第6話

 スマホに夢中のその女性に声を掛けようと、コンビニを後にした僕は出来るだけ自然に距離を縮めるよう取り繕おうと周囲の様子を窺う。どのタイミングで相手の視界に入ると会話のスタートが切り出し易いだろうか。そう考えながら背後から近付こうとするものの、イヤホンで両耳が塞がっている様子が窺えたため、正面に回り込むことにした。

 まずは自分を認識してもらおうと、何かを尋ねようとでもするように手を降りながら中腰で視界に入り込んだ。手元の未開封のレモンサワーをバッグにしまうべきか迷ったが、相手の女性も同じレモンサワーを飲んでいたため、あえて片手にそれを持ったままでいた。コンビニ前にたむろする若者達を含め、周囲の状況が気にならないのはどうやら好きな音楽でも聴きながら、完全に外部をシャットアウトしていたからのようだった。


 構わず会話を切り出そうと、イヤホンを外して欲しそうに片手でジェスチャーを送ると、驚いた様子でこちらを認識してくれた。

「お姉さん、これから誰かと待ち合わせですか?」

「違います…」

「ここで何してるんですか?」

「何かすみません…」

 すみませんという意図が分からないままでありながら何か言葉を返そうとした時、頬を伝う涙を手の甲で拭いながらもう片方のイヤホンを外す相手の口元が気持ち緩んだように見て取れる。

「おっと泣いている…。どうしたんですか?僕で良ければ話聞きますよ。あ、同じもの飲んでるじゃないですか!いったん乾杯しましょう!」

「もう全部飲んじゃってます…」

「じゃぁ新しいのを買えば良いです、そこのコンビニ行きましょう!」

「そこの大学生達がまた話し掛けて来たのかと思いました…」

「大学生はダメだったんですか?」

「大勢で騒がしいのが嫌です…」

「何となく分かるような気がします」


 先ほどから同じコンビニを出入りし過ぎるように自覚すると我ながら可笑しく思う。忙しなく何度も出たり入ったりを繰り返している様は、落ち着きのない子供がまるで時間を持て余しているようで、いい歳をした大人がはたから見えるに滑稽であろうとも思う。

同じレモンサワーを一つ手に取り、レジで会計済ませながら、もう片っぽは先ほどこの店で買ったばかりなのだと未開封で印の付いた手元のものを、そう意図するようにレジの男性にそれとなく示す。

 コンビニを出て通りを歩きながらプルタブを引き、どちらともなく乾杯をした。何となく店の前の騒がしい学生グループとは離れたく、駅を背にしたまま歩いた。


「何で泣いてたんですか?」

「いや、さっきまで職場の同僚と食事してたんですけど、つまんない毎日過ごしてんなーって話題になって。それ考えながら好きな曲聴いてたら虚しくなっちゃって…(笑)」

「なるほど。今はすっかり落ち着いた様子で。でも金曜の夜って彼と過ごしたりしないの?」

「あぁ、今の彼との結婚は無いと思っているんで…。もう何か会う気しないんです」

「既に見切っている…。それは何故?」

「バツイチなんですよね。知ってて付き合い始めたんですけど、何でバツついちゃったかわかる感じで」


 普段から相手に相当苛ついているのか、先ほどまでのしんみりモードとは口調も変わる様子が顕著だ。

「そういう器量みたいなものって一緒にいると嫌でも見えちゃうよね」

「だからって私もフラフラしてちゃダメなんですけどね(笑)」

「フラフラしているんだ?」

「割と(笑)」

「でも若い内は良いんじゃないかな、そういうのも」

「全然若くないですよ。私30歳手前ですよ?」

「マジか、最初女子大生かと思ってた!」

「お兄さんと少ししか違わないと思います(笑)」

「そう言われると嬉しいけどそんなに近くはないと思うな…」

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