第2話
喋り声の聞こえる方を振り返ると、先ほど会計を済ませて店を後にしたばかりのはずのストライプグレーのスーツ姿のサラリーマンが、今度は女性を連ねて再度店に足を踏み入れようとするところであった。「何だ、彼女と待ち合わせか」そう思った私の思惑が一瞬で誤りであることを突き付けられる。
「お姉さん、何飲まれます?僕は飲み物持ってるので何か適当に選んじゃってください」
「じゃぁこのスムージーで…。ちょっとお話するだけですよ?」
「良いです、良いです。これ飲む間だけで良いんです(笑)」
「じゃぁ頂きます…」
再び会計の対応をする私には見向きもせず、あたかも「今そこらで知り合ったばかりなのでは?」といった間柄であろう2人の会話が目の前で展開される。
彼にしてみればその間柄など周囲にとって知る由も無いことだと、取るに足らないことだとしてか、特に声を伏せる様子もない。目の前で見ず知らずの他人同士の会話が取り留めもなく展開されているに過ぎないのだが、初対面同士にしては会話が弾んでいる様子も否めず、その取り留めのない内容すらも気になってしまう。手元が狂いそうになるのを必死に制御しながらも意識すればするほどいつもの様に行かなくなりそうだ。まるでその小慣れた佇まいに気圧されるかのようでもある。
「時間決めますか、お姉さん今日何時に寝ますか?」
「1時過ぎには寝たいですね…」
「じゃぁ15分!いや、20分だけ喋り相手になってください(笑)」
「じゃぁこれ頂いてる間お話ししましょっか…」
「一気飲みしてサッサと帰って行くとか無しですよ?(笑)」
「そんなに直ぐには飲み干せないですよ…」
「じゃぁめっちゃゆっくり飲みましょう!」
やはり私を含めて周囲には意も介さず、会計を済ませた2人は踵を返し、そのまま2人並んで深夜の夕闇へと吸い込まれて行くように去って行った。
心なしかストライプグレーの後ろ姿が弾んでいるようでもあったが、それは先程の単独の時と違って話し相手がいるからで、会話に夢中にでもなれば無理もないのかも知れない。
しかしどういう状況だろう。たった今アルコールを購入して店を後にした1人のお客に対して、初見にしては少し情報量が多過ぎなだろうか。私が意識し過ぎただけだろうか。理解が追いついて行かない。
初めて見る顔だな。
スーツはストライプグレーか。
大きな鞄だな。
顔が疲れている。
こんな声で喋るのか。
お連れは彼女ではない…?
何をやっているんだ…
考えを巡らせている間も大学生らしき5、6人の男性グループが各々でスポーツドリンクや炭酸飲料を購入して店を後にしたが、実際何人だったのか購入したものが何だったのかの記憶は曖昧だ。その内の1人が脇にスケボーを抱えていたのは確かだ。そして「店の前ではやってくれるな」とは思った。
そんな彼等と入れ替わるように、女子大生ともOLとも見て取れる女性が1人、手元のiPhoneから伸びる白いイヤホンを耳に挿した状態で、やはりレモンサワーを片手にレジへやって来たため、先ほどのストライプグレーのスーツが頭を過った。
終始俯き加減で顔や表情は掴めなかったが、深夜の1人歩きだとこういうものだろうと、先ほどまでの胸の騒つきが多少収まりつつある。
それにしても、ここ最近各メーカーからの新たに発売されるレモンサワーの度数が高めなのは何の流行りだろうかと余計な思考を巡らせている間に、こちらも会計を済ませて店を後にして去って行った。
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