね。世界が狭く感じてしまう。アニメなんてないから自然とこの世界の創作物を頼るしかない。恋愛小説とか英雄譚は充実してるから良いよね。


「失礼します」


 年の差がある勇者パーティーについての物語を読んでいると、ソフィアが部屋に入ってきた。

 屋敷の掃除とかでしばらく帰ってこないと思っていたのに。


「どうかしたのソフィア?」

「実はお嬢様に用があるとお客様がいらしてます」

「私に?」

「えぇ。ですので速やかに応接室へ……その前にお着替えと髪のセットを」


 今の私は長い髪が邪魔にならないようにお団子にして、下は男性用のズボン(クラブの着てないのをもらった)を履いている。


 ーーーうん。このままじゃお客様に会えないよね。


 ソフィアになされるがままにおめかしする。

 そしてそのまま客室へ向かった。

 失礼しまーすとドアを開けて中に入ると、


「遅い。オレをいつまで待たせるつもりだ」


 先日、私をデブ呼ばわりした第二王子が太々しい態度でソファーに座ってた。


「あら、これはジャック様。ごきげんよう。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 気に入らない奴ではあるがそれでも相手は王族。

 従者は後ろに立っているけどその他に人はいない。一人できたのか?


「オレは来たくなかったのだが、エースがな。父上と母上に告げ口をしたんだ」


 話が見えてこない。

 どうしてここでエース王子の名前が出てくるのか?父上と母上って王様と王妃様よね。何か王族からの命令をされちゃうとか?お母様達を呼んでこなくていいのかな?


「これを貴様にやる」


 そう言ってジャックが従者に用意させたのは白い箱だった。大きさは30センチくらい。


「開けてよろしいですか?」

「好きにしろ」


 はい。好きに開けますね。

 紙でできた箱を開けると、中にはマドレーヌやゼリーといったお菓子が入っていた。


「こちらのお菓子は?」

「エースと母上が菓子職人に用意させた物だ。貴様なら喜ぶだろうとな」


 エース様グッジョブ!それに王妃様も選んでくれたの⁉︎どれもいい匂いがして美味しそう。

 一つ一つが大きくなくて数がそれなりにあるからクラブやソフィアと一緒に食べよう。


「ありがとうございます。とっても嬉しいですわ。……でも、わざわざこのお菓子を届けるためにいらしたのですか?」


 ただお菓子を持ってくるだけなら単身でジャックが来る必要ないと思うんだけど。それこそ後ろにいる従者とかにお使い頼めばいいのに。


「ジャック様、」

「わかっている!」


 何やらコソコソと話してこっちを見ているけど、どうしたの?


「……それはこの前の詫びだ。ありがたく頂戴しておけ」


 お詫び?


「シルヴィア様。先日はジャック様が大変失礼な言葉や態度をとってしまい誠に申し訳ございませんでした。エース様と王妃様はこの事を重く受けとられていたので本日は謝罪しに参った次第です」


 それはもう見事なお辞儀をして従者の人が謝ってくれた。そのままだと頭が地面に着きそうなくらい。

 ……つまりアレだ。クッキー横取りとおデブ発言についてか。あの場にはエースもいたからね。それを親に報告したんだ。なるほど、それでね。


「お付きの方、そんなに深く頭を下げないでください。こんなに立派なお菓子まで頂いて逆にこちらが申し訳ないくらいですわ」


 あの後にエース王子や他の子達に山ほどお菓子を分けてもらったし、大の大人や王妃からも謝られると地位の低い私は困ってしまう。

 所詮、口の悪い子供がしたことだし親が出てくるような案件じゃないよ。


「聞いたか?もう謝らなくていいらしい。疲れたから帰るぞ」


 話は終わったとジャックは立ち上がった。

 ちょい待ち。


「あら?お付きの方からはエース王子と王妃様の分まで謝罪をいただきましたが、ジャック様から謝っていただいてませんわよ?」

「なんだと?」


 キッ!っとこちらを睨むジャック。

 嫌々、自分の従者にこんなに頭を下げさせて、家族に心配かけたのに、当人が何もしないってのはダメでしょう。

 お詫びの品を持って行くように言ったのはエース王子と王妃様だよね?アンタは何もしてないじゃん。


「貴様はこのオレ直々に頭を下げろと?」

「それが常識では?」

「いい度胸だな。たかが伯爵令嬢風情が王子であるオレに生意気な」


 いや、生意気なのはどっちだよ。自分の立場を理解していないの?


「まぁ、そんなに嫌でしたら構いませんけど?その場合は次回のお茶会でこの事をエース王子にお伝えしますわ。従者の方も王妃様にお伝え願えますか?」

「私は……はい。そうですよね」


 従者の人の態度から察して、お手伝いというより監視のためについて来たのよね。

 あれだけ気配りができるエース王子のことだからこういう事態を想定してたと思う。


「くっ……貴様はオレを裏切るのか⁉︎」

「裏切るとおっしゃられても、私は王妃様とエース様の指示でここにおりますので」


 ほらやっぱり。信頼ないねジャック。


「どうなさいます?このまま帰られた場合はお叱りがあるでしょうし、もしかしたらまたご足労願うことにもなりますわよ?」


 謝っちまいなよ。お菓子もらって上機嫌だし、ごめんなさいすれば許してやるよ。


「…………ぐっ…」


 顔を真っ赤にして震えるジャック。

 クッキーを盗られた私みたいに怒っているけど、自業自得だからねそれ。


「…………………………悪かった」


 は?聞こえないんですけど!

