「早苗さんの目頭に付着した目糞を、私の舌で舐め取らせてはいただけないでしょうか」

 ナイフとフォークを静かにテーブルに置いて、哲彦は厳かに申し出た。早苗の手からワイングラスが滑り落ち、暗紫色の液体がテーブルクロスの上に広がった。

「冗談で言っているのではありません。私は心から、早苗さんの目頭に付着した目糞を、私の舌で舐め取りたいと思っています。早苗さんの意思のほどをお聞かせください」

 早苗は現在、目の病気を患っていて、毎朝、両目に多量の目やにが生じていた。目やにの除去は、起床後に入念に行っているが、先日、哲彦と一夜を共にした翌朝、目縁にこびりついたそれを彼に発見されていた。

『病気なのだから仕方がありません、私は全然気にしていませんから』

 そう言いつつも、なにか思うところがあるような表情を見せる哲彦に、早苗は言いしれぬ不安を抱いたが、そのような変態的な欲望を内に秘めていたとは、夢にも思わなかった。

 早苗は最初、気持ち悪い、と思った。しかし、欠点を懸命に愛そうとしてくれているのだ、と視点を変えた途端、哲彦の誠実さが狂おしいほどに愛おしく感じられた。

「はい、喜んで……」

 顔を赤らめて早苗は答えた。二人は寄り添い合ってレストランを後にした。

 十分後、早苗と哲彦はラブホテルの一室で、バスローブ姿で相対した。

「じゃあ、目を瞑って」

 早苗は言われた通りにした。しかし、哲彦の舌は一向に目頭に触れてこない。不審に思い、瞼を開く。

 哲彦の右手にアイスピックが握り締められていた。

 早苗は「あっ」と声を洩らした。哲彦はアイスピックの鋒で、右、左と、己の目を矢継ぎ早に突き刺した。早苗の口から悲鳴が溢れ出した。哲彦は両の目から血の涙を流しながら、早苗の絶叫も霞むほどの大声で「アハハハハ」と笑った。

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