第4話 数年振り初めての学校

 俺はマナに連れられ、学校に向かっていた。

 マナは楽しそうに耳を跳ねさせて歩いている。

 住宅街を抜け、学校の前まで着いた。

 校門から、グラウンドで遊んでいる生徒であろう人が数名見える。

「とりあえず、職員室に聞きに行こっか」

「ああ……」

 俺が学校に通うのはいいのだが、学校側が許可するだろうか。

 自分の生活費すらまともに稼げていないのに、学費を払うなんてもってのほかだ。生活費すらまともに稼げないのに……。

「失礼します」

 職員室に入ると、いくつかの机が乱雑に並んでおり、教師の人数が少ないことが分かる。

 マナは並んだ机の横を進み、一番奥に座っている、アキラよりも大柄な男の前で止まった。

 ゴールデン・レトリバーのような垂れた耳をピクリと動かして、マナの方を見る。

「ああ、マナさん。何か用事ですか?」

 しゃがれた声で、大きな男は言った。

「はい、今日は入学希望の人を連れてきたんです」

「ほうほう、入学希望ね」

 そして、俺の方をみた。

「いいですよ。次の授業の時に、またここに来てください」

 彼は二つ返事で承諾する。

「ええ? いいんですか?」

 つい俺は彼に聞いてしまった。

 こういう時普通は編入試験とか、履歴書の提出とか、そういう手続きが必要になるのではないだろうか。

「勉強がしたいと言っている人を無下にはできませんからねえ」

「あの、学費とかってどのくらいかかるんですか……?」

 できるだけマナの家には負担をかけたくない。マナの家に正式にバイトとして雇ってもらえば、少しだけでも学費を払うことはできるだろう。

「ほっほっほ。この学校は王都の学校と違って専門的な勉強はできませんから、学費はもらってないんですよ。教師の方も仕事の合間に来てくださってる方や、私のように好きで教えているくださってる方しかいません」

「そう、なんですか」

 学費がいらないというのには驚いたが、俺にとっては願ったり叶ったりだ。

「じゃあ、次の授業から、よろしくお願いします」

 俺は頭を下げる。

「はい、よろしくお願いします。私はここをまとめさせていただいてる、ゲンと言います」

「俺は斗真って言います」

「トーマ君、ですね。それでは、次の授業でお待ちしていますね」

 ゲンは朗らかに笑う。俺はもう一度ゲンに頭を下げ、職員室から出た。

 俺たちは学校を後にすると、家へと向かって歩き出した。

「これから一緒に学校行けるね!」

 マナは嬉しそうに言うと、俺の方を見た。

「学費、かかると思ってたから助かったよ」

「ごめん。そういえば、学校のことあんまり説明してなかったね」

「まあ、別にいいよ。また学校通えるわけだし」

「また?」

「いや、なんでもない」

「私、トーマくんがいたところのこと聞きたい!」

 俺の昔話なんて聞いても何も面白くない。マナの質問を適当に誤魔化しながら家に向かった。

 家に帰ると、マナは家の手伝いに駆り出され、俺は自分の部屋に戻る。

 コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。俺はドアを開けると、カナが部屋の前に立っていた。

「……んっ」

 カナはそう言って何かを握った手を俺に差し出す。俺が手を出すと、持っていたものを俺の手に握らせ、走っていってしまった。

 俺の手には、何かのケースが握らされていた。中には、鉛筆や消しゴムがいくつか入っている。花の模様が付いた、可愛らしいものばかりだ。

「そういえば、文房具すら持ってなかったな」

 俺はカナに感謝して、筆箱を机の上に置いた。

 正直、学校には嫌な思い出がたくさんある。行きたくないという気持ちもあった。

 しかし転生した今なら。誰も俺のことを知らないこの街なら。俺でも楽しい学校生活を送れるかもしれない。

 俺は布団に寝転がると、目を瞑った。

 


 

「おい聞いたか? あいつ、フラれたらしいぞ?」

「聞いた聞いた。バカだよなー。あいつが付き合えるわけないじゃん」

 教室の机に突っ伏している男子生徒の方を見て、周りの生徒がヒソヒソと話している。

「よく学校来れるよな。あんなフラれ方して」

 クスクスと男子生徒を指さして笑っている奴もいた。

 あれは、俺だ。

 高校時代、ちょっと仲良くなった女の子に告白して、フラれたあとの俺。

 友達という友達もおらず、クラスではいつも一人。助けてくれるクラスメートなんておらず、全員、俺の噂に花を咲かせていた。

 その光景を、俺は教室の後ろの方で見ていることしかできない。

 結局、俺はそのあと学校に行くことができなくなり、中退することになってしまった。

 

 

 

「なんであんな夢見るんだよ……」

 目が覚めてすぐ、俺はため息を吐いた。

 思い出したくもない過去。俺がいた世界の夢。

 俺は振り払うように首を振って、立ち上がった。

「掃除しないと……」

 一階に降り、散らかったフロアの掃除を始める。そうすることで気を紛らわせた。

 明日から学校だ。

 

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