第12話 涙と練習

「カナ! どこだ!」

 俺は森の中に入り、大声で叫んだ。返事は返ってこない。

 目を離したのがいけなかった。獣人と人間とはいがみ合っているのに、カナを一人にしてしまった。

「いたら返事してくれ!」

 少し森の中を進むと、カナが木のそばで体育座りしているのが目に入った。

「カナ……こんなところにいたのか」

 俺が声をかけると、カナはビクッと体を跳ねさせ、俺の方を見た。目は赤く腫れ、端には涙の跡が見える。

「トーマ……」

「どうしたんだよ。マナも心配してるぞ」

「……戻りたくない」

 カナはまた顔を伏せてしまい、動こうとしなかった。

「じゃあ、俺も休憩するか」

 俺はカナの隣に腰かける。カナはまた体を跳ねさせ、俺から少し距離を取った。

「カナに何かあったら、マナが悲しむぞ。もちろん俺だって」

「……」

「何かあったのか?」

 返事はない。

「まあ、話したくないならそれでもいいけどさ。力になれることがあったら言ってくれよ?」

「……無理だよ」

「なんで?」

「……トーマは人間だから」

「もしかして、他のやつらに何か言われたのか?」

「……」

 また黙りこくってしまった。どうやら図星らしい。俺みたいに、獣人を受け入れている人が少ないことを改めて思い知らされる。

「よし」

 俺は立ち上がって、カナの頭を撫でた。

「じゃあ、俺があいつらに言っとく。そんで、カナは俺と練習しよう。もしそれが嫌なら、学校で練習だ」

 今は、カナを一人で練習させるわけにはいかない。学校で練習するなら周りも獣人しかいないはずだし、問題はないだろう。

「でも……」

「俺と練習するのは嫌か?」

 カナは黙って首を横に振った。嫌がられなくて少しほっとする。

「今度お前に嫌なこと言ってくる奴がいたら、俺が守ってやる。だから、戻ろう、な?」

 もう一度、カナの頭を撫でる。カナは俺の顔を見上げた。目に涙を溜めながら。

「ホント……?」

「ああ、ホントだ」

 カナは立ち上がると、俺に抱き着いてきた。嗚咽を漏らしながら、必死に泣いていることを隠そうと強く抱き着いて。俺はカナが泣き止むまで、頭を撫で続けていた。

 

 

 少し落ち着いたのか、カナは俺から離れた。

「じゃあ、戻るか」

 俺が言うと、カナは黙って頷いて、俺の手を掴んで歩き出した。

 森の入り口まで戻ると、マナが心配そうに森の前をうろうろしている。そして、俺とカナを見つけるなり走ってきて、カナを抱きしめた。

「カナ!! どこ行ってたの!? 心配したんだよ!?」

「……ごめんなさい」

 俺はマナ達を見送って、練習している生徒たちに声をかけた。

「おい、カナをいじめたやつは誰だ」

 だいたいの目星はついている。俺が森の中に行く前に声をかけたやつとその周りにいる生徒だろう。

「……だ、だってそいつ、獣人だぞ」

 返事は返ってこないと思っていたが、口を開いた男がいた。俺が声をかけた男だ。

「だから何だよ。それと小さい女の子をいじめることと、なんの関係があるんだよ」

「それは……」

「お前らが獣人を嫌ってるのはわかってる。けど、体育祭って人間と獣人の友好を深める行事なんだろ? だったらまず俺たちから変わらないとダメだろ」

「トーマ君……」

 マナが心配したように俺を見ていた。

「マナたちだって人が獣人のこと嫌ってるのはわかってるだろうけど、こうやって手伝ってくれてるんだぞ!」

「……」

 男はマナとカナを見て、申し訳なさそうに俯いた。そして「悪かったよ……」と呟いた。

 俺はカナの方を見る。マナの後ろで隠れて、こちらの様子を伺っていた。

「なあカナ。あいつもちょっとは反省してるみたいだからさ。許してやってくれないか」

 カナは黙って頷いた。

「ありがとな」

 俺はカナの頭を撫でて、男に向き直る。

「まあ、とはいっても、すぐに仲良く練習出来るとは思ってない。だから、カナとマナは俺と一緒に練習する。お前らも、もし一緒にやりたくなったら声かけてくれ」

 こうして少しいざこざは起こったものの、俺たちは練習を再開した。

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