第9話 勝負と練習場所
俺たちは今日もグラウンドで体育祭の練習をしていた。
「はぁ……はぁ……」
短距離走の練習なんてただ走るだけなのだが、体力のない俺にとってはかなり疲れる。
「トーマ君速いね。なんかやってたの?」
「いや……特に何も……」
息を切らしながら答える。前の世界でやっていたのは仕事だけだ。こうして体を動かすことなんてほとんどなかった。
マリアは息を切らした様子もなく、また走っていた。
「元気だな……」
「お前は体力ないのな」
後ろからソータに声をかけられる。
「お前は走ってないだろ……」
「だって疲れるし」
やる気なさそうに呟いて、ソータは木陰に座って本を読み始めた。
「教室にいると練習しろって先生がうるさいから外には出てきてるけど、真面目にやったって獣人に勝てるわけないしな」
「体育祭は獣人との交流なんだろ?」
「学校側の考えでは、な。実際は獣人が人間に身体能力の違いを見せつけるだけの行事だ」
つまらなそうにソータは呟いて、空を見上げた。
「今まで一度だって人間が獣人に勝った試しなんてねえよ」
「そうなのか……」
確かにグラウンドの端から見ているだけでも、獣人の身体能力の高さには目を見張るものがある。
何を取っても人間に勝てる要素はなさそうだ。
「でも、体育祭はチーム戦だろ? ちょっとくらい頑張ってもいいんじゃないか?」
「どうせ勝てないなら頑張る気も起きないだろ。疲れるだけだ」
「そっか……」
俺は話を切り上げ、もう一度走るためにスタートラインの位置まで向かった。
そこには獣人が何人か来ており、何やら険悪な雰囲気が漂っていた。
「なにそれ、ここはずっと私たちが使ってた場所でしょ?」
「人間がちょっとやそっと練習したところで、俺たちに勝てるわけないんだからよ。俺たちが使った方が有意義だろ?」
マリアがなにやら抗議しているが、獣人たちは聞く耳を持たない。
「どうしたんだ?」
「トーマ君。この人たちが、今からここも獣人が使うから退けって言ってきて……」
「お前からも言ってやってくれ。人間がいくら頑張っても獣人には勝てねえから、さっさと練習場所を明け渡せってよ」
「でもなぁ。俺たちの練習場所はどうすればいいんだ」
「はぁ? 練習なんてしても無駄だろ」
「じゃあ、勝負しよう。俺たちが負けたらおとなしくこの場所から退くよ」
このままでは埒が明かない。俺はふと思い浮かんだことを提案してみた。
「ああ、いいぜ」
「ちょっとトーマ君!?」
「どうせ言い争っても時間の無駄だろ?」
「そうだけど……」
マリアは納得していないようだが、俺は獣人の方を向いて言った。
「勝負は短距離走にしよう。悪いけど、ハンデもつけてもらう」
俺はスタートラインから少し前に出て、振り返る。
「俺たちはここからスタートさせてもらう」
「まあ、ハンデくらいないとな」
獣人は快く承諾して、スタートラインに立った。
「それと人間のうち、誰かひとりでも獣人に勝てたら、俺たちの勝ちってことで」
「わかった」
獣人たちはどうでもよさそうに相槌を打った。負けるとは微塵も思っていないらしい。
「短距離得意な奴っているか?」
固まって俺たちの様子を伺っている生徒たちに声をかけた。しかし、誰も前に出てくる様子はない。
「じゃあ、負けても恨まないでくれよ……?」
結局走るのは俺とマリアだけだった。スタートラインに獣人が並び、少し前に俺とマリアが並ぶ。
「位置について……よーい、ドン!!」
スタートのコールと共に、俺たちは走り出す。
ゴールまではまだ距離が少しある。後ろから獣人たちの足音が聞こえるが、まだ抜かれる様子はない。
もしかしたら勝てるかもしれない。そう思った瞬間。
「悪いな!」
真横を獣人が抜いて行った。俺は心の中で舌打ちして足を動かす。
ゴールに着くころには全員に抜かされており、俺たちは獣人に完敗した。
「流石に、速いな……」
息を切らしながら獣人たちの方を見る。
彼らは疲れた様子もなく、ハイタッチしていた。
「完敗だ。俺たちは別の場所で練習するよ」
息を整え、獣人たちの方に歩いて手を差し出す。
「当たり前だろ?」
獣人は俺の手を取ることはなく、スタートラインの方まで走っていった。
「練習場所、どうするの……?」
マリアが不安そうに俺を見た。
「そうだな……」
負けた時のことは特に考えていなかった。それに練習場所になりそうな場所なんて、俺は知らない。
ふと、俺はこの世界に転生した時のことを思い出した。
「……あの森とか、どうかな」
どこにあるかは知らないが、森の入り口付近なら迷う心配もないし、他の人の迷惑になることもない。
「森って、神樹の森のこと?」
あの森にそんな名前があったなんて知らなかった。
「多分そう。俺が倒れたところ。入り口付近なら迷子にもならないだろうし……」
「そっか。別に学校の中で練習しなきゃいけないわけじゃないもんね!」
マリアは納得したように俺たちの勝負を見守っていた生徒たちの方に走っていき、事情を話しに行った。
こうして、俺たちは森の入り口で練習することになったのだった。
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