一家全滅

「あなたと同い年の、YっていうAV女優」

 専業主婦たる母が無職たる息子に話しかけた。二人は居間のニトリのテーブルに向かい合って座り、己の手の指のささくれを無闇に気にしている。

「癌を患って、子宮を全部取っちゃったらしいわよ。まだ若いのにねぇ」

 世界を股にかけるビジネスマンたる父はこの場にはいない。父は五日前、仕事のために出かけた中東の地でならず者の一団に拉致され、連絡がつかない状態にあった。

「抗癌剤の影響で髪の毛が抜けて、今はカツラを被っているそうよ。写真を見たけど、頬がこけていて、可哀相だったわ」

 息子が顔を上げ、なにか言おうとした。それを遮るように母の携帯電話が鳴った。母は表情を強張らせ、電話に出た。見知らぬ男の声が聞こえてきた。

「さっきお前の旦那を処刑したから、遺体の画像を送るよ。じゃあな」

 通話が切られた。数秒後にメールが届いた。添付されていたファイルを開く。カツラを被っているのだろうか、髪の毛の量が不自然に多く、頬がこけた若い女性が、弱々しく微笑んでいる横顔を撮影した画像だった。

 息子は握り拳でテーブルを叩き、椅子から立ち上がった。母は息を呑んで彼を見上げた。息子は憤怒の形相だ。

「母さん。俺、行ってくるよ」

 息子は窓を開け放ち、Tシャツを脱ぎ捨てた。彼の肩胛骨には、青のマッキーで天使の羽が描かれている。息子は窓枠に足をかけ、空へ向かって跳躍する。彼の体は重力に引っ張られて降下し、二十メートル下のコンクリートの地面に叩きつけられた。

 脱ぎっぱなしのTシャツを脱衣場に持って行こうと、母の手がそれを拾い上げた。その瞬間、にゃーん、というキュートな仔猫の鳴き声がどこからか聞こえたかと思うと、彼女の姿は跡形もなく消えてしまった。

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