 蚊の鳴くような声で言われて真面目に聞こえない。私の耳が悪いとかじゃないよね?

 ソフィアの方へ視線を向けると、聞こえませんでしたと頷いた。


「あの、聞こえなかったのでもう一度、」

「悪かったなぁ!!オレは王族だから貴様に対して素直に感想を言っただけなのに手間を取らせて、悪かったと言っている!!これで満足か!」


 お次は鼓膜が破れそうなくらいの大声が飛び出した。

 しかも頭下げるどころか超上から目線で怒鳴り散らしてきたぞこのバカ。


「ソフィア。従者の方。今からすることは見て見ぬ振りをしてくださいね」

「お嬢様、何を」


 私はドレスのポケットに入れていた悪役令嬢の必須アイテムである羽根つきの扇子を取り出すと、それで思いっきりジャックの横っ面を引っ叩いた。



 パンっ!!という音が部屋に響く。



「このおバカ!悪い事したらごめんなさいって謝るのが常識でしょうが!!兄や親に迷惑かけて、何も悪くない従者に頭まで下げさせて何が王子よ。偉いのはアンタじゃなくて王族っていう家でしょ。そんな態度じゃいつまで経っても二番手の補欠候補扱いでしょ?少しは見返してやろうとか思わないの?悔しくないのかって聞いてるのよ。いつまでも家族におんぶに抱っこされてそれでも男の子なの⁉︎」


 逆ギレしたジャックより大きな声を出したかもしれない。普段あまり出さない声量で喉枯れたかも。

 だけど、こいつにはこれくらいじゃないと効かないと思う。

 お説教や痛みを伴う罰を推奨するつもりはないけど、本人に自分の現状や何がいけない事だったのかを自覚させるのは必要な事だ。ましてやそれが王族だったら余計に。


 今のままだとエースが王を継ぐのは順当だけど、万が一があれば次点でジャックだ。今のまま成長して王になったらロクなことにならない。

【どきメモ】通りにルート進行してジャックが主人公ヒロインと結ばれれば最終的に問題ないかもしれない。でも、そのルートだとジャックは心が荒んで何人もの女の子を不幸にする。シルヴィアだって不幸になってトチ狂って牢獄エンドだ。


 それは私が許さない。私は自分が生き残るために運命に真正面から挑むのだ。

 そのための障害はここで正す。


「……母上にも叩かれたことないのに」


 あっそう。私はしょっちゅうある。前世なんか授業中に居眠りして教科書で頭叩かれたし、今世ではデコピンだ。……お母様のデコピンってなんであんなに痛いのかわからん。


「お、お嬢様……⁉︎」


 ジャックの従者が真っ青な顔をしている。

 そうですよね。王子様を引っ叩くなんて不敬罪ものですよね。うちのソフィアなんて立ったまま白目で気絶してますから。器用でしょ?


「ジャック様、お怪我は……」

「……心配ない。ただ少し痛いだけだ」


 丁度、扇子のサイズ分だけ頬が赤く腫れている。

 くっきりと跡が残るって、予想以上にやり過ぎたかもしんない。

 どうしましょう。今更になって冷静になってきたぞ⁉︎心臓が喉から飛び出しそうなくらい暴れていますよ。


「……………すまなかった。邪魔したなシルヴィア・クローバー」


 軽くではあるが、確かにペコって頭下げた。

 そしてそのままジャックは部屋から出て行ってしまう。後に続いて従者もペコペコ頭を下げながら慌てて去っていった。


 部屋に残っているのは私とソフィア。



 ーーーとりあえず甘いお菓子でも食べよっか。


「ソフィア、おやつにしましょうか」

「いや、ご自分が何をされたかお分りですかお嬢様⁉︎」


 口から魂が抜け出ていたソフィアが目を覚ました。神は言っている。まだ死ぬべきじゃないと。


「えっと、ついカッとなって」

「いやいやいやいや!それだけでは説明がつきません!」

「だって、兄であるエース王子がわざわざ王妃様に知らせて謝る場を設けたのよ?兄が弟のためを思ってよ?」


 お茶会の時の態度だとエースはジャックのことを嫌っていないし、むしろ弟として気にかけている。

 その思いやりを踏み躙るなんて………。


「生意気よね。弟のくせに」

「それが本音ですか……」

「だって、もしクラブが同じようなことをしたら私は姉として情け無いわ。教育的指導としてビシバシと調教してあげるの」


 私は姉。貴方は弟。どちらが上か理解してる?わからないなら体に教えてあげる!!


「…………仲を深めるのは結構ですが、クラブ様に手心を加えてください」

「もちろん!真心を込めて接するわ」


 ヒロインに誑かされて反逆なんてできないようにしてあげるの。

 目指せ、バッドエンド回避!頑張るぞオー!






 この後、ソフィアがお母様にチクったので私が教育的指導を受けました。《私は暴力的でお淑やかじゃない悪い子です》と書かれた看板を持って正座させられました。


 ーーーこの世界にも正座の文化ってあるのね。




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