第2話 悪役令嬢の弟!
転生して一週間が経過した。
医者から完治を言われて私は屋敷の中を自由に散策できるようになった。
ずっと部屋に閉じこもっているのは辛かった。ソフィアからこの世界の話を聞いたり、ノートに覚えてるだけの【どきメモ】の情報を書き綴った。
数年経って記憶があやふやでした〜ってならないように頑張ったけど、ゲームの細かい所とかマイナーキャラについては攻略サイトを見たから既に記憶に残っていませんでした。
ーーーこれはフラグなのでは?
信じたくない。私は悪役令嬢になるんだ!負けるもんか運命なんかに。
そんな不安もあって部屋の中にいるのは精神衛生上あまりよろしくない。レッツゴー探検だ!
ソフィアが一緒だと動きが制限される(私がまた倒れないように厳しく目を光らせる)ため、今日はお使いを頼んでいる。よって私はフリー。自由だ。
向かう先は屋敷の離れ。そこにいる弟に会いに行くのだ。
複雑な家庭事情のため、あまり近付かないようにとソフィアから言われていたけど関係ない関係ない。相手は5歳児だよ?下ネタや美人のお姉さんにデレデレで甘える年頃だ。負ける気がしねぇぜ!
「失礼するわよ」
お上品にドアをノックして離れの中に入る。豪邸である本邸に比べてこちらは一軒家サイズしかない。元々は来客用だったらしいけど、最近は使ってないのでそのまま弟の居住空間になったとか。
「……誰?」
家の中にズカズカ入ると、リビングに一人の少年がいた。長い前髪で片目が隠れているが、恐ろしいくらいに美形。もう顔がいい。
「姉に向かって誰?はないんじゃなくって?」
「シルヴィア……。お前が言ったんじゃないか。近づくなって」
反抗的な目でこちらを見る弟。名前はクラブ。クローバーとクラブって名前がダブってない?名前つけた人大丈夫?
「あら、そうなの?ごめんなさいね。私ったら記憶喪失で何も覚えてなくって」
「記憶喪失?」
近づくな、なんて言った覚えはないけどゲームのシルヴィアとクラブの姉弟仲は最悪だったものね。
クラブは両親が亡くなったことこそ不幸だったけど、生まれつき強い魔力を持っていたから養子として引き取られた。
そこにシルヴィアは強い劣等感を持っていたの。養子なのに私が持っていない魔力を持ってるなんて許せない!って。
その後、魔力を手に入れてからのシルヴィアはそれまでの鬱憤を晴らすようにクラブに強く当たるようになる。時には魔法の実験や的扱いもするの。
ここにしか居場所が無かったクラブは必死に我慢して姉への憎悪を溜めていく。そしてそれがピークになった頃に同じようにシルヴィアからイジメられていた主人公といい感じになって反逆する。
ソフィアはクラブの受けていた仕打ちに耐え切れずに主人を裏切るのよね。
「今までのことを全部忘れちゃったの。だから貴方のことはクラブって名前と養子の弟だってこと以外に何も知らないのよ」
「……この間屋敷が慌ただしかったのはそのせいか」
つまり、このクラブを懐柔して従順な子にしてしまえば破滅ルートを一つ潰せる。他のルートへの対処もしやすくなるって戦法なわけ。
「これからよろしくねクラブ」
微笑みのお姉ちゃんムーブ。どうよ、美少女に手を差し伸べられて嫌がる男なんて、
「断る。こっちからお願いだ。僕に構うな」
はぁ?(こめかみに血管が浮き出る)
今、何て言ったこの子。せっかく私が気を利かせてこれから仲良くしましょうって言ったのよ?
養子とか関係ないし、面倒な後継とか任せようかとさえ考えていてあげたのに、構うなですって?
「それはどういう意味かしら?」
「僕はこの家が嫌いだ。特に魔力もないくせに他人を逆恨みしてくるような女はな」
このクソガキ、言い切ったわよ。
ゲームだとシルヴィアからの拷問シーンしか無かったけどこんなこと言ってたの?
