第5話
その場を離れようかと思いつつ会話が弾んでいることを思うとそれを妨げたくはない。そう考えるとついついその場に思い留まってしまっていた。騒がしい側を余所目に会話を続けていると、少し間を空けながらコンビニから出て来た女性が、駅前のロータリーの段差があるコンクリートの地べたへ腰を下ろした。すぐ傍で深夜にも関わらずバカ騒ぎしている鬱陶しい連中が気にならないものかと、ある意味では関心させられる。視線は手元のスマホへ落としたままだ。
手元に意識を集中しているさまから、周囲の状況などもはや知ったことではないといった様子で、スマホは確実に人々の私生活におけるあらゆる視界を遮っていると改めて感じさせられる。そのように遠くに視線をやりながら想いを巡らせていると必然的に会話に身が入らなくなる。そう自覚すると、何となく自然な成り行きで、話し相手をその女性にチェンジ出来ないかという衝動に駆られた。
何とかこの場を切り上げる理由を作れないかと思いきや手元の時計を伺うと、会話を始めてそろそろ制限時間の20分を迎えようとしており、勢いに任せて切り出す。
「お姉さん帰ってお風呂入ります?」
「いや、もう着替えて寝るだけですけど…?」
「え⁉ってことはノーブラ?」
「流石に外出時はブラしますよ(笑)」
「なるほど…。そろそろ約束の20分なので、最後にビックリするかも知れないですけどお願いして良いですか?」
「別に20分とかもうどうでも良いですけど…。何ですか?(笑)」
「お姉さんもう帰って着替えて寝ちゃうじゃないですか?寝るときブラ付けたままですか?」
「外します…。...?」
「それなら調度良い!僕ブラ外すの超早いんですけど、どうせ帰って外すわけだし僕が外しちゃダメですか?」
「…はぁ?」
「いや、『早っ』てリアクション欲しいみたいな…(笑)」
「それで終わるのなら別に良いですけど…」
自宅はアチラだという方向へと歩きながら、通りからは死角になるであろう目の前のビルの大きな柱の裏側にスッと身を潜めるように二人で移動した。そっと手を引き、身を寄せながら背中に手を回す。ブラのホックを服の上から探り当てると躊躇することなく親指と人差し指、中指の3本の指を擦るようにスライドさせる。
「あ、外しちゃいました…?早いかも(笑)」
「すみません、コレやりたかっただけです(笑)」
そのまま抱きしめてしまえば何かが始まる予感がしたものの、意識は既にコンビニ前の女性に向かっていた。
「ワンピースの下までずり落ちちゃいそう」
「両脇を締めてしっかり固定しましょう!」
「凄く不自然じゃないですか…?(笑)」
「そうでもないですよ」
連絡先を交換することも忘れて彼女をその場で見送った僕は、再びレモンサワーを買い足そうと、先ほどのコンビニへと向かった。
店先には依然、学生グループがバカ騒ぎしている。数メートル先にはスマホの画面に夢中の女性が腰を下ろし、その場に佇んだままだ。直ぐにその場を立ち去ろうという様子も窺えない。むしろ、気が済むまでその場で時間を潰す気でいるようにさえ見て取れる。その寂しそうな背中を余所目に、邪魔をしてくれるなと言わんばかりにシカトされそうな、数分後の自分の姿が頭を過ぎる。そうなればそのまま諦めてタクシーにでも乗り込めば良いと言い訳を準備しつつ、直ぐ傍の大学生の視線も集めてしまうかも知れないとも思う。この後の最悪な展開をイメージしながら、自意識過剰だろうと自分に突っ込みたくなる。自分が思うほど周囲は自分のことなど見ていないだろうと改めて冷静になりながら、コンビニでレモンサワーの会計を済ませた。
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