転生したら勇者になりたかった
@山氏
第1話 唐突な転生
異世界転生。今となっては聞きなれた言葉かもしれない。
暴走したトラックに轢かれたり、急に足元に魔法陣が出てきたり。
そんな経緯で今俺が住んでる世界から別の世界へ飛ばされる、アレだ。
別の世界でチート級の能力を発揮して世界を救ったりしたい。
そんな欲求が俺にもあった。
毎日ダラダラと行きたくない仕事に行き、話したくもない上司や厄介な客の相手。そんな生活を捨てて見たこともない異世界へ。
実際、そんなことが起こるはずもなく俺の人生は無意味に過ぎていく。
椅子に背を預け、天井を見上げた。なんとなしに天井のシミを数える。
すると突然、バキッという音と共に俺は椅子から崩れ落ちた。
「痛え……」
起き上がるために手を床につくと、ザラついた感触が手に当たる。
最近掃除したばかりだというのにもう汚れてしまったのかと嫌気がさす。
「……あ?」
立ち上がり、目を開けるとそこには大自然が広がっている。
「なんだこれ。夢でもみてるのか……?」
あたりを見渡しても木々しか見えない。
ひとまず歩き始めてみる。俺がいる場所は道という道はないが、足場が悪いわけではなかった。
まだ日も落ちていないし、歩き続けていれば誰かに会えるかもしれない。
そう思い、俺は生い茂る木々の中を歩き続けた。
もう何時間歩いただろう。日は完全に落ちて、足は震えだしていた。
「夢なら早く覚めてくれよ……」
木を背もたれにして座り込んだ。このよくわからない森に来てから水も飲んでいない。
「俺、このまま死ぬのか?」
それでもいいかもしれない。くだらない人生に飽き飽きしていたし、こんな死に方もありか。
そんなことを考えながらどこを見るでもなくぼーっとしていたら、前方に灯らしきものが見えた。
「誰かいるぞ!」
野太い声が耳に入る。俺は立ち上がる気力すら起きず、どんどん近づいてくる灯をただ見つめていた。
「大丈夫か!?」
俺に駆け寄ったのは大柄な男だった。俺はそれだけ確認すると安心からか、意識が途切れ、目の前が真っ暗になった。
目が覚めると、見慣れない天井がそこにはあった。木製で手作りの家なんだろうか。至る所に修繕した跡が見える。
体には布団が掛けられていた。服は前に着ていた服のままだった。
「あ、目が覚めた? もう二日も寝てたんだよ?」
体を起こしたタイミングで女の子の声が聞こえる。周りを見渡し、扉の方を見ると、茶髪で耳元が隠れるくらいに髪を伸ばした女の子がいた。歳は俺と同じか、年下くらいだろう。
「……?」
頭のてっぺん付近に猫の耳のようなものが見える。俺がそこを見つめていると、ピョコと耳が動いた。最近の猫耳は高性能なのかもしれない。
「助けてくれたのか……」
「お父さんがね。森で倒れてたみたいだよ」
「そうなのか……」
「おう、起きたのか」
バンと音を立て、大柄な男が入ってきた。俺が意識を失う前、目に入った男だ。
彼も女の子と同じように、猫耳をつけている。
この町では今祭か何かが行われているのだろうか。
「お前、ここらへんでは見ない顔だな。どっから来たんだ?」
「愛知県から……」
「アイチケン? どこだそりゃ、聞いたことないぞ」
男は怪訝な顔で俺を覗き込んだ。耳がピクピクと動く。
そして顔を近づけたことにより、見えてしまった。
「耳が……ない……?」
そう、彼は俺たち人間についているであろう部分に耳が付いていなかったのだ。
俺の言葉を聞き、さらに男は怪訝な顔を強める。
「何言ってんだ。ちゃんとあるだろ」
そう言って触ったのは、頭の上についている猫耳。
大柄な男が猫耳を触っている図に笑うこともできず、俺は唖然としていた。
「もしかして、獣人を見たことがないのか……?」
「獣人……?」
獣人。ゲームでなら目にしたことはある。その名の通り、獣と人のハーフみたいなものだ。
「そんな人間いるんだな」
男は不思議そうに俺を見ていた。
「まあいいか。まだ病み上がりなんだから、ゆっくりしていきな」
男はそう言い残し、部屋から出ていった。
「そういえば、自己紹介もしてなかったね。私はマナ。よろしくね」
「俺は斗真、よろしく」
「トーマ君ね。それじゃあ悪いんだけど、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから私も行くね。家にはいるから、何かあったら呼んで」
「わかった」
マナは笑顔で手を振って、部屋から出ていった。
結局、ここがどこなのかもわからないままだった。しかし、そんなことは今頭の中にはない。
俺が過ごしていたところに、獣人なんてものは存在しなかった。つまり、ここは俺が住んでいたところとは別の世界ということだ。
「ホントに異世界転生しちまったよ……」
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