あの日のプリン

 夕食後、リビングで若い母親と三人の娘が、テレビを観ながらプリンを食べている。正確には、プリンを食べているのは三女を除く三人だ。三女は幼稚園から帰った直後に、夕食後に食べる予定だった四個入りのプリンの一個を、おやつとして食べていた。

 三女は一人だけテレビを観ずに、プリンを食べる母親と二人の姉を見ている。ある期待を瞳に湛えて、三人の顔を見比べている。

 三女の視線に、十四歳になる長女が気づいた。長女は微笑むと、スプーンにすくった一口を三女に差し出した。三女は目を輝かせ、それに顔を近づけた。小さな口が開かれた瞬間、長女はスプーンを引っ込めた。すくった分のプリンを自分の口に入れ、嚥下したのち、口元に冷笑を浮かべる。三女は頬を膨らませた。長女は、妹たちに無意味な意地悪をすることがよくあった。

 そのやりとりを見ていた十一歳になる次女が、長女と入れ替わりに、プリンをすくったスプーンを三女の口へと近づけた。三女は先程の失敗を踏まえて、ただちにそれを口にしようとした。しかし次女は、三女の動き以上に素早くスプーンを遠ざけ、自らの口に含んだ。三女の目に涙が滲んだ。次女は、なにかにつけて長女の真似をする少女だった。

 それを見た母親は、自分の分のプリンをすくい、三女に食べさせようとした。二人の姉に意地悪をされた末娘を慰めるのは、いつも母親の役目だった。

 しかし、母親のスプーンが三女の口に届くことはなかった。長女と次女がした行為を、母親も実行したからだ。三女は火が点いたように泣き出した。

 期待を大いに持たせておいて、直前で裏切る。その行為を自分もしなければならないような場の空気に、母親は屈したのだ。

 それから十年が経ち、長女と次女は立派な社会人になったが、三女は不良少女になった。

 あの時に、私があの子にプリンをあげていれば――。

 母親は深く後悔しているという。

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