第2話 獣人の住む街

 体の調子もだいぶ良くなってきた。

 俺は立ち上がり、体を動かした。

 特に変わった様子はない。転生したことによって身体能力が上がるとか、特別な力が付与されているということもないようだ。

「もう大丈夫なの?」

 マナが部屋に戻ってきた。

「ちょっとその辺歩いてきてもいいかな」

「あ、じゃあこの辺案内しようか?」

 一人で散策するつもりだったので、マナの申し出はありがたい。

 俺はマナについていく形で部屋を出た。

 階段を降りると1階は飲食店になっているようで、テーブルやカウンターがあった。マナの家は飲食店を営んでいるのだろうか。

 外に出ると、商店街が目に入った。出店が立ち並び、遠くには噴水が見える。

 歩き行く人々は、みんな獣人というわけではなく、普通の人もいるようだ。

「ここは人間と獣人の街なの」

 だから俺を見た時にそんなに驚きがなかったか、と納得する。

 マナに連れられ、まず商店街を回った。人間も獣人も仲良さそうに会話しており、差別などはあまりない町なんだと感じた。

 商店街には様々な店が並んでおり、食べ物系が多いがアクセサリーなども売っていたりする。

 俺たちは商店街を抜け、広場に来ていた。

「向こうに行くと民家があるよ」

 マナが広場の奥の方を指をさす。そっちの方は基本的に用事ができることはないだろう。

「その奥には学校があって、私もそこに通ってるんだ」

 学校、か。俺も少し前までは学校に通っていた。異世界にも学校があるんだな。

「トーマ君は今後どうするつもりなの?」

 ふとマナが聞いてきた。

「どうしよう……」

 俺はこの世界のことをまだ何も知らない。異世界転生したからには、何か理由があるのだろうが、何か天啓があったわけでもなかった。

「行く当てがないなら、しばらく私の家にいなよ。部屋も余ってるし」

「……いいのか?」

「うん。ちょっと家の手伝いをしてもらうかもしれないけど……」

 マナは申し訳なさそうに笑う。

「助けてもらった恩もあるし、手伝えることなら何でもやるよ」

 住む場所ができるのはありがたい。俺がやるべきことができるまでは居候させてもらいたい。

 今日街を一通り回ったおかげで何があるのかはだいたいわかった。

 しかし一軒も武器屋のような店は見当たらなかった。この街はあまり魔物などいない街なんだろうか。武器を装備した人も見た記憶がない。

「平和な街なんだな」

 俺は街を見まわして呟いた。この街からは戦いなんて微塵も感じられない。

 しかし、俺は数多のゲームをやって、数多の映画を見てきた。こういう何もなさそうな街が突然戦いに巻き込まれるのを見てきた。

 だが、初めて転生してきた街が破壊されることを想像すると胸が痛んだ。

「一通り回ったし、一旦帰る?」

「俺はもうちょっと見て回るよ」

「そっか。じゃあ一緒に行くよ」

 マナは俺が街を見ているのを解説を交えながら回ってくれた。

「そろそろ帰らないと……」 

 マナが空を見上げて呟いた。つられて空を見上げると、赤く染まり始めていた。この世界には時計というものはないのだろうか。

「ああ、ごめん。連れまわしちゃって」

「いいよいいよ」

 マナは「気にしないで」と笑って家へ向かって歩き出した。

 家に入ると中は賑わっており、獣人も人間も一緒になって食事をしていた。

「おうマナ、帰ってきたか。さっそくだが手伝ってくれ!」

「はーい。あ、トーマ君は部屋に戻ってていいよ」

 俺が呆気に取られていると、怒声にも聞こえるくらいのボリュームでマナの父親の声が聞こえ、マナは返事をしながらカウンターの奥へ消えていった。

 俺は並んでいるテーブルを抜け、階段を上がった。

「……誰?」

 部屋に向かう途中、小さな女の子が訝し気な表情で俺のことを見ている。

 マナをそのまま小さくしたような見た目だ。

「ええっと……俺は斗真って言うんだけど……」

 俺が戸惑っていると、少女は俺の脇を抜け、階下に降りて行った。マナの妹だろうか。

 俺は部屋に戻り、窓から外を眺める。異世界転生して初めて過ごした1日は街の散策で終わった。

 まだ異世界に来たという実感は、獣人がいる、ということだけだ。ここから、勇者になって世界を救うという想像はできなかった。

「こんな平和な街で、俺はどうすればいいんだ……?」

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