人を煽るような言い方してたらそりゃあシルヴィアも怒るよ。私だってイラっとしてるから。
話は終わったとばかりにクラブはソファーに座って分厚い本を読みだした。
この家に入ってからまだ一度も挨拶されてないし、客扱いじゃなくて邪魔者扱いされてるし、おまけに無視⁉︎
へー、そんな態度を取るんだ。お姉ちゃん、本気出しちゃおうかな。優しくお淑やかな頼れるお姉さんとしてクラブを攻略しようとしてたけど作戦変更。
「ねぇ、私にそんな態度をとっていいのかしら?」
「どういう意味さ」
「私がなったのは後天的魔力発生病なの。聞いたことないかしら?」
「それが?」
「病気が治った今の私にはクラブと同じく魔力があるの。貴方って私に魔力が無いから代わりに後継になれるようにって理由で引き取られたのよね?」
再び微笑む私。ただし、その意味はさっきと真逆だ。
「えっ、それじゃ……」
「私が後継になったら貴方はどうなるのかしら?孤児院?それとも全く知らないどこかの貴族に売られるのかもね。……そこではどんな扱いと暮らしを受けるのかしら?今みたいに不干渉ながら不自由ない生活なんて保証されないわよ」
亡くなったクラブの父と私の父は仲がいい兄弟だった。それに遺産だってあったからこの扱いなのだ。
それが実の娘に対して態度が悪かったりすれば恩を仇で返すことになるんじゃないかな。
少なくとも現時点で母はクラブにあまり良い印象が無いようなので今後、魔力持ちの弟か妹でも生まれたら、クラブの居場所はないだろう。
「僕を追い出すのか?」
「今のままだとね。それは嫌でしょ?」
「……何をすればいい」
ほら、落ちた。子供って打算的よね。
そこが制御しやすくて良いんだけど。
「別に今は何もないわ。ただ私と仲良くしてくれれば。クローバーの屋敷ってソフィア以外に遊び相手がいないのよ。あの子はメイドだから対等に遊んでくれないし」
現在進行形でソフィアとの仲は良好であるが、どうも距離感がある。
同じ年だから仲良く遊んでお喋りしたいのにこの世界は身分制度があるから困りものだ。前世だったら誰とでも共通の趣味で遊べたのに。
「それだけか?」
「それだけよ。……いや。それ以外にもお願いはあるわね。私は貴方のお姉ちゃんなんだからもっと健気で可愛いげある態度を取りなさい。そんなぶっきらぼうだと友達できないわよ」
今のまま成長すると完全に生意気な子になってしまう。
ゲームだと暗くて近寄りがたい印象しかないけど、この最強の悪役令嬢になる私の弟としては力不足だよね。
反逆する生意気さはあってもいいけどお姉ちゃんに口答えするのはダメ。弟・妹は年長に従うべし。
……前世の私って姉弟いたのかしら?思い出せないけど。
「余計なお世話だ」
「そうよ。お姉ちゃんは弟の世話を焼きたがるのよ。だからクラブ、そんな参考書みたいな分厚い本なんて読まないで一緒に遊びましょう?」
カーテンまで締め切った暗い部屋にいると気分まで落ち込んでしまう。これ、ここ最近の経験談です。
「ほらほら、早くしなさい」
「わかったから引っ張るな……」
シルヴィアの体はフィジカルが高いので引きこもり気味のクラブなんかには負けない。
というか、体細くないかしらこの子。ご飯しっかり食べてる?今度、お父様かお母様に頼んで増やしてもらおう。
「なんだよシルヴィア」
「あぁ、あとそれね。シルヴィアって呼び捨てにするのはやめなさい。私は貴方の姉。お姉様かお姉ちゃんと呼びなさい」
「うへぇ」
思いっきり嫌そうな顔をしたので、こめかみをグーでぐりぐりしてあげる。
「いたたたたた!痛いって」
「言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」
「ごめんなさい!痛いからやめてくださいシルヴィア!!」
「あら?あらら?誰にお願いするのかしら」
「僕が悪かったよ姉さん!」
お姉様でもお姉ちゃんでもなく姉さんか。納得はいかないけど及第点としておこう。今度に期待。
「わかればいいのよ」
「……本当に記憶喪失なのか?性格の悪さが前と何も変わっていたたたたたた!痛いから!!」
ーーーなんですって?
