第3話 異世界の事情

 異世界転生から一晩明けた。

「おう、起きたか」

 目が覚めれば元の世界に戻っているかもという不安は、マナの父親の声によってかき消された。

「お前、家のこと手伝ってくれるんだって?」

 昨日マナが言っていたことだろう。

「はい。俺にできることがあれば」

「じゃあさっそくで悪いんだが、手伝ってもらえるか?」

「わかりました」

 俺はマナの父親に連れられ、1階に向かう。

「ここ、掃除しといてくれ」

 1階はテーブルは倒れているし、床には食べ物が散らばっていたりしていた。

 俺がフロアの荒れ具合に呆然としていると、掃除道具を渡された。

「開店までに綺麗にしてくれれば大丈夫だから」

 そう言ってマナの父親はどこかに行ってしまう。

 俺はため息を吐いて掃除を始める。

「……」

 掃除を始めてしばらくすると、階段から俺のことを見つめている少女がいた。

「?」

 俺が少女の方を見ると、慌てた様子で階段を上がって行ってしまう。

「なんなんだ……」

 あの女の子については、後でマナに聞いてみよう。俺は気を取り直して掃除を再開する。

 掃除をしながら、俺はこの世界のことを少しだけ真剣に考えていた。

 昨日街を周った感じ、ここには争いごとなんてないように思える。魔物が出てきたり、魔王が居たりするわけでもなさそうだ。

 俺はこの世界で勇者にはなれそうもない。そう思うと落ち込む。

「そろそろいいかな……」

 掃除がだいたい終わり、マナの父親を探す。

「おう、終わったのか」

 厨房でマナの父親は今日の仕込みであろう作業をしており、俺が入るとこっちを一瞬向いて、作業に戻る。

「明日から毎日頼むぞ」

「わかりました、ええと……お父さん……?」

「誰がお父さんだ! ……そういえば、名前言ってなかったな。俺はアキラだ。お前は?」

「俺は斗真です。遅くなりましたが、森で助けていただいてありがとうございました」

 アキラさんは小さく「おう」と言って続けた。

「今日はもう好きにしてていいぞ。店の手伝いは、しばらく掃除だけでいい」

「はい」

 俺は掃除道具を片付け、部屋に戻った。

 今日はこの世界の歴史を調べることにした。昨日の散策でこの街のことはある程度わかった。次はこの世界のことを勉強する番だ。

 俺は街に出て、書店に入った。

 店内を軽く眺め、まず、この国の歴史が書いてありそうな本を探した。

「これかな……」

 俺は一冊手に取り、流し読みする。

 そして俺は知った。この世界は、争いがなくなったとても平和な世界なんだと。

 俺は本屋を出て、街をぶらついた。

 特に何か買うわけでもない。金も持っていないし……。

「あれ、トーマ君?」

 前からマナが歩いてきた。両手に大量の食材を持ち、隣には小さな女の子がいる。

 俺を見るなり、女の子はマナの後ろに隠れてしまう。

「ちょっと知りたいことがあってさ」

「言ってくれれば時間作って付き合ったのに……。そうだ、まだ紹介してなかったよね。この子は妹のカナ」

 マナは後ろの隠れているマナを前に出すと、軽く背中を押した。

「カナ、恥ずかしがってないで、ちゃんと挨拶しなさい」

「……」

「よろしくな」

 カナと呼ばれた女の子は黙って俺に会釈をして、またマナの後ろに隠れてしまう。

「もう……。ごめんね。カナ、人見知りで」

「気にしてないよ」

 俺は笑って言い、マナが持っている荷物に目を向ける。

「持つよ」

「え、いいの?」

「別にいいよ。このくらい手伝わせてくれ」

 俺はマナから荷物を受け取った。意外と重い。マナはこんな重いものを一人で持って歩いていたと思いと、少し怖い。

「ありがとう」

 マナは笑って歩き出す。

「トーマ君、学校には行かないの?」

 マナが聞いてきた。

 学校か……。勉強は嫌いだ。元の世界でも、授業はまともに受けていなかった。

 そもそも俺はもう学校に通う年齢ではない。

「行ってみても、いいかもな……」

 異世界に来てまで学校に行く意味はわからない。ただ、元の生活を変えるにはいい機会なのかもしれない。

「それじゃあ、一回帰ったら学校に行ってみよっか」

 俺はマナの行動力に呆気に取られながら家に向かって歩き出した。

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