レモンサワーと終電後の駅前と

城西腐

コチラ側と

第1話

 ある秋の金曜日の深夜。終電時間が次第に近くの駅前のコンビニの店内。売れ残りで閑散とした陳列棚の菓子パンの隙間を敷き詰めるように、荷降ろしされて検品が済まされたばかりの通路に積み上げられたラックから、来客の会計の列がレジからはけている隙に素早く丁寧に補充していく。

 ラックから取り出した商品を指先で押し潰さぬよう、そっと柔らかなタッチで手際良く掴み、陳列棚へと振り返る。反復運動はリズムが大事ではあるが、調子が狂うと首だか腰だかを捻り過ぎてしまいそうで無意識なものにするには運動不足な感は否めない。大学へ進学してからも就職活動を開始した昨年末まで続けていた部活には、就職先への内定が出てから数回ほど顔を出して以降はほとんど顔を出してもいない。

 

 駅前に連なる停車したタクシーの列から、顔馴染みのドライバーが缶コーヒーと週刊誌の会計を済ませてはそそくさとこの場を去って行く。金曜日だからか他の平日の深夜と比較すると、職場の同僚との飲み会の帰りらしきスーツ姿の見慣れないサラリーマンが時折り紛れてはくるものの、その殆どは代わり映えのしない平日深夜の顔ぶれである。

 この時間にもなると電車の出入りに伴うヒトの流れもパターン化してくるため、ある程度読めるようになってくる。駅のホームを出入りする電車の間隔も次第に広がって行き、その合間を上手く読みながらレジと商品の陳列との行き来をしていれば、必要最低限の体制のもと、店内に一人になる時間も慣れればそう無理なものではなくなってくる。時間帯に依ってはめっきり客足も途絶えるので、マイペースな私にとっては特にストレスに感じることも無く、返って気がラクではある。

 そろそろ最終の電車が駅を出て行った頃だろうか。出入りするヒトの顔ぶれから時間帯も何となく読めるようにもなり、左手首の腕時計に目をやると、やはりそのような時間を時計の針が指し示していた。


 意図した通りだと思い直して間も無く、上下ストライプグレーのスーツに身を包んだサラリーマンが店内に入ってくるのを認識する。片手に下げた肉厚そうなレザーのバッグは少し膨れている。店内を悠々と特に買うつもりも無いらしい雑誌や総菜までに至る陳列棚の一通りを一瞥し、アルコールコーナーの前で立ち止まった。目元に疲れを滲ませながらも、金曜の夜から週明けにかけては日常の業務から解放される貴重な時間なのかも知れない。そのゆったりした動作からは、時間に追われているような、後ろの予定を気にするような素振りは皆無だ。片手には飲みかけのレモンサワーが既に収まっており、同じ銘柄のものを新たに手に取ってレジへ向かって歩みを進める。


 後を追うようにそのサラリーマンを追い越してレジに入った時には、積み重ねられた小銭が将棋の駒を指すようにこちらに差し出されていた。タッチパネルの年齢確認の表示をポンと指で突き、新たに購入したレモンサワーを手に取り踵を返して立ち去って行くその後ろ姿を眺めていた。私の目の前には金額ピッタリの152円と手元にはレシートが残る。初めて目にする顔だった。

 何処か抜け感のあるフワフワとした雰囲気を漂わせており、年齢は読めないがきっと30代も半ばであろうか。高価なものではあるかは定かではないが安物ではなさそうな、身に付けている持ち物から何となくそう窺える。

 何処かで飲んだ帰りに飲み足りずといったところか、ここから家路へ着くまでの道中で手にしていたレモンサワーを飲み干し、今ここで購入した新たなもので帰宅後に1人で仕切り直すのだろう。家族が寝静まった自宅のリビングで音を立てぬようにそっとプルタブを引く、何とも凄く分かりやすい光景ではないか。 自分が就職した後に待ち受ける将来像を思い浮かべ、「違う…きっとあんなのではない」と数年後の自分の姿を掻き消すように我に返る


 気を取り直しながら空になった菓子パンのラックをバックへと片す。再びレジの中へと戻り、ヒトの出入りが落ち着いてる間に揚げ場を綺麗にしておこうかとフライヤーへ手を掛けて程なくしたところ、先程のストライプグレーのスーツ姿が別の誰かを連ねて再び店内へ足を踏み入れようとしていた。

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