お仕置きを数回もすると、クラブはがっくりと項垂れてしまいました。
何やら「理不尽だ……」と呟きが聞こえるけどまだ継続して欲しいのかな?
拳を構えてニッコリ笑顔。
「いえ。何もありません姉さん」
「よろしい」
姉弟のコミュニケーションが取れた所で屋外に出よう。
眼前に広がるのは広い庭。噴水とか色んな花の花壇とかお金持ちの家って雰囲気。
「で、何をするんだ」
「二人で出来ることなんて限られてるわよね。……クラブは細かい作業とか好き?」
「手間がかかるのは時間潰せるから好きだけど」
ふむふむ。それならピッタリの遊びがあるね。
本当は木登りとかしたいけど、落ちて怪我したらまた両親を心配させそうだし、鬼ごっこも二人だと味気ない。見るからにもやしのクラブ相手だと私がずっと逃げる側になりそうだし?
「この辺りがいいわ。クラブ、バケツに水を汲んできて」
「ここ、ただの土しかないぞ?」
「そうよ。今から私達は泥団子を作るのよ!」
地面には砂場っぽい土。ここに水をかければ良質な泥ができるはず。
幼い頃にひたすら泥団子を作り続けた職人の腕の見せ所ね。……おままごとの時ってどうしてあんなに泥団子を使いたがるのか謎だわ。
「……はい、水」
「よし。クラブは泥団子作った経験は?」
「無いよ。そもそも泥を素手で触るなんて手が汚れるだけじゃん」
「そんなこと言えるのも今のうちね」
最初は誰も嫌がるのよ。
そもそも泥を丸めてなんになるか私にもよく理解できないけど、これは考えるのではなく感じるの。他人が作ったのを見たら自分もやりたくなるわ。
まずは泥を作成。粘りけが必要。
次に泥を手で球状に丸める。……手が小さくて大きいサイズは無理そうね。
芯となる泥玉ができたら、そこに普通の土をまぶして乾燥。また土を表面につける。
この工程を何度か繰り返すとお手本のような泥団子の完成。
「おぉ。キレイな玉になった」
「驚くのはここからよ」
乾燥・きめ細やかな砂をかける。
そうして更にサラサラな感触になった泥団子を布で………ポケットに入ってたハンカチでいいよね。
撫でるように磨きあげる。力を入れ過ぎると割れたりするので充分に乾燥させようね。
無言で泥団子を磨きあげる私の顔はまさに職人。中学、高校と砂遊びをやってないけど技術はまだ残っている。
クラブもいつしか真剣な目で見ていた。ふっ、所詮は子どもよなぁ。
「完成したわ」
「凄い……泥の塊が宝石みたいにピカピカに。感触もツルツルだ」
出来上がった泥団子を触らせてあげると目をキラキラさせながら感想を口にした。
考えたらお皿や壺って元の材料は土よね。それが芸術品になれば感動ものよ。
「じゃあ次はクラブの番よ」
「僕にも作れるかな?」
「安心しなさい。私が丁寧に教えてあげるわ」
そこから私達は時間を忘れて泥団子作りにハマった。
乾燥を待つ間に小さい泥玉で雪合戦ならぬ泥合戦もした。口の中に土が入ってじゃりじゃりする。
夕暮れ時になると私の帰りを心配した母とソフィアが私達を探しにきた。
泥んこまみれで洋服を汚して髪の毛もかぴかぴになったのでもの凄く怒られた。クラブも同じくらいにね。
いくつも作った泥団子は日陰に避難させてお風呂に入った。
後日、ペンや絵の具を使って泥団子をカラフルにするともうクラブのテンションは最高潮。その中でも一番出来がいいものは部屋に大切に飾るのだそう。
私も同じことをしようとして本邸内に持ち込んだが、途中で転んで絨毯の上に落とした。
ソフィアから叱られてしまった。この子、同い年なのにお説教がオカンとかのそれだし、私がしおらしくなってるのを見た母から主従関係なしのお叱り権を与えられてしまった。
ーーーくっ、姉弟なのにどうして私だけこんな扱いなんだ。解せぬ。
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