第3話

 深夜は駅前でも人通りは殆ど無くなり、店の外では案の定、先ほど店を後にして行った学生グループがそこへ留まってはわいわいとし始めている。この時間帯にもなると彼らのような時間を持て余した若者か、駅前の居酒屋から出て来た足元のおぼつかないサラリーマンがタクシーに乗り込もうとする姿が時折り視界に入ってくる程度で、街自体がひっそりと夜に沈もうとするのを実感せずには居られない。人に依ってはここからが更に孤独との闘いになる。夜明け前に荷下ろしにやってくる業者が出入りする時間帯までは、客足が一向に途絶える日さえあるのだが、何だかんだで気を抜いた頃にはぽつぽつと来店があるため、迂闊に腰を下ろしてやり過ごすよりは、何か仕事を作って熟しながら時間の経過を待つのが私の時間の取り方となっていた。


 30分ほど経った頃だろうか、ストライプグレーのスーツの男が再度現れ、またしてもレモンサワーを購入して店を後にした。既に女性は一緒ではなく、見送ってようやく家路に着きながら締めの一杯をといったところだろうか。

そのように垢の他人の行動について、不本意ながら意識してしまうことに動揺していると、ストライプグレーのスーツの男がまた店内に足を踏み入れようとしていることを認識する。この男はこの一時間弱の間にいったい何度この店を出たり入ったりするのだろうかと思う。

まるで夏休みなどの長期休暇中に持て余した小学生が、特に買うものもないのに出たり入ったりを繰り返すような、あるいは行き当たりばったりの場当たり的で落ち着きのないヒトの取る特に意味のない行動を目の当りにしているかのようだ。そしてまた一人ではない。今度は先ほど俯き加減にレモンサワーを購入していった女子大生ともOLとも見て取れる女性を連ねており、目の前で繰り広げられる展開を気後れしながらも認識する。

「お姉さん、飲んでたヤツで良いの?」

「えー、ご馳走してくれるんですか?じゃぁ同じので(笑)」

「僕は今買ったばかりだからコレで良いや」


 もともと知り合いだったのかと一瞬合点しそうになるような距離感にも見て取れるが、名指しし合うわけでもないその会話のトーンからはどう考えても初対面のそれだといった様子なのは、その前に連ねていた女性の時と全く同じだ。「自分はコレあるからまだいいや」という常套句ないったい何なのだ。他人の私が見知らぬ男の決まり文句について想像を巡らせているこの状況が何だか可笑しいと思った。


 1人だと俯き気味であった女性も顔を上げて笑顔を見せている。服の着こなしからトレンドはしっかりと追っているようで、やはり今風の大学生のようでもあるのだが年齢までは読めない。2人並んで店を出て行く後ろ姿を眺めながら、持て余して真っ直ぐ帰宅したくなかったのはこの女性も同じなのではないか、傍から見てもそう感じた。順序を追って考えてい見ると自然なことなのかも知れないが、見ず知らずの男女が例え一時の時間だと言えど共に過ごそうと意気投合しするものだろうか。この後2人で何処へ向かうのだろうか。


 客足が途絶えた合間を見計って水回りの掃除済ませる。先ほどまでとは別の通路の陳列を控えて積み重ねてあった、新たなラックに敷き詰められている商品に手を掛ける。いつまでも通路を半分塞いだままでは気が気ではない。やれる事はやれる内に済ませようと、次から次へと自らに課した仕事に追われるように立ち回っていると、時間が経つのも早く感じるものだ。


 ストライプグレーのスーツ姿が頭からすっかり離れようとしたところ、先ほど店を後にしたばかりのはずの2人がまたいつの間にか店内に居ることに気が付き、うっかり声を出しそうになりながら二度見をしてしまう。いつまでこの辺りに居るのだろうと、流石に部外者の私も思う。女性の方はスイーツコーナーで新商品を物色しているが、今から何かを食べようという様子ではない。

 一方でストライプグレーのスーツの男はコスメコーナーを行ったり来たりと何かを探しているようだ。カッチリした格好でそこ忙しなく動く間の抜けた様子に気持ちほど親近感さえ湧いてくるのが不思議で仕方ない。

 それを意に止めぬよう自分の手元の作業を継続していたところ、人影がこちらへ近付いて来て声を掛けらたところで顔を上げた。ストライプグレーのスーツの男が何処か親しみを滲ませるように表情を崩している。

「お兄さん、ちょっとお聞きしていいですか?」

「何でしょうか…?」

 口元を手で覆い声を伏せるような仕草ではあるが声量は通常のままだ。

「コンドーム置いてます?」

「コンドーム…」


 「探していたのはコンドームだったのか」と合点しつつも、動揺を隠そうと必死になればなるほど相手の顔を見ることが出来ない。確かにウチの店舗のソレはコスメコーナーの下段にひっそりと陳列してあるのだから見つけられないのも無理もないとも思いながら、平静を装うようにしながらその小箱を示す。

「あ、あった!これで良いです~」

 そうバリエーションにも富まない品揃えの中から、0.02ミリと表記された3つ入り700円の小箱を手に取りレジに向かうのを私は後を追いかけた。紙袋を拡げながら、まさかこのまま手渡しで良いと言いだすのではないかという疑念が頭を過ぎった瞬間、「そのままで良いです!」の一言でその疑念が的中したのだと思い知らされる。

 そのままで良いと、これから直ぐそこで使っちゃうのだといったトーンで言われるのだから、私の心は既に掻き乱されるがままにざわついている。この付近にホテルは多いが、ホテルに行くならわざわざコンドームを購入しないのではないか。深夜にもなると屋外であろうが死角は多い。


 2人が店を後にしてからも暫くは調子は狂ったままだった。仕事が手につかない。外の空気でも吸おうと表へ出た。気を取り直してゴミ袋の取り換えを行っていたところ、駅前の家電量販店の立体駐車場からストライプグレーのスーツの男が先ほどの女性と肩を寄せ合って出て来る様子が視界に入った。

 控えめに言っても後光が刺すかのようなその清々しそうな表情に、私は正直ここでこうして真面目に働いているのが馬鹿馬鹿しくなり、仕掛かり中であった作業の手を止めた。

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