バートン中将

 夕食後、兵舎内の自室でくつろいでいたバートン中将は、窓越しの夜空に満月を認めた。花鳥風月をこよなく愛する中将は、眠る前に月見と洒落込むべく、室を後にした。

 中庭の入口近くのベンチで、二人の一兵卒が話をしていた。バートン中将は物陰に身を隠した。上官が聞き耳を立てているとも知らずに、一兵卒AとBは喋り続ける。

「それにバートン中将って、ションベンする時は下半身裸になるらしいぜ」

「マジかよ。足首まで下ろしてケツ丸出しでする、とかじゃなくて?」

「ああ。パンツを完全に脱ぐらしい」

「バートン中将ともあろう御方が、なぜそんな愚かな真似をするのだろう。子供時代の習慣を引きずっているのか、それとも……」

「そのスタイルで放尿するのは恥ずべきことだと、バートン中将が自覚しているか否かが問題だな。もし自覚した上でしているのなら、折り紙つきの変態ということなる」

 込み上げてくる怒りに、バートン中将の顔は鼻の先まで真っ赤に染まった。鉄拳制裁を加えるべく、物陰から飛び出そうとしたが、寸前で思い留まる。

 バートン中将に下半身裸になって放尿する癖があるのは事実だ。しかし一兵卒A・Bは、口振りから判断するに、その噂の信憑性を疑っているらしい。そこへ噂をされた張本人が血相を変えて怒鳴り込んでいけば、その噂は紛れもない事実だと彼らに教えてやるようなものではないか。小金を掴ませて口封じをしようかとも考えたが、それは中将としてのプライドが許さない。しかしながら、彼らを野放しにしておけば、面白半分に噂を広める危険性がある。だからといって、この場で彼らを叱りつけるのは……。

 こんな状況に直面した時の対処法なんぞ、軍学校では教わらなかったぞ。バートン中将は心中で苦々しく呟く。彼が為す術なく物陰で立ち尽くしている間に、満月は雲に隠れてしまった。

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