兎と亀

 意地悪な兎は、のろまな亀に恥をかかせてやろうと考え、長距離走の勝負を持ちかけた。申し出を断るに違いないと高を括り、意気地のなさを非難する準備までしていたのだが、予想に反して、亀は宣戦布告に受けて立った。

 兎は動揺した。足の速さを競ったところで、亀が兎に勝てるはずがない。亀のこの自信は、一体なにに起因するものなのだろう?

 兎は弟分の兎たちに命じて、亀の動静を絶え間なく見張らせた。だが、亀は気ままなスローライフを満喫するばかりで、秘密の特訓などは一切していないようだった。

 迎えたレース当日。そわそわしている兎に、対照的にリラックスした様子の亀が、これでも飲んで気持ちを落ち着けなよと、持参した水筒から注いだ水を差し出した。兎はそれを受け取ったが、飲む寸前、この水には睡眠薬が入っているのではないか、という疑いを抱いた。

 亀は自分が努力するのではなく、競争相手の体調を損ねさせることで勝とうとしたのだ!

 そう判断し、水は飲んだふりをして捨てた。

 これで俺の勝ちだ。亀が俺に勝つ可能性は万に一つもない。

 そう思いながらも、どういうわけか、一抹の不安を拭い去ることが出来ない。

 スタートの号砲が鳴らされた。兎は開始から全力で駆けた。亀はなにを企み、仕掛けてくるのか。その不安と恐怖から逃げるように、脱兎の如く走った。

 レースはなんの波乱も起こらないまま、兎が一着でゴールテープを切った。

 大きく遅れてゴールした亀に、どんな策略で勝つつもりだったのか、と兎が問うと、策なんて立てていないよ、僕は勝負を挑まれたから応じただけさ、という答えが返ってきた。

 この一件以来、兎は亀を馬鹿にしなくなった。

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