第5話 初登校

 朝の掃除を終え、俺は家を出る用意を整えた。

「今日から学校だったな」

 アキラが部屋に入ってきて、声をかけてきた。

「昼飯ないと困るだろ。これ持ってけ」

 小さな包みを渡される。弁当のようだ。

「ありがとうございます!」

「気にすんな。店の残りもんだからよ」

 アキラは笑って言う。

「それに、毎朝キチンと店の掃除もしてくれるしな」

「助けてもらったうえに居候させてもらっているのでそれくらい……」

「野垂れ死なれても困るからな。お前がちゃんと稼げるようになるまでは、うちで働いてくれればいい」

「ありがとうございます……」

 アキラは「おう」と俺に手を挙げて部屋から出ていった。そんなアキラと入れ替わるようにマナが入ってくる。後ろにはカナがついてきていた。

「トーマ君、準備できた?」

「ああ、いつでも出れるよ」

「じゃあ、行こっか」

 俺はマナたちと三人で学校に向けて歩き出した。

「そうだ、カナちゃん。筆箱、ありがとうな」

 そう言って、カナの頭を撫でる。カナはびっくりしたように俺の方を見て、マナの後ろに隠れてしまった。

「……うん」

 小さく、カナが呟いたのが聞こえる。カナの声を聴いたのは初めてじゃないだろうか。

 学校に着くと、俺はマナ達と別れて職員室に向かった。

「失礼します」

 ノックしてから、戸を開ける。すると、前とは違って何人もの獣人や大人が俺の方に目をやった。

 俺は集まった視線にびっくりしたが、気を取り直しておくに進んだ。

「おはようございます、ゲンさん」

「おはよう、トーマ君。そして、今日からよろしくお願いしますね」

 ゲンはゆっくり立ち上がると俺に右手を差し出した。俺も手を差し出し、ゲンと握手を交わした。

「タマキさん、この子を教室まで案内してもらっていいですか?」

 ゲンは近くにいた女性に声をかけた。

「彼がゲンさんが言ってた入学希望の子ですか?」

 タマキと呼ばれた女性は俺に近づくと、顔をじろじろ覗き込んだ。

 急に顔が近くなり、緊張する。

「私はタマキ。人のクラスを受け持っているわ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします。俺は斗真です」

 俺は頭を下げた。

「それじゃあ、さっそく教室に行きましょうか」

 俺はタマキに連れられ、教室へ向かって歩き出す。

「アキラさんから聞いてるわよ。森で倒れてたんですって?」

「ああ、はい……。迷ってしまって……」

 あの時のことを思い出すと恥ずかしい。何もわからず歩き続け、結局倒れてしまった。

「この辺の子じゃないのよね。どこから来たの?」

「ええっと、愛知県ってところから……」

「アイチケン? 聞いたことないところね。なんであの森に?」

「ええっと……」

 異世界から来た、なんて言ったところで、変な奴だと思われるだけだろう。なんて誤魔化すか考えていると、教室に着いたようで、タマキは立ち止まった。

「まあいいわ。ここが今後あなたが通う教室。みんなと仲良くね」

 戸を開けて、タマキと共に教室に入る。

 教室の中は騒がしく、立って話している人もいた。

「はい座ってー」

 パンとタマキが手を叩くと、騒いでいた生徒は急に静かになり、各々の席に戻っていった。

「今日から、このクラスに入るトーマ君よ。みんな、仲良くしてあげてね」

 生徒の視線が一斉に俺に向いた。教室内を見渡すと、俺よりも年齢が高そうな人もちらほらいる。

「ええっと、斗真です。よろしくお願いします」

「……」

 反応がない。俺はどうしていいかわからず、タマキの方をみた。

「席は一番後ろの空いてるところを使って」

 タマキが窓側の席を指さした。俺は歩いて席まで向かう。

 その間も、ずっと俺には視線が突き刺さり、胃がキリキリと締め付けられるような感覚に陥った。

「私はマリア。よろしくね」

 席に着くと、隣の女の子が声をかけてきた。茶髪のポニーテール。肌は程よく焼けている。人懐っこい印象を受けた。歳は俺よりも下だろう。

「ああ、よろしく」

「俺はソータ。よろしくなー」

 前の席の男が振り返った。ボサボサで手入れをしていないような長い黒髪。眠そうな垂れ目。色白で不健康そうだ。歳は俺と同じか少し上だろうか。

「よろしく」

「それじゃあ、さっそく授業を始めるわよ」

 タマキがそう言って黒板に文字を書き始める。

 俺はカナから貰った筆箱を取り出した。しかし、ノートを持っていないことを思い出す。

「ごめん、ソータ。ちょっと紙もらえないか? ノート持ってなくて」

「じゃあこれやるよ。余ってるやつだし」

 ソータは眠そうに振り返り、1冊のノートを俺に渡した。中は何も書いておらず、新品のようだ。

「ありがとう。今度新しいの返すよ」

「いいっていいって」

 ソータは手をひらひら振って前に向き直った。

「ありがとな」

 俺はもう一度礼を言って、黒板の文字をノートに写し始める。

 授業の内容は、小中学校で習うような計算ばかりで、少し退屈だった。

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