猿ぅ

 島と本土を結ぶ鉄橋の中程で、猿ぅが女性を強姦していた。欄干に片手をついた女性に背後から覆い被さるようにして行為に励んでいる。

 猿ぅだ、と僕は思った。

 女性はがりがりに痩せた体に真紅のドレスを纏い、欄干に触れていない方の手にワイングラスを持っている。整った目鼻立ちなので、もう少し肉をつければ美人に見えるかもしれない。女性は恍惚とした表情を浮かべ、猿ぅの下半身の動きに合わせて喘ぎ声を発している。相手が猿ぅなので、瞬間的に「強姦されている」と判断したのだが、あるいは合意の上での性交なのかもしれない。

 猿ぅと女性の体が邪魔をしていて、橋は渡れそうにない。

 途方に暮れていると、猿ぅと女性のすぐ後ろに、別の猿ぅと女性がいることに気がついた。猿ぅBは女性Bを強姦していた。

 女性Bはぶくぶくと太っていて、着ている服は安物で、胸の片側が不自然に窪んでいる。手にはなにも持っていない。顔の造作が悪いので、痩せたとしても美人には見えないだろう。顔を怒気に紅潮させ、両手を使って激しく抵抗しているが、猿ぅBは憎らしいまでに悠然と腰を前後させている。

 対照的な二組の性行為の模様を、僕は橋の袂で黙して見守る。

 やがて猿ぅは二匹同時に行為を終えた。二人の女性は腰が抜けたかのようにくずおれた。そうかと思うと、体が見る見る透明になっていき、ほどなく消滅した。

 直後に思いがけない事態が起こった。二人の女性と同じように、猿ぅの体が透け始め、跡形もなく消えてしまったのだ。猿ぅに強姦された人間は必ず死ぬ、という話は聞いたことがあったが、強姦した猿ぅまで死ぬとは知らなかった。

 僕は溜息をつき、邪魔者がいなくなった橋をゆっくりと渡る。猿ぅはなぜ、自分も死んでしまうのに人間を強姦するのだろう、と考えながら。

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